第5話 少女二人⑸
「もう乗って!」
「きょーしゅくでーす……」
うちは、クロネを背負って走り出す。こちらの方が早いからな。
途切れ途切れに口を開くクロネの言葉を繋げると、『異質を使うと、凄くお腹が空いてしまう。だからこのようにへばってしまった』との事。つまり、スタミナ切れだな。
今度から、多めに食料を持ってた方がいいかも。
「これ食べてて」
ポシェットの中から乾パンの缶を取り出し、一つとって放り投げる。すると、それ目掛けて犬のようにクロネが飛んでいく。そして口で直接キャッチ。崩れそうになった体勢を立て直し、続けて三つ投げる。それもまた口でキャッチした。
もちゅもちゅと、音を立てながら咀嚼するクロネは、心底幸せそうだった。
「けふっ。もっとー」
「ダメよ。節約しないと」
「ミシロのケチんぼー!」
「お金が無いのよ。チャージピッケルの燃料も買わないとだし、それも貴重な食料なんだから」
元気を取り戻したのか、ブンブンと揺さぶってくるクロネ。転けそうになるが、踏ん張って持ちこたえる。
こんな子があんないい子してたなんて……、どんだけ溜め込んでたんだろう。
「発見!発砲用意!てぇ!」
って、撃ってきた!?距離があるから当たらないけど、かすりでもしたらまずいな。
「やーいへたっぴー!当たらないよーだ!」
「何相手を刺激してるの!それと、そんなことは自分の足で走ってから言いなさい!」
ぺちぺちとお尻を叩いて、兵隊たちを煽るクロネは、偉くイキイキしていた。
大笑いしながら、後ろを指さしている。と思っていたが、それが急にピタリと止む。
「あー、言い難いんだけどさ」
「何よ、乾パンならあげないわよ」
「相手、ロケットランチャー持ってる」
ロケットランチャー。そーかそーか、ロケットランチャーかー。兵隊って言っても国直属の機関だしなぁ。持っててもおかしくないよなー。
「ロケットランチャー!?」
「うん、こっちに照準を定めてるみたい」
まずい!唐突な発言すぎて一瞬思考が幼児退行してた!
何かないか!このままじゃ木っ端微塵粉微塵だぞ!
あ、あれはマンホール!そうだ、下水道に逃げよう!
「あ、いいところに!」
「あれって、マンホール?……まさか!」
「そのまさかよ、下水道に逃げ込むの!」
「うぇ!」
クロネはこれでもかと言うくらいに嫌な顔をするが、このままじゃ埒があかない。
「我慢して!」
「後でレストランだかんね!」
「節約しないとなんだけど……!まぁいいわ。許容範囲なら」
「交渉成立…だけど、行きたくないなぁ…」
ああもう来ちゃう!
うちは、クロネを押し込み、その後、自分も飛び込んでマンホールの蓋を閉めた!
向こうで、くぐもった爆発音が聞こえてくる。
「ふべっ!」
何やら変な声を上げるクロネを見下げながら、うちは下水道に続くハシゴを下がった。
やがて、床が見えてくる。真っ黒で、温かみのない床。おまけに臭いもきついときた。長居はしたくないなぁ。
ライターをつけて、当たりを照らす。そして、なにやら立ち止まっているクロネの手を引いた。
「走るわよ!」
「舌噛んだー!」
押し込む時に頭を押してしまったから、その時舌をかんでしまったのか。
「血は?」
「出てないけど、痛い!」
って、なんか落ちてきた。音的に、何やら硬いものみたい。カランカランっと。
ついさっきも聞いた気がする……。
まさか!
「走って!」
「なんでー!」
自分のことを慰めろと言わんばかりに涙声になるクロネ。
でも、今は構ってる暇はないんだよ!
「手榴弾投げ込まれてるの!」
「えー!」
その時、ドカンと音が鳴る。そして、閃光のようなものが辺り一面に
やばい、爆発してる!
「爆弾ー!」
「逃げて!」
うちらは、ただただ走った。
下水道までは入ってこないのか?足音は聞こえてこない。
「巻いた……みたい?」
「そう……みたいね……」
さすがに疲れたな……。
もうなんか、下水道の臭いも気にならないほど、うちらは必死に走ってた。
その代わり、コツコツと何かを削るような音が聞こえる。
下水道の鉄格子の向こうに、オレンジの光が見えた。
うちらは、それにピタリと顔を張りつけた。そこから見えたのは、消して思い出したくない過去の自分だ。
そう、あれは奈落だ。
「あれは……?」
「奈落よ。この世の地獄みたいな場所。あそこで働かされてたの。うち」
「……酷い」
口を抑え、嗚咽を漏らすクロネ。やはり、上で過ごした彼女には刺激が強かったか。
「……救いたい」
「今は無理よ。あまりにも無力すぎる。この国の、闇と戦うには」
うちだって、逃げ出して隠れてるのが精一杯だったから。
クロネは決して反論してくることは無かった。確かに、彼女の異質は強いが、実を言うとこの国の王も異質を使うとの噂がある。
うちらは何も言わず、その場を離れた。無力感に苛まれながら。
しばらくして、クロネがとんとんと肩を叩く。なんだろう。お腹が痛いのか?それともお腹が空いたのか?
