第7話 Bパート

 小灰町しじみちょうの『Quoteクオート』の正面玄関に、鳶田とびた夜長よなが社長が待っていた。総合受付カウンターにもたれかかり、窓口の女性ふたりと談笑していたが、自動扉を開けてのこのこと入ってきた鷲崎わしざきタクトと望月もちづき勝利しょうりの男性ふたりに気がつくと、その談笑は一方的に終了させた。


「やあ、タクトぉ!」


 片手を挙げて、親しみやすい雰囲気を醸し出しながら近付いてくる。勝利は『お嬢様の奪還』という大目標をころっと忘れそうになって、かぶりを振った。まだ信用してはならない。


「なんや、ヨナガ。クオートの代表取締役社長さんがわざわざこんな辺鄙へんぴなところにおるなんて、珍しいやないの」


 対するタクトがとげとげしい。初対面の鳶田社長よりは、多少なりとも付き合いのあるタクトを信じたい。


「いっしょにいるのは、仮面バトラーフォワードの勝利くんだね?」

「あっ、えっと」


 はいそうです、と言いたいところだが、勝利は『仮面バトラー』の存在を周囲に明かさないよう心がけている。即答はせずに、タクトかゴートが代わりに答えるのを期待して、口ごもった。


「きみのことは勝風しょうぶから聞いているよ。勝風の弟さんで、タクトの後輩」

「兄貴……兄貴に会わせてください!」

「まあまあ落ち着いて落ち着いて。せっかくクオートに来てくれたのだから、うちの施設を見学していかないかな?」


 一刻も早く兄に会い、シンボリックエナジーの話をしてリベロへの変身をやめさせたい。勝利には焦りがある。その焦りを加速させるように、怪人アイコンの出現を知らせるホイッスルが鳴り響いた。


「鷲崎さん!」

「ああ。会社見学しとる場合やないな」


 そのホイッスルから少し遅れて、クオートの社内の警報ランプが点灯する。ざっざっざと足音が集まってきた。足音の主たちは、クオートのエンブレムがついたウィンドブレーカーを着用し、全員がリベロヴァルカンを背負っている。合計七人。


「兄貴!」


 そのうちの一人が勝風だ。勝風は勝利に呼びかけられて、一瞬驚いたような顔をしたが、それも一瞬だけで、仏頂面に戻る。


「出動!」

「待って!」


 ヨナガの命令に従って動き出す小隊。両腕を広げて、進行方向に勝利が立ちはだかる。


「ボクが変身する」


 それから、フォワードベルトに備え付けられたフォワードボールを握りしめた。この人たちを戦いの場にいかせるわけにはいかない。


「変身」


 フォワードボールをベルトにセットし、勝利はサムライブルーの執事バトラー・仮面バトラーフォワードに姿を変える。リベロの件や、お嬢様のことは一旦後回しだ。


 ***


 フォワードベルトの機能のひとつである転送システムを用いて、フォワードと右肩のゴートは怪人の出現地点に移動する。クオートの玄関口にタクトを置いてきてしまったが、なんとかしてくれることを祈ろう。


『あやつじゃな』

「ぬ。お前は、仮面バトラー、の、フォワード」


 ガゼル型怪人だ。後ろ足で立ち、前足のひづめをこんこんと打ち鳴らした。頭部には一対の立派なツノが生えている。


『お嬢様の【復元】を使用していないからか』


 前回のてしがわら遊園地での接敵のあと、お嬢様は【復元】を使用していない。リベロに連れ去られてしまったからである。この【復元】には『怪人に破壊された建造物の修復』する効果と併せて『怪人の出現した記録を消去』する効果もある。秘密結社『apostropheアポストロフィー』に仮面バトラーシステムバージョン4のフォワードの情報は徹底的に隠し通されていた。対策を取られないように。


「仮面バトラー、恐るるに足らず」


 怪人はぶるると鼻を鳴らすと、そのツノで周辺のシンボリックエナジーをかき集め始めた。怪物に変化してしまえば、フォワードを追い詰めることができる。と、ゴースト型怪人の戦闘データにより気付かれてしまっていた。


「させない!」

『勝利、ポジションチェンジじゃ!』

「はい!」


 ゴートの指示に従い、フォワードはベルトの青いボタンを二回押し、フォワードボールをもう一度ベルトにかざす。すると、ボールは巨大化して、円形のシールドとなる。


「重たっ」

『一ヶ月、いや、フォワードとして戦い続ける限りは鍛えねばな』

「兄貴や、あの人たちを戦わせるわけにはいかない。そのために、ボクが強くならないとね」


 仮面バトラーフォワード、ディフェンダーモード。武器は、勝利の背丈よりも長い槍となる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 怪人が怪物へと変化した。四足歩行に変わり、前足を振り上げて、振り下ろす。衝撃波をシールドで防ぎながら、その槍の切っ先が届く間合いへと突き進んだ。


「ていやっ!」

「ぐふぉえ! ……な、なにぃ! 集めたシンボリックエナジーが、逃げていくだとお!?」


 ディフェンダーモードの槍に突かれた場所から、シンボリックエナジーがあふれ出てくる。怪人が、怪物から元の姿へと戻っていった。


『うむ。実験成功じゃな』

「さすがプロフェッサー! いい仕事してますねえ!」

『仮面もアップデートしておるぞ』


 フォワードが目をこらす。これまでは上から下まで、どこにゴールがあるかを探さねばならなかった。今回のアップデートにより、仮面がゴールの場所を分析し、赤い矢印で指し示す。


「いいねいいね!」

「クソぉ。これで勝てると思うなよぉ!」


 ガゼル型怪人が逃げの姿勢を取る。簡単に逃がしはしない。


「でいやあああああああっ!」


 フォワードは自身を中心にして、ハンマー投げの要領でシールドをぐるりぐるりと回転させる。遠心力で勢いを付けて、怪人に向かって放り投げた。


「ぎぃやあああああああああああああああああああああああ!」


 シールドが怪人のゴールに命中し、ガゼル型怪人は爆発した。こうしてまた一体、紋黄町もんきちょうに現れた怪人が撃退されたのである。


 この戦闘の一部始終を、安全圏から限界までズームして撮影している者がいたが、爆発までをカメラに収めて、口角を上げた。彼の話は、またいずれ。


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