第16話 Bパート

 こちらは『COMMAコンマ』の地下駐車場。隠し扉を開けた先の基地ベースには、望月もちづき勝風しょうぶとお嬢様がいる。


「ここにいれば、変身できないあなたも安心よね」


 鷲崎わしざきタクトが『仮面バトラー事業部』を立ち上げるまで、お嬢様はほとんどの時間をこの場所で過ごしていた。基地に出入りできる人間は、お嬢様、タクトと勝風、そして勝利の四人のみ。秘密結社『apostropheアポストロフィー』の怪人アイコン紋黄町もんきちょうのお嬢様を捜し回っても見つからなかったのは、この基地の存在あってのこと。


「イーグレットお嬢様が『仮面バトラー事業部』でぐうたらしているあいだに、リベロヴァルカンはバージョンアップした。オレのシンボリックエナジーは消費せず、」


 ポケットから一枚のカードを取り出して、お嬢様に見せびらかした。黒地に、金色のラインが入っている。


「このカードに充填チャージされた勝利のシンボリックエナジーを消費する。勝利も、これなら、と納得してくれているから、これでオレは戦う。打倒アポストロフィー。相手が元人間だろうと、かまわない」


 それから、勝風は紋黄町のマップが表示されているテーブルに置かれたリベロヴァルカンを見つめる。リベロヴァルカンは合計七丁。そのうちの一丁が、勝風の所有物として認められた。他のリベロヴァルカンと塗装を変え、中身も仮面バトラーシステムバージョン4へと換装されている。


「そう。あなたは戦ってくれるのね。でも、ひとつ」

「なんだ?」

「私はなまけていないわ。懸命に今日を生きているわよ」

「怪人に見つからないよう、息を潜めていると」

「ええ。悪い?」


 リベロヴァルカン改は、コンマと『Quoteクオート』による共同研究があって、完成した。タクトは鳶田とびた夜長ヨナガへ仮面バトラーシステムバージョン4に関するありとあらゆる情報を提供し、ヨナガは仮面バトラーリベロがこれまで戦ってきた怪人の戦闘データを開示して、さらにクオートの小灰町しじみちょうの支社ビルに集めた研究用の設備を自由に使わせている。


「リベロ部隊チームはこれまで怪人を何体も倒してきたが、いまだにアポストロフィーの本拠地を見つけていない」

「そうね。私たちは『アポストロフィーが怪人を各地に送り込んでいる』と想定していたけれども、実情は『アポストロフィーが配っているアイテムによって人間が怪人へと変わっている』だった」


 お嬢様は、タクトから“怪人に関する真実”を伝えられている。タクトが勝利に真実を伝える前の練習台でもあった。しかしながら、老い先短いお嬢様は、平穏な生活を奪った怪人を脅威に感じていても、その正体には興味がないので、あっさりと「そう」と返すのみだ。


「そこで、だ。Xデイ以降に、一人のお嬢様が自ら進んでアポストロフィーへと連れて行かれたよな?」


 勝利が初めて基地に訪れた際に、タクトとゴートから聞かされていた話である。勝風も、その顛末てんまつを含めて知っている。アポストロフィーはお嬢様を手に入れたとしても、破壊行為をやめてはいない。


は、どう?」


 もしこの場にタクトやゴートがいたら、即座に却下していただろう。今はお嬢様と勝風のふたりしかいない。


「オレたちはイーグレットお嬢様のシンボリックエナジーを追跡できる。お嬢様がアポストロフィーに到着したら、リベロ部隊とフォワードが駆けつけて、本拠地を叩く」

「あなた、執事バトラー失格ね」


 お嬢様は冷たく言い放った。仮面バトラーとは、お嬢様をお守りする者。そのお嬢様を敵地に送り込むなど、考えてはならない。


「だが、このままではらちがあかない」

「うるさい。あなたとは話したくないわ」

「イーグレットお嬢様は、アポストロフィーによる被害者が増えていいと思っているのか? 本拠地で、あの首領を倒せば、アポストロフィーは崩壊する!」

「話したくないと言っているでしょう?」


 お嬢様は奥の部屋に入り、扉を力任せに閉めた。カギもかける。


「執事失格、か」


 リベロヴァルカンというは手に入れた。仮面バトラーシステムバージョン4を取り込んだぶん、システム上は、正式な仮面バトラーとして認められる。しかし、お嬢様からの評価は『失格』ときた。


「タクトさんや鳶田社長の話によれば、仮面バトラーシステムの仮面バトラーとして、理論値を超えた最大の力を発揮するために、お嬢様の能力が必要らしいが……前途多難だな……」


 作戦を練り直さないといけない。勝風が席につくと、携帯電話の着信音が鳴った。画面を見て、通話ボタンを押す。


「もしもし。どうした、川鵜かわう


 相手はリベロ部隊の川鵜しおり。川鵜は切羽詰まった声で「至急、クオートに戻ってこい!」と命じてくる。


「何、どうした?」

「怪人が乗り込んできた!」

「乗り込んできた? 川鵜、今どこに?」

「クオート!」


 クオートに乗り込んできたのなら、リベロ部隊が迎撃できる。リベロヴァルカンは六丁あるのだから、訓練したリベロ部隊のメンバーが変身して、戦うべきだ。


「敵は何体?」

「一体!」

「? なら、六人で対抗できるだろう?」

「コイツ、他の怪人より強い! 下鴨しもがもさんがやられて、鳩山はとやまが窓の外に放り出されて!」

「何……?」

「とにかく、早く来てくれ! !」

「わかった! 向かいながら、勝利にもクオートに急行するよう頼む!」

「頼んだぞ!」


 電話が切れた。一体の怪人にリベロ部隊が追い詰められるなど、想像もしていなかったが、今まさに進行形の緊急事態である。

 勝風はリベロヴァルカンを掴み、肩に背負う。それから、一回ポケットにしまった携帯電話を、勝利に電話をかけるために取りだした。


「フォワードがいないのは、何故だ?」


 フォワードベルトには、怪人の出現を知らせる機能がある。あのホイッスルが鳴り響いていて、勝利が無視しているのか。

 本当は『フォワードベルトの現在位置は勝利の机の中であり、勝利の手元にないから』なのだが、勝風の知るところではない。


「出てくれよ、勝利……!」


 謎だらけだが、命の危険にさらされているリベロ部隊の仲間たちは見捨てられない。勝風は、勝利に電話をかける。

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