第2話 Aパート

 ベルトのボタンを押せば、仮面バトラーフォワードは怪人の出現しているエリアまで転送される。気付けば、つい先ほどまで七瀬と会話していたに立っていた。その足先に、こつん、と筒状のものが触れる。


「卒業証書?」


 フォワードがその筒を拾い上げた次の瞬間、すさまじい爆発音ともに校舎が炎上した。フォワードの両耳はマスクで覆われているぶんその爆発音は軽減されているのだが、これまでに聞いたことのない大音量に腰を抜かして、握っていた筒を放り投げてしまう。誰のものかは確認できなかった。


「みんなー、あつまってー」


 炎と黒煙の立ち上る学び舎を背にして、怪人が校門まで歩いてくる。花束を彷彿とさせる意匠デザインの怪人。花束は花束でも、花の種類としては恋人に渡すようなものではなく、送別会などで相手に贈る用途の花々だ。勝利が仏壇に供えた『卒業おめでとう』のバッジに、リボンで作られたピンク色の花のコサージュがついていたが、その花によく似ている。


 両手にスコップを握っており、制服姿の生徒たちが悲鳴を上げながら逃げていく。怪人が「あつまってー」と叫ぼうとも、怪人が現れ始めた一ヶ月前ならいざしらず、今となっては集まってくる命知らずはいない。


 怪人は花束からツルを伸ばして、逃げていく生徒を束にして絡め取る。主に卒業生を送るべくして集まった吹奏楽部所属の後輩たちである。入退場の際の演奏を担当していた。卒業生はすでに帰宅している。


『キックオフじゃ!』


 ゴートの一声に、ベルトが反応する。試合開始の合図のごとく、ホイッスルが『ピピーッ』と鳴り響き、ベルトから小さなサッカーボールが放出された。地面でバウンドし、見慣れた大きさに膨らむ。


「これで、どうやって」


 フォワードは足元に転がるサッカーボールを右足で押さえる。キックオフしたら、ゴールキーパー以外の選手はボールに触れられない。


『このボールを相手のゴールにシュートせよ。さすれば、怪人は爆散する』

「ゴール……!?」


 フォワードはボールをキープしながら怪人を観察する。怪人もフォワードの存在に気がついた。そのツルをボール目がけて伸ばしてくる。ツルをかわしながら、花束の持ち手の部分に長方形が見える気がした。その長方形こそが『相手のゴール』だろう。


「よし」


 フォワードはボールをリフティングして空中に浮かせる。それから、その長方形の一点を目がけ――


「とりゃっ!」


 オーバーヘッドキックをした。


 サッカーボールにフォワードのシンボリックエナジーが注入される。蹴り飛ばされたボールは驚くべき速度で回転しながら加速して、怪人のゴールネットを揺らす。瞬時に許容量を超過したシンボリックエナジーが怪人の体内を巡り、怪人のトランスフォームシステムが熱暴走を起こした。怪人は内側から破裂する。


『よろしい。初めてにしては上出来だ。さすがはショーリ。エースストライカーじゃな』

「何もよろしくないよ! はやく消火しないと!」


 フォワードは変身を解かず、怪人に捕らえられていた生徒たちに駆け寄る。怪人がフォワードによって撃破されたことにより、ツルによる拘束からは解放されたものの、すり傷や打撲によるケガが見られた。


「保健室、は燃えてるか……キミ、歩ける?」


 校舎は依然としてバチバチと音を立てて燃えたまま。逃げ遅れた生徒の助けを呼ぶ声も聞こえてくる。フォワードは男子生徒に肩を貸して、校門の外に避難させた。


『父親譲りじゃな……』


 そんな混乱の中で校門に到着したのは、消防車でも救急車でもなく、一台の高級車。運転手を務めていたスーツ姿の青年が先に車から降りて、後部座席のドアを開ける。


「フォワードは、がちゃがちゃと騒がしいのね。今後が思いやられるわ。落ち着きのある人がよかったのだけど」


 後部座席から降りてきたゴシックドレスの少女は、フォワードに冷たい視線を向ける。運転手の青年が日傘を差した。


「誰?」

『お嬢様じゃよ! ショーリ!』

「いてっ。……この子が、お嬢様」


 ゴートに叩かれた頭をなでながら、仮面越しに目が合う。勝利と同い年ぐらいの女の子。


「せやでショーリ。この御方が、これからお守りする対象。挨拶ぐらいしたらどうや」


 青年の言葉で、ゴートさんの話を思い出す。


 お嬢様と仮面バトラー。……仮面バトラーとしては、お嬢様をお守りしなくてはならないらしい。お嬢様については、そういう存在がいるということと、怪人を生み出している秘密結社の『apostrophe』が捜しているということしか一般人には明かされていない。


 そんなことよりも物理的に炎上している校舎だ。悠長に挨拶をしていられるような心境ではない。思い出の母校から黒煙が立ち上っている。


「自己紹介は帰ってからにしましょう。この人、私よりこの建物のほうが大事みたいね」


 想いが伝わったのか、お嬢様はフリル袖をまくり上げて、左腕を露わにした。怪人による被害にあった生徒や、フォワードの身体から光の玉がぽわぽわと抜け出て、お嬢様の左手に集まる。この光の玉は、可視化されたシンボリックエナジーである。


「照射」


 光の玉を集めた左手を太陽に向けて、お嬢様の【復元】が発動した。光が校舎全体を包み込み、みるみるうちに鎮火して、怪人に襲われる前の校舎に戻っていく。


 お嬢様は校舎の元の姿を知らない。そこで、生徒たちや卒業生の勝利のシンボリックエナジーからデータを採取して【復元】したのである。生徒たちからはこの校舎が爆発炎上した記憶も抜き取っている。


「す、すごい……」


 フォワードも試合時間が終わった。アディショナルタイムはなしで変身が解除されて、制服姿の望月勝利に戻る。部屋用のスリッパを履いたままだ。


「乗りなさい」

「えっ?」

「車に乗れって言うとんの」

「あっ、はい」

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