第9話 仲間⑴

 ぱっと洗濯カゴからうちのジャージを取りだし、物干し竿に干す。照りつける太陽は東日でありながらも、うちらを焦がさんと言わんばかりに照りつけてきた。遥か彼方から、鳥の群れが飛んでくる。

 あれは渡り鳥だろうか。ここいらは危険なのに。案の定、ポツンと二三羽落ちていく。


 なんでも、この世界では昔セカイタイセンなるものがあったらしい。神をも殺さんとする復讐と怨念の火は、この世界を飲み込み、やがて冬になった。

 そして、それが明けてもその後遺症は続く。嘔吐、血便、怪我の治りが悪くなったり。とにかくまともに生きてけなくなったのだ。


 やがて、人類は抗体を作り出した。それが、この飲み薬。薬局なんかで売ってて、これを飲むと、その症状が一定期間収まる。だいたい一週間に一回飲む。これを得るために、人々は金を稼ぐのに必死なのだ。

 ちなみに、その毒素を吸って突然変異した動物が異形だ。あの鳥も、異形になるかもしれないな。


 朝から、ルーミさんはなにやら手配があるらしく、その旨が綴られた置き手紙が机の上に置かれてた。

 ちなみにうちは小さな頃から、母親に寝る前に読み物を通して文字を習った。父は物心が着いた頃にはいなかった。別に責めちゃいないが、母さん曰く、「父さんはあたし達が笑って過ごせる場所を探してる」らしい。それで、旅に出た矢先にうちらは奈落送りになったのだとか。


 二人の服も物干し竿にぶら下げる。おや、ルーミさんの服、結構可愛い。私服かな?スカートとか、フワフワした袖の服とか…。それを着たルーミさんを想像してみる。

 顔は整ってるから、違和感は無いのだけど、少し笑ってしまった。


 おっと、そろそろクロネを起こさなきゃ。うちは家の中に入り、ソファーで寝てるクロネを揺さぶった。起きない。


「朝よ、起きて。朝だってば」


 一向に起きない。うちは、嫌なことを思い出した。

 うちには、兄がいた。兄は体が弱く、すぐに体調を壊していた。その日も、一度寝ればすぐに良くなるだろうと思っていた。


 兄は、まるで泥のように眠った。このように、寝息も立てずに、肩も揺らさずに。

 うちは、兄が起きるのをずっと隣で待っていた。だが、その目が覚める日は一度もなかった。


「むぅん……」


 タオルケットを巻き込み、起こしてくれるなと言わんばかりにうちとは反対方向に寝返りを打つ。

 まぁ、屍にはなってなかったようだ。そっか、そっか。もっときつく言わないとダメかー。しょうがないなぁ、クロネは。


「起きなさい、クロネ!」

「むぅー」


 もはやうつ伏せの状態でうちの言葉を聞き入れようとしないクロネ。何も、この時間に起こす必要も無いのだが、ここまで言っても起きないクロネに腹が立ってきたうちにはクロネを起こすことしか頭になかった。

 うちはクロネをひっくり返し手を振りかぶり、軽くビンタした!ゴキっと、嫌な音が静かな部屋に響く。


「っー!」


 声にならない叫び声をあげるうち。なにこれ、超硬い!まるでコンクリートか鉄か岩かを殴ったような感触だ!

 なに、クロネほんとに人間!?


 その時だ。コンコンとノックの音が聞こえた。誰か来た。出た方がいいかな?んー、でもここに来るってことはルーミさんに用があるわけで、うちが出ても……。あ、でも今仕事行ってますってことを伝えるくらいは……。


「邪魔しやすぜー」


 聞こえたのは、気だるそうな男性の声。え、入ってきた!?なんて非常識な!うちはまだ出てないんだけど?

 足音は……、二人。おそらく男性。


「カイン!てめぇ人の家に無断で侵入するやつがあるか!」

「そうかっかしなさんな、薬が切れたんですかい?」

「俺が吸ってんのは薬じゃねぇ、タバコだ!」

「それに、アデルさんも足突っ込んでんなら同罪でさァ。大人しくムショにぶち込まれてくだせェ」

「お前だけぶち込まれろ!」


 やばい、こっちきた!


「起きなさい!ちょ、マジで!」

「むへぇー」


 ニッコニコしながら眠りこけるクロネ。泥棒が来たって言うのに!なんでここまで呑気なんだ!ベチベチとさらに速度を上げてビンタするが、起きない。というか手が痛い!


