第5話 聖歌高校

 聖歌高校は他の学校と比べて特殊だ。授業を受ける教室等がある普通の建物が正門前にあり、その横に体育館が建てられている。


 そして、裏側に教会がある。こじんまりしたものではなく、むしろ他二つと比べて、一番大きな建物だ。 早朝と昼休みに教会前に来てみたが、入り口の扉は鎖で封じられていた。先生方に話してみても、教会の扉は特別な時にしか解放されないらしい。それだというのに、先生方でさえも、教会の鍵の行方を知る者は誰一人いなかった。


 おかしな所は他にもある。学校内には地下があり、そこに下りる為の階段が壁で塞がれていた。壁に耳を当てて叩いてみると、中で音が反響した。壁の向こうに奥へと通じる道が存在している。


 こういった【未知の空間】が学校内に様々あり、それらは普通の人間では中に入れないようになっている。話で聞いていた通り、この聖歌高校にはいくつもの不可思議が隠されているようだ。


 しかし、入学したばかりの俺がそんな行動ばかりしていれば、誰かしらに怪しまれる。そんなわけで、俺は今、学校内の何処かにある生徒会室で上級生達に拘束されている。 




「それで、君は何を嗅ぎまわっているのかな?」




 学生とは思えない大人びた雰囲気と威圧感を漂わせている彼女。肩までの短い銀髪と、琥珀色の瞳が特徴的だ。その他の生徒会員もそれぞれ観察したいが、どういう訳か、銀髪の彼女から視線を外せない。他の場所や人を見ようとすると、自然と視線が戻ってしまう。




「入学してまだ二日目。学校内を歩き回るのは普通な事だと思うんですけど」




「そうね。それじゃあ、図書室は何処にあった? 実験室は? 音楽室は?」




「まだ見つけてません」




「おかしな話だね。報告内容によれば、君は学校内どころか、裏の教会まで足を運んでいた。そこまで隅々見て回っているのに、学業で使われる基本的な場所を見つけていないなんて」




「探検好きでね。変わった所があれば、まずそこに興味が湧くんですよ」




「そう……分かった。今日はもう解放します。君は入学したばかり。不審な行動は控えるように」




「また袋を被されるんですか?」




「君の為よ」




 その言葉を最後に、俺は袋を被された。袋が外されると、俺は五階の空き教室の椅子に座っていた。




「ほら、早く自分のクラスに戻れ」




 そう言ったのは、まるでゴリラのような体と顔をした男だった。力もゴリラ並みで、連行される時、全く抵抗出来なかった。  




「ゴリ先輩、一つ聞きたいんですが」




「誰がゴリラじゃ!」




「じゃあ名前を教えてくださいよ」




「生意気な後輩だな……! 俺は橘禅。生徒会の役員だ」




「あの銀髪の女性は誰なんですか?」




「あの方は副生徒会長。席を空けている生徒会長の代わりに多忙を極めている方だ」




「周りにも何人かいましたよね? 彼ら、彼女らは?」




「あの方々も生徒会だ。副生徒会長程ではないが、それぞれ権限を持っている。もういいか? これでも、かなり教えた方だぞ? 生徒会については、一般生が卒業した後も知らない事が大半だからな」




「ふーん……ありがとう、ゴリ先輩」




「……もう、それでいいよ」




 若干落ち込んでいる橘先輩を置き去りにして、空き教室から出た。生徒会の存在自体を一般生が知らないのが普通……そんな事が、普通な訳が無い。あの副生徒会長の話や、橘先輩から聞いた話は、どれも今後の活動を進める上で役立つ情報ばかりだった。


 


 午後の授業を待たずに、昼休み中に学校を抜け出し、隣町のファミレスに来た。指定された喫煙席に来ると、彼女は既に席に座っていた。




「やぁ。お久しぶり」




 彼女はルー・ルシアン。ふざけた名前だが実名らしい。彼女は俺の命の恩人で、俺を最悪な目に遭わせる厄病神だ。怪異と遭遇するのも、彼女が俺に埋め込んだ厄物の所為。俺が成人するまで、その厄物は消えないとの事。つまり、俺は彼女にとって都合の良い使いだ。


 俺は彼女の向かい側の席に座り、聖歌高校についての情報が書かれた紙を彼女に差し出した。




「相変わらず仕事が早いね~! まだ入学したばかりでしょ?」




「まだ外側だけの情報です。肝心の内側を調べるには、長い時間が必要です」




「おかしな話だよね~。あの学校を卒業した生徒や辞めていった教員が、みんな不可解な自殺をするなんてさ」




「不可解な自殺?」




「両手を合わせた状態で縄で縛りつけて、握っていたナイフで喉を貫いてるんだ。精神病や悩み事も無さそうだったのに、ある日突然自殺しちゃうんだって」




「……知らない情報ですね。あんた、今回はただ調べるだけで済む簡単な内容だって言いましたよね?」 




「あの高校に入学させる為に、どれだけ手間暇掛けたか知ってる? よく学校をサボる不良君を受け入れてくれる学校なんて、今時少ないんだから」




「あんたの依頼の所為でしょうが……」




「まぁまぁ。ほら、今日は私が奢ってあげるから、好きな物食べな食べな」 




 そう言って、彼女はメニュー表を雑に放り出してきた。俺はメニュー表には目も暮れず、席を立った。情報は渡したし、これ以上話す事も無い。第一、俺は彼女が嫌いだ。本性を奥深くに隠し、俺を骨の髄まで利用しようとしている彼女が大嫌いだ。


 


「あれ~? もう行くの?」




「報告はしました。ここにいても、つまらないだけですから」




「聞きたかったな~。君の腹部から伸びている黒い線について」




 彼女に視線を向けたが、既に彼女は俺に興味を示していなかった。後出しで重要な事を言ってほったらかす所も嫌いな所だ。


 


 ファミレスを出て、俺は真っ直ぐ家に帰った。学校に戻ろうとしたが、部活に入ってない俺がする事は無い。聖歌高校について調べようとしても、また生徒会に連行されるだろうし。


 家に入ると、クロが俺を出迎えてくれた。生徒会やルー・ルシアンと会った後だからか、クロは普通の人間のように思える。俺に危害を加えないし、たまに物を消す事があってもわざとではない。


 それに、こうして帰ってきた俺を抱きしめてくれるのは安心する。怪異相手に安心するなんて、俺はクロに魅入られているのだろうか? 


 でも、本当に居心地が良い。




「ただいま。クロ」

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