第9話 Aパート

 小灰町しじみちょうにある『Quoteクオート』の支社ビル、訓練場にサムライブルーの執事バトラー・仮面バトラーフォワードと黒い執事・仮面バトラーリベロが立っている。フォワードはボールを変形させた剣を持ち、リベロは変身アイテムでもあるリベロヴァルカンに銃弾を装填した。リベロヴァルカンのトリガーを引けば、銃弾に対応する怪人アイコンのシンボリックエナジーに相当するものが撃ち出される。


『バッファローブレイク』


 銃口から飛び出したバッファローが、直線上にあるレンガの壁を破壊した。バッファロー型怪人は、かつてフォワードが戦った相手だ。リベロがクモ型怪人の銃弾にて『スパイダーネット』を発動させ、アシストした敵である。


「フォワード! 隠れても無駄だ!」


 訓練場は市街地での怪人との戦闘を想定して作られている。レンガの壁で阻まれており、上から見るとまるで迷路のようだ。その壁を、リベロは怪人の銃弾を用いて破壊しながら進む。


「さっきの威勢のよさはどうした! リベロヴァルカンは、ここにあるぞ!」


 右手で持ち、左手でリベロヴァルカンの側面を叩いて煽る。勝利は、変身前に『リベロヴァルカンの破壊』を宣言していた。リベロヴァルカンがなければ、仮面バトラーリベロには変身できない。


「オレは平和のために戦う。必ずや『apostropheアポストロフィー』をぶっ潰す! それまでは絶対に死なない!」


 次から次へと壁が破壊されていく。破壊されるたびに、訓練場の監視室へと移動した代表取締役の鳶田とびた夜長よながの顔のデッサンが大いに崩れているのだが、その隣の鷲崎わしざきタクトは指摘せずにただ笑いをこらえていた。リベロの壊している設備は無料で作られたものではない。


「まったく、どこに」

「兄貴」

「!?」


 真後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには望月勝利が立っている。仮面バトラーフォワードには変身していない。


「兄貴の気持ちは、よくわかったよ。けれども、ボクの気持ちもわかってほしい」


 生身の勝利が、リベロに訴えかける。リベロは構えていたリベロヴァルカンを下ろした。


「どうして変身を解いた」


 勝利にはお嬢様のようにシンボリックエナジーを操る能力はない。したがって、いくら無尽蔵のシンボリックエナジーがあるとはいえ、武器も構えていないとなれば普通の人間である。仮面バトラーに変身すれば、仮面バトラーシステムにより身体能力が飛躍的に向上するのだが……?


「いや、は変身しておるよ」

「何!?」


 勝利の姿が縮んでいく。スケープゴート身代わりの、執事服のヤギへと姿を変えた。


「すきあり!」


 最後に残された壁の裏側から、仮面バトラーフォワードが飛び出す。リベロヴァルカンをリベロの手から奪い取った。


「な!?」

「うまくいったね、ゴートさん」

『うむ。感心はしないが、及第点じゃろ』

「よっし! 赤点回避!」


 仮面バトラーリベロは仮面バトラーシステムと異なり、変身に必要なエネルギーはリベロヴァルカンから供給されている。したがって、故意ではないにせよ、リベロヴァルカンを手放して三分後には半強制的に変身が解けてしまう。仮面バトラーフォワードはフォワードベルトにより体内のシンボリックエナジーを変換しているため、ベルトを外すかベルトのボタンを押すか、あるいは戦闘状態が終わるまでは変身が解けない。


「オレの力が……!」

「この銃はボクたち『COMMAコンマ』で預かるよ。鷲崎さんなら、ノーリスクで変身できるようなシステムを生み出してくれるって信じている」


 監視室のタクトは「責任重大やなあ」とつぶやいて鼻をかいた。リベロの変身システムにけちをつけられたようなものだからか、隣の夜長は面白くなさそうな顔をしている。多くの人間を救うには、小さな犠牲はつきものだというのが夜長の考え方であるから。


 仮面バトラーシステムバージョン4はシンボリックエナジーに対応してバージョンアップしたものである。現状、怪人への有効打は『許容範囲を超えたシンボリックエナジーを叩き込み、怪人のトランスフォームシステムを暴走させる』しかない。他の戦闘法を編み出すか、リベロの変身システムを改良してシンボリックエナジーを極力使用しない方針に切り替えなければ、対怪人戦はフォワード頼りになってしまう。


「そのためにも、お嬢様には基地ベースに帰ってきてもらわないとね」

『左様。お嬢様あっての執事バトラーじゃからの』


 リベロの変身が解けて、勝風しょうぶの姿に戻る。勝風はうつむいていた。仮面バトラーには勝てない。フォワードのように不意打ちをしてでも奪い返すしかないが、そこまでの意欲はなくなっていた。


「勝利」


 勝風は下を向いたまま、頭は上げずに「いきなり消えて、心配をかけてすまなかった」と謝罪の言葉を並べる。実兄に、残された家族の思いが正しく伝わったものだと判断し、フォワードは安堵のため息をついた。


「かあさんには、兄貴が連絡してよ? たぶん、ボクのぶんしか晩ご飯ないから」


 リベロヴァルカンを大事そうにかかえながら、フォワードは変身を解除する。ゴートがリベロヴァルカンの安全装置をめざとく見つけて、かけた。銃を取り扱ったことのない勝利では気付けない。


「そうだな……何か買って帰ろうか」


 ちらちらとリベロヴァルカンを見ながら、勝風が提案する。どうにかしてリベロヴァルカンを取り戻し、世界を救う戦いの場に立ちたい。シンボリックエナジーを消費して死が近付くのだとしても、勝風は一向にかまわないからこそ夜長の考えには同調しているのだが、実の弟と前会社の副社長、そしてゴートが反対している。もちろん、母親には心労を与えたくない。ポジショニングが難しい。


「渡さないからね?」

「ああ……」

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