第4話 少女二人⑷

 翌朝。


 うちは日が昇る前にクラディールさんの家を後にして、クロネの家の前にやってきた。採掘機の勝手が一緒で助かった。巨大な布をかぶせて、採掘機を隠す。


 あ、そうだ。採掘機ならもしかして……。確か右肩の部分に……、あった!




『クロネ様のご入場です!』


 明け方。朝日が登って程なく、式は始まった。


 こんな朝方から起こされて、不機嫌じゃないんだろうか。


 しかし、彼女は綺麗すぎるほど笑顔だ。ほんと、作り物みたい。そう思うと同時に、彼女がうちの想像してる人と齟齬がないのを確認した。


 うちは、チャージピッケルを構える。これは採掘機の右肩に収納されてる道具で、硬い鉱石を掘り起こす際に使われる。子供一人くらいは吹き飛ぶ程の爆発を起こすんだ。


『早速、聖杯の儀に入らせてもらいます』


 この位置からだとよく見えるな。


 広間にできた吹き抜け窓から中の様子を確認する。人が集まらないうちに、壁を昇って移動したのだ。


「真正面にはクロネがいる。なら、このまま飛べば!」


 クロネが、置かれたナイフで指を傷つけ、聖杯に血を垂らす。


 あれは……まずい黒だ!


「おいこいつを見ろ!蘇りだぞ!」


 まずい、バレたか!


 兵隊らしき人物が声を上げる。……あれ?広場に集まった人々が、一点に集中している……。うちじゃないのか?


 あれは……、クラディールさん!?


「離せ!クソ!」


「暴れるな!」

『そやつを早急にひっ捕らえろ!』


 クラディールさんが、大勢の男に飛びかかられて、地面に倒れてしまう。


 でも……今なら、クロネのところまで飛べる!クラディールさんに注目が集まってるから!


 クラディールさん……ごめん!


 うちは、ピッケルを吹き抜けの先端の壁にひっかけ、ボタンを押した。すると中の燃料に点火し、大爆発を起こすのだ!


 ぐんときりもみ回転しながら、飛んでいく。景色が目まぐるしく変わり、今自分がどんな体勢をとっているのかも分からない。


 とりあえず、足を開き、姿勢をかがめた。そして、何とか踏ん張り、着地に成功した!


「あ、あなたは……」


「話はあと!掴まって!」


「待て!」


 豪勢な身なりの男性が警備員を連れてやってくる。


 この人が、今のクロネのお母さんの夫か。


「この子、もう奈落送りでしょ!なら、うちが救う!」


「そんなことまかり通るか!この国はな!奈落があるから成り立っているのだ!そこに送ることなど、なんの躊躇もせんわ!」


「ミシロ!伏せろ!」


 クラディールさんが、大勢の男性に飛びつかれながらも、何かを投げつけた。言われた通り伏せてみる。


 その時、うちは一瞬目を疑った。


「手榴弾だ!」


 まずい、このままじゃ……!


「早く!」


「むぅ……」


 少し躊躇していたが、クロネはぎゅっと腰を掴む。


 急いで、うちはチャージピッケルを起動させて、往来の頭上を吹き飛ぶ。


「っと!」


「きゃっ!」


 少し着地の仕方がわかってきた。これは横に構えた方が飛びやすいな。


 何とか、クロネも着地できたみたいだ。

「クソ!止まれ!」

 父が警官から拳銃を奪い、発砲する!

 まずい、逃げないと!

「娘を撃って、それでも父親か!」

「あいつは奈落送りなんだ!豚同然だ!」


「やめてあなた!」


 飛び出して、銃を取り上げようとしたのは、クロネのお母さんだ!


 あの人、逃がそうとしてくれてるんだ!


「逃げて!二人とも!あなた、ミシロちゃんでしょう?」


「はい!絶対に……、逃げてみせます!」


「アイシャ!」


 バンッと、銃口が鳴り響き、周囲のどよめきや罵詈雑言が鳴り止む。何かが倒れ去るような、音が聞こえてきた。


「クラディール!」


 振り向くと、膝をついて、クラディールさんが項垂れていた!胸から血を流し、それをアイシャさんが抱き抱える。


 アイシャさんに発砲したのを、クラディールさんが庇ったんだ。


 何があったのか、一瞬理解できなかった。でも、まだ息はあるみたい……、良かった……!


