第17話 Aパート

 これまで戦ってきた怪人の正体が人間であると判明し、小灰町しじみちょうの『Quoteクオート』にあるリベロ部隊チームの士気は下がっていた。勝風しょうぶを除いた六人で、意見が真っ二つに分かれている。


 リーダーの下鴨しもがもと、鳩山はとやま川鵜かわうの三名は、残留派。鳶田とびた夜長ヨナガ代表取締役社長や望月勝風と意見を同じくし、怪人の真実がどうであれ、完全撲滅を心に誓った者たち。


「社長、おれたち、無理っす」


 残りの三人は、揃って退職願を書いていた。リベロ部隊の待機所であるクオートのワンフロアにやあやあとやってきた夜長に提出してくる。


「そんなそんな……え、三人とも?」


 夜長は驚いて目を丸くしており、突き出された退職願を受け取らない。三人の若者を、右から順番に見る。


「おれたちは、に憧れてリベロ部隊に志願したんすよ!」

「社長、怪人アイコンは『人類に敵対的な地球外生命体』って言っていたじゃあないですか! よくも騙してくれたな!」

「あたし、おかしいなって薄々とは感じてたんです。だって、あいつらは日本語でしゃべるじゃありませんか! 地球外生命体が、来て早々にぺらぺらしゃべれますか!」


 口々に責め立てられて、夜長は両耳を両手で塞いだ。救いを求めるような目でちらりと下鴨を見る。


「君たち、社長を攻撃するのはやめたまえ。社長は騙していない」


 下鴨は夜長と三人の間に立った。元自衛隊員という経歴を持つ下鴨は、188センチメートルの大柄で体格がいい。声もよく通る。見下ろされる形になった三人は、肩をすくめた。


「こういうことになると思って、言い出せなかったんだよなぁ……」


 部屋の隅で、鳩山がひざを抱えて座り込んでいる。鳩山は、後悔していた。


 秘密結社『apostropheアポストロフィー』の怪人が誕生する過程が判明するまでの流れは「勝風がリベロ部隊の候補者がコウモリ型怪人アイコンに変化したのを下鴨に報告」しその後に「鳩山が『実はぼくも、見ていまして……』と撮影していた映像を下鴨に提出した」という経緯がある。二つの証拠を組み合わせて、真実が導き出された。どちらかが欠けていたらたどり着けていない。


「あの撮影映像って、どこでの撮影?」


 言い争いには巻き込まれたくない川鵜が、鳩山の近くでしゃがみこむ。鳩山は、川鵜の顔を見て、安堵の表情になった。


「ぼく、紋黄町もんきちょうの南団地の出身で、団地がこう、四つ、四角になるように建っていて、その真ん中に小さい子どもたちが遊ぶような、公園があって……そう、小さい子どもたちが遊ぶような場所だから、大人だけでいるのって珍しくてさ」

「だけで、とは」

「ぼくより年上っぽい男の人と、中学生っぽい男の子がいて。その男の子のほうが、男の人に茶封筒を渡したんだ。男の人が急いで茶封筒を開けて、中からカプセル――勝風くんが見かけたのと同じだと思う――を手のひらに出して、それから、あの映像」

「ふむ」


 みるみるうちに、男性の姿がバッファロー型怪人へと変わっていく。変化しきると、どこかへと駆けだしてしまった。


「ふたりを見かけた段階で、ぼくが声をかけたほうがよかったのかなぁ……それとも、警察を呼んだほうがよかったのかなぁ……。あの日、なんでぼくは実家に帰ろうと思ったんだろう……っていうのかな」

「いいや。鳩山が冷静に撮影してくれたおかげで、自分たちは真実を知った」

「そうフォローしてくれるのは、川鵜さんだけだよぉ……」

「もし声をかけていたら、警察を呼んでいれば、は『たられば』だ。自分たちが、真実を知ったからこそ言えることだ」

「ありがとぉ」


 鳩山は感謝の言葉を述べたが、表情は暗い。真実がいつも正しいとは限らない。鳩山が映像を提出していなければ、三人はリベロ部隊から抜けようとは思わなかっただろう。選抜メンバーの仲間割れは望んでいない。


「うぇーい。この階がリベロさんのお宅で合ってる?」


 そして、タコ型怪人のオクタンはクオートに乗り込んできた。修羅場であろうとお構いなしだ。

 本来、クオート内の見学はサイトから事前に連絡し、予約を取らなくてはならない。そんなことは知る由もないオクタンは、堂々と正面の出入り口からクオートに入り、警備員を触手で締め上げて倒し、下から順番に制圧して、このフロアまでやってきた。


「んん? 誰かの知り合い?」


 突如現れた金髪の黒ギャルを見て、夜長はここにいるリベロ部隊のメンバーに対して質問した。六人とも、一斉にオクタンに注目する。


「やば。ここも入って来ちゃいけなかった感じ?」

「アポイントメントのないかたは、お帰りいただけないだろうか」


 ここはリーダーが対応すべきと考え、下鴨はオクタンを追い返そうと動いた。大抵の人間は下鴨に歩み寄られると、その威圧感に尻込みする。


「あぽ?」


 オクタンは違った。はてな、と首を傾げる彼女はアポストロフィーの幹部である。ただの人間には怖じ気づかない。


「バレてんの? まぢ?」


 オクタンは『アポイントメント』という単語を知らない。その『アポ』の部分を切り取って、自らがストロフィーの所属とバレたのかと、警戒する。


「いかにも、ここでは仮面バトラーリベロを開発しているわけだけども?」


 夜長が説明する。仮面バトラーリベロについては、これからリベロヴァルカンを増産し、いずれはリベロ部隊の増員をもくろんでいた。以前よりその存在は対外的にアピールしており、徹底的に隠し通していた仮面バトラーフォワードとは異なる。


「いひ。ビンゴじゃん!」


 オクタンはその背中から四本の触手を伸ばした。そのうちの一本で夜長を絡め取る。


「わ、わあ!?」

「社長っ!」

「へーえ、この人がシャッチョさんかー」

「こ、こぉら! みんなぁあがががが!」


 夜長を捕らえられて、リベロ部隊のうちの三人がリベロヴァルカンを手にした。退職願を提出しようとしていた三人は動かない。


「「「変身!」」」


 黒い執事バトラーの姿へと変身したのは、下鴨、鳩山、川鵜の三人。下鴨はリーダーとして「お前たち!」と呼びかける。


「に、人間じゃないかっ! 怪人じゃない!」

「そうよそうよ!」

「無理っす! 無理っすよ!」

「ばっははーい♪」


 変身を躊躇した三人を、オクタンは躊躇いなく触手でなぎ払う。生身の人間はいともたやすく壁に叩きつけられ、床に落ちた。

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