「おっと、メスガキが居やしたぜ、カインさん」

「メスガキ言うんじゃねぇ!ったく。怖がられたらどうすんだよ。ここは目線を合わせてだな……」


 現れたのは、ラフな格好をして、腰に剣を携えた男性。人数は二人。一人は背が高く、もう一人は中肉中背。背が高い方の人はかなり目つきが悪い。目つきが悪い人が、かがみ込んでくる。


「お嬢ちゃん、少し着いてきてくれねぇか」

「な、何?人の家に勝手に上がり込んで、着いて来いって。非常識じゃないすか?」

「す、すまねぇ。なら話だけでも……」

「アデルさん。じれってぇことはやめにしやしょうぜェ。交渉を優位に進める方法、教えてやりますよ。それは……」


 アデルと言われた男性の肩を掴み、後ろから気だるそうな男性がやってくる。なんか、さっきの人の方が優しそうな目……いや、目つきはキツかったけどなんかこの人うちらを見下してる節があるような……。


「予めこちらの恐ろしさを知らしめた後、交渉を始めんでェ!」

「カインてめぇ!」


 カインと呼ばれた男性が、うちらに剣を振り下ろしてくるのを、ギリギリでアデルさんが止める!や、やばい!不安定な体制で剣を構えてる分、アデルさんの剣が押し戻されている!


「に、逃げろ……」

「諦めてくだせェ、アデルさん。諦めて俺に切られてくだせェ!」

「お前俺のタマ取る気か!上等だこら表出ろ!」


 あの二人、味方なのか敵なのか……。というか、押し戻されたアデルさんの剣が、クロネに当たりそうだ!や、やばい!腰が抜けて動かない……!


「むへぇー」


 バキッと何かが折れる音が鳴り響く。何事だとクロネの方を見てみると、何やらソファーの下に折れた剣の刃が転がっている。思いっきり叩きつけられた剣が、クロネの顔に触れた瞬間に砕けたのだ。


「あーらら。アデルさんの剣が折れたってことは、俺の勝ちでさァ。さぁ、その剣で腹かっさばいでくだせェ」

「うっせェ、今のはノーカンだ!」

「自分の負け認められねェたァまだまだでェ。それが許されんのは子供だけでさァ」

「さっきのはこいつに当たって折れただろうが!にしても何もんだ?そろそろ買い替え時かと思ってたが剣を顔で折るたァ……」


 マジマジと、アデルさんがクロネを見下げる。どうやら、先程の一件でクロネの意識は覚醒したらしく、目をぐしぐしと擦り、ふぁー、と一欠伸。キョトンとした顔で当たりを見渡す。そして一言。


「お腹空いたぁ」


 良かった、どうやら斬られたところでなにか体に支障はないみたいだ。いつも通り、腹ぺこなクロネだ。それを見て、カインさんが吹き出す。


「飛んだ笑い話ですぜ、アデルさん。剣で顔面斬られた直後に飯要求するたァ、かなりの大物だ」

「ついでに身も知らぬ男ふたりに囲まれてるも追加だ」


 そういえば、二人が斬り合いを始めてしまったから聞けなかったけど、この二人誰だろう。


「あの、あなた達は何者ですか?」

「あぁ、俺らは騎士だ。俺はアデル、こっちがカイン」

「騎士…!?」


 騎士…か。ルーミさんも騎士らしいが、この人たちが知り合いかどうかは分からない。なら、下手に素性を話さない方がいいか。


 いやでも、知り合いでないなら無断で侵入するなんて……、いや、知り合いでも非常識なのだけど……。


「俺らは、二十五番隊の騎士でさァ。お前らの面倒見てろって言われて参上仕ったんでェ」

「まぁあれだ。結構ここら治安悪いし、お嬢ちゃんらのボディガードってこった」


 なるほど。この人たちはルーミさんと同じ二十五番隊の騎士さんなのか。で、ルーミさんに頼まれてうちらの面倒を見に来た……と。何やら誤解してたみたいだな。いきなり斬りかかろうとしてきた向こうも向こうだけど……。


「お腹空いたぁ」

「フレンチトーストならあるわよ」


 うちの朝ごはんもそれだった。


「それでいいよぅ」


 くてぇっとソファーに突っ伏したままで、ヒラヒラと手を振る。かなりお腹すいてるみたい。


「俺らも頂こうかねぇ」

「アデルさん、図々しいですぜェ。いくら朝飯抜きとは言えど、騎士としてのプライドはねェんですかい?それにこんなガキにご馳走してもらうたァ……」

「俺のプライドが傷つくのは敵前逃亡した時とお前に真剣勝負で負けた時くらいだ」


 うちは、「どうぞ」と、少しぎこちない笑顔を浮かべた。なんだかこの人たち、言葉遣いは荒いけど、いい人そうだ。


「美味いな。いい嫁になるぞ」

「アデルさん、口説く相手は選んだ方がいいですぜェ」

「口説いてるわけじゃねぇ!」


 茶化すカインさんをアデルさんが一喝した。なんだか、ココ最近は賑やかな食事が増えた。にしても、人に褒められるって言うのは、案外気分がいいものだな。なんだか、ぽかぽかした気分になって、むず痒い。


「顔真っ赤だー」

「え?そんなことないわよ?」

「にやにやしてるよー」

「にやにやしてないってー」


 ばしばしとクロネを叩く。何言ってんだろー、照れてなんてないってー!かなり手は痛んだが、それでもうちは叩くのを辞めない。

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