第16話 Aパート

 知川ともかわ朱未あけみの面接は、望月もちづき勝利しょうりの退室後も続いた。朱未は自身の『仮面バトラー事業部』への志望動機を『怪人アイコンへと姿を変えてしまった叔父を、元の姿に戻すため』としている。


「怪人と戦っている仮面バトラーなら、元の姿に戻すための手がかりを掴んでいるのではないかと思いまして!」


 朱未の期待には応えられない。こちらは、つい先日、怪人は人間が変化したものと気付いたばかりだ。


「今のところは力になれないわね……。けれども、怪人になってしまった人を元に戻す方法、これからわたしたちといっしょに模索していきましょう」


 こまちは朱未を仮面バトラー事業部の一員として迎え入れる気満々である。が、タクトが制した。


「採用か不採用かは、サイトを通して一週間後に連絡する。待っとってな」

「なんで? もう採用でいいじゃない」

「そういうシステムになっとるやろ。他に応募してくれとる人もおるんやし、他の人の面接もしてから判断せんとあかん」


 他の応募はない。現時点での応募者は朱未一人である。


「何を言っているのよ」


 こまちは食い下がろうとするが、希望者本人である朱未は「わかりました! よいお返事をお待ちしています!」と返して、席を立つ。責任者はタクトであるから、採用か不採用かを決めるのもタクトではあるのだが、こまちは釈然としない。


「こまっちゃんなあ」


 朱未が仮面バトラー事業部の扉を開けて、外に出て、閉めてから、紋黄町もんきちょうの『COMMAコンマ』ビルを出て行ったぐらいのタイミングで、タクトが話を切り出す。呼びかけられたこまちは、朱未のを信じ込んでいるため、機嫌を損ねており、返事はしない。


「朱未の叔父さんが怪人になったのって、やと思う?」


 時期だ。

 この世界に秘密結社『apostropheアポストロフィー』が生み出す怪人が現れたのは、Xデイ。20XX年2月3日である。それは今年にあたる。


「朱未は、休学しとらんかったら大学の二年生やろ? ということは、2月の時点では大学一年生やで」


 こまちも違和感に気付いた。揚羽大学の学生課に電話で問い合わせたのはこまちだ。


「朱未くんが研究室に忍び込んでいたのは、から」

「アポストロフィーの怪人が現れるようになる前から、朱未の叔父さんは怪人になっとったんか?」


 エントリーシートに書かれた住所を見る。紋黄町の南に位置する集合住宅だ。朱未の言葉が正しければ、この住所は怪人になってしまったという叔父の家の所在地。


「紋黄町の、この住所。見覚えは、ありまくり」


 こまちは営業部への引き継ぎのために、急いでまとめあげた顧客リストを開く。その住所に近いエリアの顧客をリストアップした。


「朱未くんの叔父さんについて、聞き込み調査ね」

「ウチもついていく」

「めずらし。副社長さまはお忙しいのかと」

「怪人が出てくるかもしれんところに、こまっちゃんを一人で行かせるわけにはいかんよ」

「へー……」


 *


 面接を終えた朱未は、心晴れ晴れとはいかなかった。麗しの美女こまちとともに過ごせる日々は楽しみだが、決定権は一つ結びメガネ男タクトにあるようだ。


「うは。今日の朱未っち、やっぱやば」

「そう?」

「スーツが似合わなすぎてもはや近代アート。その七三分けも、朱未っちには合ってなくない?」


 会話の相手はタコ型怪人。アポストロフィー内での愛称はオクタン。ほぼ人間の原形である金髪の黒ギャルの姿を保ってはいるが、背中から四本の触手を伸ばすことができる。オーバーサイズの服を着て、その触手を内側に隠している。


 オクタンもまたアポストロフィーの幹部であり、朱未と同じ腕時計を巻いていた。


「そこまで言う?」

「朱未っちの叔父さんはなんて言ってた?」

「……似合っていないとは言ってた」

「でそでそ?」

「けど、これからで働くことになるんだから、きっちりした格好をしていったほうが、第一印象はいいでしょう?」

「まぢ? 朱未っち的な『きっちりした格好』ってそれなんだ?」

「あんまり笑うなよ」


 ふたりは紋黄町の駅前のカフェにいる。オクタンはアイスココアをすでに飲み干していて、朱未はレモンスカッシュを半分ほど飲んだ。


「誰が仮面バトラーか、わかった?」


 やられっぱなしのアポストロフィーではない。増やした怪人を、仮面バトラーに倒され続けており、アポストロフィーの首領はお怒りである。首領は、幹部たちに『仮面バトラーの討伐』を命じていた。


「わからない。あれだけ大きいから、隠すのにも一苦労しそうなのに、リベロの変身アイテムが見当たらなかった」

「そんで、朱未っちは採用されるか不明っち?」

「一週間後には返事をくれるってよ。それまで、待機っち」


 リベロ部隊チームを擁する『Quoteクオート』に近付くためにも、提携しているコンマに潜入する。朱未は、自身の作戦を成功させて、内部から仮面バトラーを崩壊させようとしていた。


 叔父さんを元の姿に戻すのは二の次だ。


 仮面バトラーの変身者を倒しても、仮面バトラーシステムがあれば、また新しいベルトを作られてしまう。仮面バトラーリベロに関しては、ベルトを使用しない新たな変身システムを編み出されてしまった。倒しても倒してもまた新しい変身者が現れるといういたちごっこを止めるためには、開発元を叩くしかない。


「一週間のあいだに、どれだけの同胞が犠牲になる?」


 明るく飄々とした調子で話していたオクタンが、このときだけ、冷ややかな口調になる。


「それは、……まあ、ほら、コンマにも事情がおありだろうし」

「乗り込んじゃおっかな」


 オクタンは財布から千円札を取り出して、伝票に挟む。朱未のぶんも支払ってくれるようだ。


「乗り込むって、コンマに?」


 コンマに乗り込まれるのは困る。オクタンのことだ。その場にあるものを見境なく破壊してしまうだろう。


 せっかく巡り会えた美しい人は巻き込まれてほしくない。隣の男は倒されてもいい。


「いーや。仮面バトラーリベロさん家に、カチコミっしょ。隣町だっけか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る