第8話 仲間⑶
うちらは、マンホールから下水道を脱出した。空気が美味しいなぁ。ってか寒っ!もう夜か。
「今日は私の家に泊まってください。隣人は少し賑やかな人ですが、悪い人ではありません。私の隊の隊員なので」
「ありがとうございます!」
「レストランはー?」
「明日ね」
にしても、隣人か。賑やかな人と言っていたが、クラディールさんみたいな人だろうか?
というか、この人味方なのか?まぁ少なくとも、うちもクラディールさんを助けたい。できることなら。
うちらはルーミさんに着いていく。カノジョはクラディールさんとは違い、都心に住んでいるようだ。
「着きました」
「ここですか?」
「はえー、こじんまりとしたお家だー」
クロネがそうつぶやく。普通の大きさだと思うけどなぁ。なんだか、クロネ小さめの家見た時「犬小屋だー」とか言いそう。
おや、鍵はかかってないようだ。誰かいるのか?靴のサイズを見るに、男性だな。
「お前の帰宅、やって待ってた飯の支度ゥ!……って誰だお前ら、お初のヤツら」
な、何だこのテンション高い人。バンダナを巻いて、髪をオールバックにした男性が中から出てきた。なんか韻踏んでるし。
「ただいま帰りましたよ。この子達がクラディールさんを助けるのに協力してくれる子達です」
「ほう、俺の名はゴリアテだ!覚えておきな、この野郎!」
「お、おぅう……」
「いえー!」
うちは完全に放心してしまった。一方で、なにやらクロネは両手を広げてぴょんぴょんしながらシンパシーを感じているようだ。
「おう、俺ら仲間、逃れられぬカルマ!ウィィ!」
「面白い人だね、ミシロ!」
「そ、そうね……、あ、うちはミシロ、この子はクロネです」
うちは、今更自己紹介してないことを思い出した。
「ミシロにクロネ!いい名前だ、聞けお前ら、俺の送るソウルのビート……!」
「はいはい、早くご飯食べましょ。ほら、行きますよ」
「止めてくれるな、聞けェお前ら……」
「後で聞きますよ」
「イェア!準備は万端、囲もうぜ、俺たちの晩餐!」
何やら、クロネは偉くその韻を踏む喋り方が気に入ったらしい。
時々、「さっきのは…こことここが掛かってて…」と研究らしきものを始めた。確かに、言葉遊びとしては面白いと思う。
でも普段の会話でこれを話すとなると、かなりきついぞ。そんなに上手く言葉がペラペラ出てくるわけないし。意思の疎通にいちいち言葉選んでたら会話が全く続かなくなる。
うちとしてはごめんだな……。
「おぉ、やっぱり腕上げましたね」
「少ない給料、切り崩して買った材料、それを駆使して準備完了ゥ」
結構多いな。ざっと四人分はある。うちらの分も作って貰ってたんだろうか。
「うちらもいんすか?」
「水臭いこと言うな、言うめェにお前らも食べちゃいな」
「いいんだってー、いただきますー」
クロネは躊躇もせずに椅子にどかりと腰を落とした。そして手を合わせたあと、用意してあったスパゲッティを平らげた。「うまうまー」と言いながらズルズルと吸い上げる。見たところ、肉もあるみたいだ。
美味しそうだなぁ。うちのお腹の虫は悲鳴をあげ、ヨダレのダムが決壊する。
「お腹空いてんならお前も食いな」
「あ、ありがとうございます」
うちは肉にフォークを突き刺し、口に運ぶ。うぉ、美味!噛めば噛むほど肉汁と味が口いっぱいに広がって……!
美味すぎるー!うちは我も忘れてテーブルにあるものを食べまくった。体重とか腹痛とか、今はどうでもよかった。
この人たちはいわばテロリストなんだよなぁ。優しいのに。
でも、優しいからか。この国は狂ってる。だからクラディールさんはうちらを逃がそうとしてくれた。
この人たちは、こんな国を変えようとしてるんだ。
「この飯、めっちゃうめぇしー」
「なかなかいいセンスだ、やる野郎だな、この野郎」
「悪い影響を受けてますね……」
くすりとルーミさんが笑う。なんだか、暖かいな。普通の家族って、こんな感じだろうか。
ご飯を食べ終わり、腹が膨れた。とっても美味しかったし、とても楽しい食事だった。
次は風呂なのだが、浴場が狭いらしくルーミさんとクロネが先に入った。
「お前、一緒じゃなくていいのか?」
「別にいいですよ。それよりゴリアテさん、韻は踏まなくていいんですか?」
「俺はあんなの柄じゃないのさ。ちいと冷えるぞ」
「あ、はい」
窓を開けてベランダに出て、タバコをふかすゴリアテさん。先程とは打って変わり、どこか哀愁が漂う背中だ。少し肩をすぼめながら、うちもベランダに出る。
「俺とあいつは幼なじみでな、ガキの頃はよくあいつに守られてたもんだ」
へぇ、結構筋肉質なのにそんな過去が。でも、何となくルーミさんが人を庇ってるって絵は楽に思い浮かぶ。
あの人、正義感強そうだし。でもそれと、あの韻を踏む喋り方のどこに共通点があるんだ?
