第3話 Aパート
オリエンテーションの日の朝。望月勝利の部屋。
「ゴートさん! ネクタイの結び方を教えて!」
『そのぐらいは自分で出来ぬのか!』
「できないです……コーチとして、ご指導お願いします……」
『学生時代はどうしとった?』
「あの、制服のネクタイはホックがついていて、パチッとはめれば完成だったので」
『ふむ。では、鏡の前に座れ』
「はーい」
ゴートはその両腕で青いネクタイをつまむと、するすると勝利の首に巻いた。見た目こそ執事の姿をした山羊のぬいぐるみだが『
『これでよし』
「ありがとう、ゴートさん!」
と言いながら、キュッと締められたネクタイを緩める。慣れていない勝利には苦しかったようだ。
『やり方は見て覚えたな?』
「だいたいわかった!」
『よろしい。明日からは自分で結ぶように』
「はーい!」
身支度を済ませた勝利は、カバンを持って、一階に向かう。ゴートは勝利の肩に乗って移動する。
「かあさん、おはよう!」
『おはようございます、母君』
「おはよう、勝利、ゴートさん」
紋黄高校の卒業式の日。仮面バトラーフォワードへの変身資格を得て、母校に出現した怪人を倒した勝利は、お嬢様と出会い、基地にて
その後、勝利は母親の待つ家に帰って、母と子のふたりとゴートとでささやかな卒業祝いをした。
フォワードベルトのレッドボタンによって自室から母校に移動した勝利だったが、ゴートがお嬢様の【復元】の一部を使用し、母親の記憶を改ざんして『高校にうっかり忘れ物をしていたので取りに戻っていた』という流れとしている。ついでに、ゴート自身を『コンマ製で、勝利の兄の
「とうさん。今日からボクも、兄貴と同じコンマで働いてくるよ」
朝食前、仏壇の父親にその日の予定を伝えるのが勝利のルーティンワークだ。
ゴートが
勝利はゴートの言葉に違和感を感じている。まるで、父親の死の場面に居合わせていたかのような、実感のある言い方だったからだ。だからこそ、何度も聞いているのだけれども、何度聞いてもゴートからの答えは変わらない。
「いただきまーす」
父親への朝のあいさつを済ませて、勝利は食卓につく。ゴートは隣の席に座った。
「どうぞ、めしあがれ」
『うむ。しっかり食べて、たっぷり働くのじゃよ』
フォワードへの初変身から一週間。この間、怪人は出現していない。少なくとも、紋黄町には。
*
会議室に集められた同期と談笑したのちに、配属先が発表される。勝利は第二営業部の所属となった。このたび、コンマに新卒で採用されたのは二十名だが、第二営業部へ向かうのは勝利一人のみ。
『ふむ。第二営業部とな』
「誰かと一緒がよかったなあ」
採用担当者に案内された通り、コンマの三階フロアへと移動する。他の同期のメンバーは採用担当者とともに二階で降りていった。基地の存在は秘密でも、ゴートは周知されているようで、家の中と同じく勝利の右肩に乗っていても咎める者はいない。
『そこは、心配せずともよいぞい』
「? どういうこと?」
『行けばわかる。ショーリ、ネクタイを締め直しておけ』
「ああ、うん」
ゴートに指摘されて緩めていたネクタイを締め直してから、勝利は第二営業部のドアをノックして、中に入る。これから本格的に始まる社会人生活をともに戦っていく仲間とのファーストコンタクトであるため、勝利は気持ちを込めて「
頭を上げる。第二営業部は、少数精鋭――というと聞こえはいいが、コンマの全部署の中でもっとも所属している人数が少ない。向かい合って並んでいるデスクは六つあるが、座っているのはたったの一人だ。その一人の女性が、勝利に気付いて席を立つ。
「ようこそ、第二営業部へ!」
ラウンドボブにグレーのスーツ、ハキハキとよく通る声。歓迎はされているとみて、勝利はほっとした。それから、ホワイトボードに目がいく。売り上げ目標と各々の達成率がグラフで描かれていた。
いちばん伸びている棒グラフの下には、
「私は鶴見。鶴見こまちよ。よろしくね、望月弟」
弟。まったく伸びていない棒グラフのうちの一つに、兄の望月
「兄貴も第二営業部なのか」
『左様』
第一と第二との違いは、第一が紋黄町の外側にも営業をかけにいくのに対して第二は紋黄町の内側に取引先を限定する点にある。
コンマは表向きには『輸入食品』を取り扱う会社だ。
「荷物を置いたら、さっそく外回りに行くわよ。そこが望月弟の席」
もっとも入り口に近い席を指さす。真新しいデスクに、荷物は置かれていない。
「さっそくですか?」
「そうよ。うかうかしていたら『Quote』の人たちに先を越されるわ」
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