第2話 Bパート

 車が向かった先は紋黄町の中心地にある『COMMA』の本社。地下の駐車場に停まった。移動中、勝利は隣に座るお嬢様に話しかけたくて仕方なかったのだが、お嬢様は窓にもたれかかって眠っている。


『お嬢様は起こされると不機嫌になり、一生根に持つぞ。悪いことは言わんから、このまま寝かせておけ』

「ああ……うん……」


 ゴートさんにそう言われてしまっては何も言えない。出会って数分の女の子にさっそく嫌われる勇気はない勝利である。


「ついたで」


 運転手の青年の一声で、お嬢様はぱちりと目を覚ました。お嬢様は勝利に目もくれず、外側から開けられた後部座席のドアから降りていく。勝利もあとに続いた。


 それから青年は、駐車場の壁の一部分に埋まっている電子ロックの前に立つ。メガネ越しにレンズをのぞき込んで、虹彩認証で扉を解錠した。


 フォワードベルトの開発プロジェクトの本部兼お嬢様の潜伏場所の基地ベースへの初来訪である。


「こんなところがあったなんて」

「一般社員には秘密やからな」


 壁には設計図とおぼしき図面と、計算式のようなものが貼られている。部屋の真ん中、テーブルにモニターが埋め込まれており、そこには『COMMA』周辺の――紋黄町の地図が表示されていた。


「この地図の、赤い点は」


 最初に怪人が出現したショッピングモールと、紋黄高校。そのほかに、町民スポーツセンターや公園に赤い点が表示されている。合計で四つ。


「怪人が出現した場所やな。『apostrophe』も黙って待ってくれているわけやないっちゅーことや」


 怪人側も無能ばかりではないらしい。お嬢様の位置をシンボリックエナジーの量から逆算して『COMMA』周辺に出現している。


「ショッピングモールと、高校はわかる。あと二つは」

『お嬢様の力じゃよ。今日怪人に遭遇した生徒たちは、怪人に遭遇したことも校舎が燃えたことも忘れておるじゃろな』

「さっきの光の玉か」

『左様』

「あんなのが町に出ているのに、何のウワサにもなっていないのはそういうことか……」


 元凶のお嬢様は、ふわあとあくびをして、基地の奥に入っていこうとする。ねむたげな表情だ。奥にはお嬢様の部屋が用意されている。


「あっ、ちょっと!」

「何」

「い、いや、なんでもないです」


 お嬢様から怖い顔でにらみつけられてしまい、勝利は縮こまる。起こすのもダメ、起きたばかりでもダメ。歩み寄るには、時間がかかりそうだ。


『聞きたいことは山ほどあるだろうが、休ませてあげてくれ。お嬢様は、あの光を操ると疲れてしまうのじゃよ』


 ぱたん、と扉がしまり、内側からカギがかけられる。基地には運転手の青年、ゴート、そして勝利の二人と一体のみ。


「そこ、座り」

「あっ、はい」

「コーヒーしかないけど、ええか?」

「お気遣いなく」

『タクトにここまでかしこまることはないぞい。もっとラフプレーしに行ってもいい』

「テキトーなこと言わんといて、ゴートはん。ウチ、ショーリの先輩やぞ」


 勝利の前にホットコーヒーのマグカップが置かれる。うぃっす、と短く返事をして一口すすった。本当は砂糖とミルクを入れたいが、我慢する。


「ウチは鷲崎。鷲崎タクトや。敬意を込めて、プロフェッサーと呼んでーな」

「鷲崎……創業者の?」

「せやな。ウチのじいちゃんが、ここの創業者っちゅーことになっとるな。ま、じいちゃんのことは忘れてもろて。ウチは、ここでシンボリックエナジーを研究しとるんよ」


 シンボリックエナジーとは、この世界の生命体に内在するエネルギーである。お嬢様はシンボリックエナジーを操る能力を持っていて、仮面バトラーはそれぞれのモチーフにお嬢様の力の一部を込めている。