「でもあいつ、俺より年上のヤツらにも立ち向かって行っちまうんだ。自分の身も顧みずに。おかげであいつの体は貴族のくせに傷だらけ。そのせいで、今度はルーミもいじめられるようになっちまった。強くならなきゃいけねぇ、アイツを守んなきゃいけねぇ、そう思った。そんな中で俺はある歌に出会ったんだ」
「歌?」
「そう、『ラップ』だよ。めっちゃ昔の音楽でな。今となっちゃ知ってる奴の方が珍しい。家の納屋から引っ張り出したディスクに入ってたんだよ」
らっぷ?その韻を踏む喋り方がらっぷなのか。確かに、これを混じえて歌ったら、何となくハイテンポな歌になるかもしれないな。
「ラップを歌ってるとな、強くなれるんだ。だから俺は、あいつに心配かけねぇように柄じゃないキャラでやってんのさ。俺にとってラップは、強さの象徴なんだ」
「……かっこいいと思います。分かれて良かったです。ゴリアテさんのこと」
「あいつには内緒な」
「分かってますよ。内緒です」
あいつというのは誰なのか、言われなくても分かった。きっと、それを打ち開ければ心配させてしまうからだろう。
「俺とあいつ、揃えば最強、あいつといれば気分上々、そしてそれは今生、切っても切れない友情!」
また韻を踏み出した。なんだか、少しおかしいけど……。
「うちも、そうやって強くなりたいです」
「どうかしたか?」
「……大切な人が、生きていると信じていました。でも、それはもうとっくになくなってたんです……。うちに生きる意味は、あるのでしょうか……?」
「……お前は何も分かっちゃねぇ、そんなんじゃこの先やってけねぇ。何一丁前に生きる意味なんかのたまってんだ、この野郎」
あっけらかんとした様子で、うちに向かって言い放つゴリアテさん。こっちはかなり真剣に悩んでるのに…。
「……」
「人間に生きる意味なんか、初めからありゃしねぇだろ。それはあとから着いてくるもんだ。子供の頃は、必死に守るもん探しときゃいいんだよ。その中で、大切なもんを零れ落とす事もあるだろうさ。でもな、それはキッパリ諦めろ。無いものは無い、でもな、決して忘れるな。それが失くしたものへの弔いだ」
「失くしたもの……そうですね」
そうだ。うちはクロネに何と言った。あんな大口叩いてて、うちがこんな調子じゃいけないよな。母さんが繋いでくれたこの命。それを守ることこそがうちの生きる意味だったんだ。
「どうやらひとつ見つけたみたいだな。それでいいんだ」
「……見つけました。一つだけ」
「それで十分、守り通せ、それがお前の義ィ務ゥ」
「ウィィ!」と拳を突き出してきたため、うちも拳を突き出した。二つの拳がぶつかり合う。
「お前もノリが良くなったじゃねぇか」
「へへ……」
「いい笑顔だ、じゃま、俺はもう家へゴーだ」
「帰るんですか?」
そっか、そういえば、二人は同居してないんだったな。ご近所なんだっけ。一緒にご飯とか食べてると、二人が新婚に見えてしょうがなかった。
それより、いい笑顔…か。うち笑顔には自信ないんだけどなぁ。
「おう、また明日な、グッバイ、いい夢見ろよグッナイ」
「はい、さようなら!」
明日……か。明日、何をして過ごそう。国家転覆か、それとも靴磨きか。それとも…奴隷生活に逆戻りか。
「冷えますよ?何してるんです?」
「あ、はい、今入ります」
家から、ルーミさんに声をかけられた。振り返ると、女の子らしいパジャマに着替えたルーミさんと、ホカホカと湯気を上げているクロネの姿が。
今までは帽子を深く被ってるせいで顔はあまり見えなかったが、ルーミさんってとっても女の子らしい可愛い顔だな。
「お風呂、空きましたよ」
「あったかあったかだよー」
「ありがとうございます」
むぎゅむぎゅとうちに抱きついてくるクロネ。なんと言うか、うちのジャージ結構洗ってないんだけれども……。
最後に洗ったのは、一週間前だったか?変えのものと交代で着替えてるけど。
それより……そうか、明日のことは明日決めよう。今は、頭から洗うか、体から洗うか。それだけ決めれば十分だ。
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