「どうしたの?」
クロネは、口元を抑えてプルプルとしている。何も言わないが、うちは察した。あ、これまずいやつだと。
「ちょ、何グロッキーになってんのよ!」
「下水の臭いが……うぷっ」
「我慢なさい!ほら、あそこ脇道だから!下水のそばは避けるから!」
うちは、クロネの手を引き、曲がり角を曲がり、流れる下水から少しでも離れようとした。確かにかなり臭いキツイからな……。
うちも口で息をしている。だが、やはりどこか臭う。
何とか、臭いがマシになるところにやってきた。何とか、最悪の事態は免れたわね……。
深呼吸とかさせておいた方がいいよな……。いい空気なんてお世辞でも言えないが、さっきの空気より幾分かマシだろう。
「ほら、息を吸って」
「すぅ……」
「吐いて」
「おぇー!」
しゃがみこみ、嗚咽するクロネ!やばい、ゲロ吐いた……?
「だ、大丈夫……?」
「なーんて!もう大丈夫だよー」
「びっくりさせないでよね……」
「えへへー、ごめん」
とにかく、クロネが無事で何よりだ。かなり顔色悪かったから、心配してた。
おっと、ライターの燃料が残り少ない。換えのライターオイルあったかな。……あ、あった。あれ、これはローブ?もしかして、クラディールさんの貰ったままだった?
あ、これ使わせてもらおう。
「そだ、クロネ。これ被って」
「ローブ?」
「顔バレしてるでしょ。貴族なんだから」
うちもバレてるかもしれないが、クロネの方がバレる可能性は高いだろう。クラディールさんから貰ったローブをクロネに被せる。
というか、そろそろ下水道から出たいなぁ……。
でも、なんか……、迷ったかも。
「ねぇ、そろそろ休憩しよーよー」
「そうね……、なら、今日は奮発するわ」
「奮発?」
そう、自分へのご褒美に買っておいたのだ。今日は頑張ってくれたし、二つとも開けてしまおう。
じゃじゃーん!ツナ缶ー!とても美味いんだこれが!うちは、それを高く掲げた!
「おー!開けてー」
「うん、待ってなさい」
ポシェットの栓抜きで、蓋を開ける。ライターの光でキラキラと光るツナを見て、クロネは目を輝かせた。一つのツナ缶をクロネに与え、もう一方をうちが貰う。
クロネは「はぁ……!」と感嘆を漏らしながら、一口運ぶ。そして、感想を一言。
「んー、庶民の味」
「それ美味しいって意味?」
「そーゆーことー」
「語弊のある言い方だな」と思いながら、使い捨てスプーンでツナを掬い、口元へ運ぶ。
とろりと、ツナの塊が舌の上で溶けた。うーん、クラディールさんのご飯も美味しかったが、これはこれでまたひと味違う良さがある。
ちなみに、この容器には特別加工がされてるため、どんなに暑かろうが中のツナが腐ることはない。
そういえば昔、お客さんから聞いたことがある。この世界のどこかには『ウミ』というものがあるらしく、ツナはそこで泳いでいる魚の肉らしい。
川とは何が違うのだろう。何やら、広くて水がしょっぱいらしいが……。
やっぱり、人から得る情報より自分で見た方が分かりやすいな。
そんなことより今日のご飯だ。その美味しさに不意に、笑みが毀れる。それを見て、クロネが上機嫌そうに「ミシロが笑ったー」と笑った。
ツナ缶だけじゃ腹が膨れないので、乾パンも三つずつ食べる。これは味気ないけど、お腹が膨れるので重宝する。
食べ終わった後、うちはいいことを思いついた。クロネに面白いものを見せてあげよう。
「クロネ。いいものの作り方教えてあげる」
「いいもの?」
「そ、いいもの」
うちは、ポシェットから栓抜きと麻紐を取り出して、元通りの見た目になるよう折り目をつけて、栓抜きで穴を開けたあと、麻紐をグジグジとねじり込む。そこに、燃料の少ないライターの火を近づけた。
「うわぁ、綺麗……」
「でしょ?母さんに教えてもらったの」
「……へぇ、そうなんだ……ライターの火より、なんか素敵だね……ふぁう……」
一つ欠伸をして、目元を擦るクロネ。「眠いの?」と聞くと、小さな声で「うん……」と答えた。
この下水道にいると時間感覚が狂いそうだが、あれだけ走ったりしたら疲れるだろう。朝も早かったみたいだし。
「……じゃあ、ここで寝る?」
力なく、クロネが頷く。確かに、お腹が脹れてきたら眠くなってきたなぁ……。
うちも寝よう。脇道に逸れたため、下水道の臭いは少しマシになってるし。うちは、突如として訪れた睡魔に抗うことなく、眠りについた。
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