第7話 Aパート

 一ヶ月待っていられない。


『敵地に乗り込もうぞ』

「敵……まあ、敵かあ」


 タクトの運転する車の助手席に座り、小灰町しじみちょうの『Quoteクオート』に向かっている。


「ショーブがクオートに行っとるんなら、つじつまは合うなあ。リベロか……」


 望月勝利の兄、勝風しょうぶは『COMMAコンマ』の基地ベースに出入りしていた。仮面バトラーシステムのデータは、基地に入れる人間ならば誰でも閲覧可能な状態となっている。


「他に、誰が基地の存在を知っているんですか?」

「ウチとショーブとショーリ以外?」

「はい。兄貴が競合他社に情報を売ったって、思いたくないだけかもしれませんけど」


 兄がコンマに不満を抱くのだとすれば、タクトがちらりと言っていたように、フォワードに選ばれなかったからだろう。世界の平和のために戦いたかった兄が、あろうことか競合他社で力を手に入れた。


『いないぞ。お嬢様をかくまっている手前、あまり多くの人を出入りさせるわけにもいかん』

「そうですか……」


 赤い仮面バトラーの戦闘データと怪人アイコンのトランスフォームシステムからリベロの変身システムが作られていて、仮面バトラーシステムは『最後の仕上げ』だったと、勝風は話している。だからといって、開発者のタクトに無断でデータを明け渡すのはまずいのではないか。


「鷲崎さん、もっとベルトを作りたいって話をしていたじゃないですか。この際だから、クオートと連携しませんか?」

『得策とは言えんな』

「ゴートさんにじゃなくて鷲崎さんに言っているんだけど」

『なぬ!?』

「あちらさんの出方次第やな」

『ワシは反対じゃよ。ワシらの仮面バトラーシステム4の劣化コピー、許すまじ』


 ゴートはダッシュボードの上であぐらをかき、短い腕を組んだ。仮面バトラーシステム4およびフォワードベルトの開発に、ゴートも関わっている。タクトを叱咤激励し、目を離せばベッドルームに移動しようとするお嬢様を呼び戻す役目があった。


「まだリベロの変身システムの仕組みはわかっとらんが、ショーブはシンボリックエナジーのことを知っとるはずなんよね」

「もしシンボリックエナジーを消費するのだとしたら、兄貴の命が危ない!」

「ショーリには命がけで戦わせといて何言うとんのと思うやもしれんけど、変身するだけで寿命が縮むんはウチの美学に反するんよね。だって、嫌やろ。その辺あちらさんがどう思っとんのか気になるな」


 紋黄町もんきちょうと小灰町の境には、てしがわら遊園地がある。車で正門前を通過していった。大きく『閉鎖中』の掲示がかかげられている。怪人騒ぎにより一部のアトラクションは破損し、建物が破壊されているので、人の手で元通りに修復するまでは開園できないのだろう。


『ショーリが戦えていたらなあ』

「うっ」

『鍛えねばな』

「うん……」

「まあまあ。今回の怪物との戦いと、リベロの必殺技データをもとに、フォワードに強化アイテムを作るから」

「ほんとですか!」

「今のところ、ショーリしか戦わせられんからな。ウチができることは、ショーリのアシストをするだけや」

「プロフェッサー、心強いです」


 小灰町の中心部を横切れば、目的地のクオートの小灰町ビルが見えてきた。小灰町ビルはクオートの支社で、七階建てになっている。


「駐車場、空いとらんな」

「会社は休みですよね?」

「コンマは休みやけど、こっちは休みやないのかも」

『ふむ。勤勉じゃな』

「ウチは完全週休二日制やから」

『ただしショーリは除く、じゃろ』

「えっ」

「ウチもやで。この世界から『apostropheアポストロフィー』を追い出すまではな。休みの日は怪人も休み、っちゅーわけやないし」

「フォワードの戦いって、給料出るんですか?」

「そら出るやろ。ショーリは命がけで戦っとるんやから。むしろ、出さんでええの?」

「い、いや、ほしいです!」


 クオートの駐車場は満車だったので、近くのコンビニの駐車スペースに車が停められた。Xデイに怪人が出現した紋黄町と異なり、小灰町の個人商店は通常通り営業している。隣町ではあるが、怪人から直接の被害を受けていないためか、その脅威を警戒していない。


「どしたん?」


 タクトがコンビニの店員に駐車スペースを借りる旨を伝えているあいだ、勝利は駐車スペースの端っこに立ち、右肩にのせたゴートとともに小灰町の商店街を眺めていた。祭りが開催されているようで、小さな子どもを連れた家族が多く見られる。


「昔は、ああだったんだよなって」

「ああ……」

「ボクの家の場合は、とうさんがお休みなことって滅多になくて、かあさんと兄貴とボクの三人なことが多かったんですけどね。鷲崎さんは?」

「ウチ? ウチは……」


 ばつの悪そうな顔をしているタクトを見て、ゴートが『あとでお嬢様も連れて祭りを回ろう』と割り込んだ。勝利もまた「そうだね、それがいいと思う!」と同調する。


「せやな。お嬢様はこういうの、参加したことないかもしれん」

「一年間のあいだ、ほとんど基地にいたんですもんね」

『うむ。そのためにも、クオートから奪還せねば』


 二人と一体はクオートに向かう。


 この姿を、遠巻きに観察している影があった。その影はデジタルカメラをかまえ、ズームしてゴートに焦点を合わせると、シャッターを押す。それから、のこりふたりの写真を撮り、撮影者は「よし」と満足げに頷いた。

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