「父親失格だろうが……!娘の幸せひとつ願えねぇやつに、父親名乗る資格があるかァ!」


「や、やめろぉ……!近寄るなぁ!」


 ゆらゆらと、クラディールさんが立ち上がり、父親に歩み寄る。


 二発発砲するが、どちらも鎧の肩を掠める。


 そこから逃げようとするも、拳銃に引っ張られる。それを手放して、屋敷の中に駆け込んで行った。


 バルコニーには、二人とそこから少し距離を置く警官だけが残されている。


「クラディール……ごめんなさい。あなたのこと、最後まで信じられなくて……」


「いいさ……。最後に娘の成長した姿見れて、いい女の腕の中で眠れんだからなぁ……」


 消え入りそうな声で、うち達には聞こえなかったけど、何となく、分かった気がした。


 クラディールさんが……、クロネのお父さんだったんだ。


「クロネ、お前は逃げろ。俺みてぇにヘマすんなよ。ミシロ、クロネのこと、頼んだ……ぞ……」


 うちは、小さく強く頷いた。そして、クロネの手を引き、採掘機に向かう。


「お母さん……お父さん……」


「二人が紡いでくれた希望よ!無駄にする手はないでしょ!」


 うちは、精一杯クロネの手を引いた。


 辛いだろうけど、今この時が一番逃げやすい。


 警官は避難誘導で手一杯だし、父親が出てくる気配はない。


「うん……、ミシロちゃん」


「うちのことはミシロでいいわよ」


「うん、ミシロ」


 力強く、クロネが首を縦に振る。


「とりあえず、今は採掘機に乗るわよ。あれに入ればなんとかなるわ」


「それがあるのはどっち?」


 うちは、「あっち」と指さす。


 すると、クロネはうちを掴み、思いっきり投げ飛ばした!


「ひゃああああぁぁぁぁ!?」


 なにこれなにこれ!何が起こってんの!?

 うちの体は、何故か宙に投げ出されていた!なんで!?


 って、自由落下始めた!落ちる落ちるぅ!


「っと!到着ー」


「はぁ、はぁ……何今の?」


「聞いたことないかな?異質を持った人間がいるって。父さんの家系がそれみたいなんだ。だから、簡単にはへばらないと思うよ?」


 なるほど、クラディールさんが男性に飛びつかれながらも、あんなに動けていたのはそれを発動させてたからか。


 あれ?てことはあの人死なないかも?いらない心配ってわけじゃないけど、安心した。


「私は、時の使いってやつらしくてね。今のは、腕の速度と投げた瞬間のミシロの速度を早くしたんだよ。で、私もそこに移動して、そのあとあなたと周囲に流れる速度を遅くした後にあなたをキャッチ!どうかな?」


「なんで投げ飛ばせるのよ」


「多少無理はきくんだよねー、私の体。異質発動させてると」


 なるほど……。聞いたことはあるけど、まさかここまで強いものとは。


 おっと。着地地点の近くに採掘機が。これに乗って早く脱出しないと!


「早く乗って!」


「りょーかい」


 さっきから思ってたけど、偉く砕けた口調だな。


 別にいいけどさ。


「運転できるの?」


「勝手が一緒だからね……」


 ボタンを押した後、レバーを引く。すると、エンジンがかかった。


 よし、行ける!ハンドルを握り、ペダルを踏み込む!


 勢いよく、採掘機が動き出したのを確認し、クロネは笑顔を振りまいた。


「すごい!」


「今のうちに説明書読んどいて!」


「なんで?」


「多分そろそろ……」


 うちは、分厚めの説明書を投げた。その後、公道へ躍り出る。


 猛スピードで、公道を駆け抜ける。


 車は一台も通ってない。普段なら異様な雰囲気だ。


「おかしいなぁ」


「こんなこと出来んのは、あいつらしかいないでしょ!」


 その時だ。後ろから、ズドンと音が鳴った!振り返ると、そこには、主砲から煙を吐き出している戦車が。


 騎士様のお出ましだ。うちたちはついにこの街全体の治安を脅かす存在、言わばテロリストになってしまった。


「ひゃあ!」と、クロネが頭を抱えて説明書を頭の上に乗せる。これで、身を守ったつもりだろうか?頭隠して尻隠さずとはよく言ったものだ。


「こっち見てる!めっちゃこっちみてるー!」


「そ、ならまずは一両……!」


 うちは、勢いよくバック走行し、建物と戦車の間を通り抜ける。


 戦車は、主砲があるので振り返れないのだ。


「ばっかでー、そんな厳ついもの引っさげてるからだぞー!」


「テンション高いわね、クロネ」


「だって楽しいもん!今まであんないい子やってると、疲れてくるんだよー。しかも退屈だし。それに比べてこれは刺激的だよー」


 楽しんでるのは何よりだけどさ。


 前から性格変わりすぎて、耳がキンってなりそう。


 さて、こっからが本番だ。


 国家権力がこんなにちゃちなもののはずがない。


 交差点を曲がると、そこには、大量の戦車が待ち構えていた!


「って!めっちゃいるー!」


「だろうね!だと思ったもん!」


『大人しく下車し、両手を頭の後ろに回して跪きなさい!』


 なるほど、降伏しろって言ってるのか。

 戦力ではあちらに部があると思ってるらしい。


「する気ある?」


「そんな無様なこと……するはずないでしょ」


 ペダルを力いっぱい踏み込み、応戦の準備をする!