「そのベルトを作ったんも、贈ったんもウチ。当社の社員と入社希望者のデータを見て、フォワードに適合していたのがショーリだったんよ」

「へえ……」

「一回変身したら、そのベルトはイニシャライズされる。こうなると、ショーリしかフォワードに変身できへん」

「ボクしか、できない」


 ゴテゴテとしたベルトを見つめる。サムライブルーの色の執事の姿を思い出す。


『そう。ショーリはこれから、基地の所属になって、怪人が街に出没するたびにスタメンとして出場する』

「シンボリックエナジーで生み出された怪人は、シンボリックエナジーでしか倒せへんってのが、ウチの研究でわかっとる。あの学校みたいなことが、いろんなところで起こっとるのはショーリも知っとるやろ?」


 世界各地で怪人が出現するようになったから、日常は変わってしまった。怪人を倒しきれば、元の生活に戻れるかもしれない。


「でも、あの『apostrophe』は、お嬢様を差し出せって」


 勝利の一言に、タクトもゴートもわかりやすくため息をついた。失言だった。


「お嬢様は一人やない。世界各国に『COMMA』みたいなところがあってな、そのうちの一つが『apostrophe』にお嬢様を差し出したんよ。そのお嬢様ご本人の意志でな。2月の5日だったっけかな、ゴート」

『ああ。勇敢で孤独なお嬢様は、自らがトレードに応じて多くの人の命が助かるのならと……結果はどうだ。何も変わっちゃいない。つまり、あやつらは最初からこちらを滅ぼしに来ている』

「そんな……」


 勝利は唇をかみしめて、腰に巻かれたままのベルトに再び視線を落とす。ベルトのサイドにフォワードボールを収納するスペースもある。


「ま、ウチはこれからどんどんベルトを作っていくし、戦闘のサポートはしていくし、人類の希望の光があふれる未来のために気張ってこうや」


 タクトはそう言って、席を立って、勝利の肩を叩く。自分のぶんのコーヒーを飲み干した。


「兄貴が言っていた、人類の平和を維持するための仕事って、こういうことだったのかな」

『兄貴……ショーブはどこで休憩タイムしている?』

「兄貴もここで?」

『ショーブもまた、フォワードの候補だったからな』

「そうなんだ……だから兄貴は」


 マグカップを洗い、逆さまにおいて、タクトはテーブルへと戻ってくる。ついでに、紙切れをつまんで持ってきた。


「修行の旅に出てくる、とさ。ショーブはいい男だけど、弟に先を越されたのがイヤだったんかなー」


 紙切れを見る。間違いなく兄の字による書き置きだった。勝利の就職祝いの際にはともに働けることを喜んでいた兄のとる行動とは思えなかったが、事実としてここには勝風の姿はない。


「兄貴……」

「せや、ショーリを帰す前にこれだけは言っとかないと。仮面バトラーに変身できるって、たとえ親にも言っちゃあかんで」

「ああ、はい」

「どこで誰が聞いとるかわからんからな。仮面バトラーの住んでいる家だってバレたら、家族が危険な目に遭うやもしれん」

「かあさんは、巻き込みたくないです。とうさんが怪人に倒されているのに、心配をかけたくないです。できる限り」

「せやったな……あとは、お嬢様のことも、しゃべったらあかん」

「どこで誰が聞いているかわからないから、ですね」

「さっきのショーリみたく、わるーい『apostrophe』の連中の言うことを鵜呑みにして、お嬢様を差し出せと言い出しかねん。お嬢様がおらんかったら、怪人への対抗手段がなくなる。あの【復元】も、お嬢様やないとできない」

『他にもわからないことがあれば、なんでもこのお助けゴートに聞きなさい』

「わかりました。……今日は、もう帰っていいんですか? かあさんが、卒業祝いをしてくれるって、待っているので」

「そかそか。時間とらせてすまんな。今度ここに入ってくるときは、そのフォワードボールを扉にかざすと開くで」

「はい。ありがとうございます。失礼します」


 *


「ふぅ……」


 地下駐車場から、地上へ出た。夕焼けが見える。


『ショーリ』

「わあ! いたの!?」

『いたのとはなんだ。ワシは指導者コーチとして、ショーリにワンツーマンで指導するぞ』

「これからよろしくお願いします、ゴートさん」

『うむ。よろしい』


 右肩にゴートを乗せて、勝利は紋黄町を歩いて家へと戻る。いつもと同じ街並みが、少し変わって見えた。

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