「交代!」


「交代!?」


「操作方法わかったでしょ!うちはこっちするから!」


 何かを察したようで、「りょーかい」と、クロネは笑みを浮かべながら言った。


 まだ採掘機が止まっていない状況で、うちとクロネは席を入れ替わった。


 そして、うちはそこに置かれた二個のレバーを掴み、前に押した。


 そう、こちらはアームを操作することが出来るのだ!


「上手いじゃない」


「説明書通りにやったんだよー」


「ならこっちも……」


 うちは、思いっきりレバーを引き、その先端に着いたトリガーを引く。


 すると、アームが動いた。これでアーム先端……人間の体で言うと、指の部分だな。が動くのだ。


「負けてらんないわね……!」


 よし、使い勝手はわかった。


 戦車を殴り、そしてその戦車を投げ飛ばす!


『無駄な抵抗はやめろぉ!うわぁ!』


「無駄な抵抗?」


「結構効いてるみたいだけどね」


 うちらは顔を見合わせて笑う。


 今ので、大半の戦車は居なくなったけど…。

 って、何あれ!


「でっかー!」


「あいつ倒せば陣形が壊れるわね」


 周りはみんな小さな戦車ばかりだ。


 そんなのでは歯が立たないから、この大きいのができたんだろう。


 って!これもうガス欠寸前!?まさか、まだ導入されないからってちょっとしか燃料入れてなかったの!?


 あ、いいこと思いついた。これならいけるかも。


「クロネ。耳貸しなさい」


「ほいほい?なに?」


 うちは、クロネに作戦を伝える。


 クロネは、快く了解してくれた。


「さてと…行きますか!」


 うちは、戦車に特攻する。


 寸前で砲撃を避けて、一気に距離を詰め、体当たりした。


 でも戦車はビクともしない。


『参ったか!』


「あぁ、参った参った、こりゃ勝てないわー、強すぎるわー」


 うちは、採掘機から降りて手をヒラヒラとさせる。


 そう、勝てない。勝ち目はない。


 ……うち一人じゃ。


「とぉー!」


『な!もう一人!』


 そう、うちはクロネにチャージピッケルを持たせ、戦車から死角になるところで待機させていたのだ!


 クロネは飛び上がり、戦車の真上に行ったところでチャージピッケルを発動させる。


 少し前に遡る。


「いい?チャンスは一度きり。もうこれには少ししか燃料はないし、チャージピッケルもあと一回撃てば燃料がカラになる」


「なるほど。失敗は出来ないねー」


「そう。で、作戦を伝えるわね。クロネは外に出て相手の死角になる場所で何かにつかまってて、うちが突進する。で、その後、クロネが飛び出して、チャージピッケルに点火。そこで異質を使って、時を速くしなさい。狙う場所は戦車の主砲がくっついてるところの後方の根元。で、そのあとその一帯の時の流れを遅くして、脱出。いいわね?」


「わかったー」


 これが最後のチャンスだ。


 これでダメなら、大人しく降伏するしかなくなる。


「雷撃!」


 クロネは、高速で回転しながら戦車に一撃を食らわせた。


 そして、高速でうちの元に戻ってくる。




「どーだった?」


「及第点ね」


「素直に褒めてくれてもいいのにー」


「よしよし」


「むふー」


 撫でてあげると、とても嬉しそうな顔をして、目を閉じた。なんか犬みたいだな。


 というか、なんだろうあの名前。さっきの高速回転しながら落ちて行ってたあれの名前かな?


「雷撃って何?」

「さっきのやつ、技っぽくない?」


「分からなくもないわね」


 その時、戦車で爆発が起きた。そう、うちが狙ったのはそれだ。


 弾薬庫の爆発。ついでにエンジンも爆発してるかもしれない。


「しょ、消火作業急げー!早くしろー!」


 機長らしき人が出てきて、他の乗員に命令する。


 逃げるなら今のうちね。

「今のうちに逃げるわよ」

「にーげろー!」


 幸いにも、すぐそこに路地がある。あそこに入ればこちらのものだろう。


 採掘機の燃料が持ってくれたら楽だったんだけどなぁ…。


「居たぞ、こっちだ!」


「包囲網急げ!」


 くそ、もう追っ手がかかったか!なんとも勤勉な事だな!


 そうだ、こうなれば屋根の上を伝った方が早い!


「クロネ!異質を使って!屋根の上の方が速いわ!」


「お腹すいて力出ないよー」


「……は?」


 何言ってんの?クロネは。お腹すいて力出ない?


「我慢は?」


「できないー!あ、ヨダレ出てきた」


 たらりと出てきたヨダレがうちの一張羅いっちょうらに掛かる。


 気に入ってたのに……。いや、そもそもこれも彼女から貰ったものだけどさ。


 サイズが大きめだったから、かなり重宝してるんだ。


「うぇ……」


「ごめーん!」


 今もダラダラと服に着いているヨダレを増やされながら言われてもなぁ……。


 日は頂点に差し掛かり、昼真っ盛りだ。

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