第5話-2
珍しく、長い髪のままの本当の姿で外に出た。
ヴィルと共に外出したはいいが、背後が気になる。護衛として騎士が二人ついてきているのだ。
「あれはどうにかならないのか?」
「貴族は外出時に護衛をつける」
「面倒くさそー」
「他人事のように言っているが、今後は君も常に護衛をつけて外出するのだよ」
「ええ!? 護衛なんて必要ない。ボクは魔法が使えるし、腕相撲だって無敗なんだ」
「腕相撲?」
「自分の身は自分で守れる――って、何すんだよ!?」
ヴィルがボクの身体を軽々と抱えた。
ジタバタもがいても抜け出せない。ムカつくから拳でヴィルの背中をポコポコ叩いてやったが、効いている様子はない。
「自分の身が何だって? すまない。聞こえなかったからもう一回言ってくれるかな?」
「自分の身は自分で守れる!」
「へー。こんなに軽いのに?」
「バカにしやがって! もう怒った!」
ポケットに手を突っ込むと――ない。黒曜石が、ない。
「おおおお落とした!?」
「あれぇ? もしかして君が探しているのはこれかなぁ?」
ヴィルが片手でボクを抱えたまま、白いトレンチコートのポケットから黒い石を取り出した。
「いつの間に!?」
「いいかい? 護衛と共に外出するんだよ」
「言う通りにしてやるから、下ろせ」
「随分偉そうなお願いだねー。もっと可愛らしく頼めないのかい?」
「可愛いのが好きなら貴族と結婚しろ」
「えー? でもマレーネも可愛かったよ。ベッドの中ではわたしに甘え――」
「やめろお! それ以上言ったら絶交するからな!」
ボクは真っ赤になってもがいた。
街に向かう道中で無駄な体力を使ったせいで、店につく頃にはすっかり疲れ果てていた。
◆◆◆
「マレーネは何を着ても可愛いね」
「……腹回りがきつい」
「ドレスとはそういうものだ」
「男だから着たことないくせに……」
いかにも富裕層の趣味といった感じの華美な装飾が施された全身鏡の前で、ボクは溜め息をついた。
鮮やかな青いドレスだ。
生地の質感が、普段着ているものと全然違う。とんでもない値段がしそうだと思った。
「お客様ぁ~お似合いですよぉ~」
店員の中年女性が揉み手をしながら擦り寄ってきた。金の匂いに敏感か。
「いつもの服のほうがいい」
「あんな思春期の黒歴史みたいな服は卒業しましょうよぉ~」
「黒歴史って言うな!」
マントは胸や女性の身体つきを簡単に隠せるから、男装するときの必須アイテムなのだ。
「このドレスに合う宝石を持ってきてくれないか」
「はぁ~い」
「宝石なんていら――」
『ない』と言い切る前に、店員の女性がドレスに合わせるネックレスの候補を持ってきた。
宝石箱を開けると、眩しすぎて思わず「目がああああ!」と言ってしまった。
「うん。全部もらおう」
「はあ!?」
「お買い上げありがとうございますぅ~」
ボクはより一層高い声になった店員の女性のことは無視して、ドレス姿のままヴィルの襟首を掴んだ。
「無駄金を使うな! この世間知らずのボンボンめ!」
「無駄金というよりはした金だな。わたしにとっては」
「何かわかんないけどすっげームカつくぞ!」
ボクはヴィルを揺さぶった。
「お客様ぁ~夫婦喧嘩はおやめくださいぃ~」
「夫婦じゃな――くはないのか……」
「わたしの金をどう使おうとわたしの自由だろう? 貧乏な君にとっては大金でも、わたしにとってはたいした額ではないからそこまで感情を乱されても困る」
「くそ……ただの変態なくせに、たまに反論できないことを言いやがって」
ボクはまんまと丸め込まれて、宝石をたくさんゲットしてしまった。
買う物が決まったら即ドレスを脱いで、いつもの少年の服に戻った。
とはいえ髪は長いままだし、眼帯がなくて顔が丸見えだから男装にはなっていない。
どこからどう見ても女性だ。
数年前まで男装はしやすかったが、一八歳にもなると小細工をしないと無理が出てくる。
「会計をしてくるから、待っていてくれ」
「はいはい……」
「はいは一回だ」
「はいはい」
「はいは一回だ」
「はいはい」
「いいだろう。君がその気ならどちらかが先に折れるまで続けようか」
「……はい」
ヴィルに黒い影のかかった笑みを浮かべられて、野生の本能なのかボクは無意識に言うことを聞いてしまった。
ドレスと宝石の会計のために、ヴィルと店員の女性はその場から移動した。ボクはその背中を見ながら違和感を覚えた。
――買い物、普通にできているじゃん。
ヴィルを拾ったとき、買い物のやり方がわからなくて行き倒れになったと言っていた気がする。
けれども、店員の女性とも慣れた様子でやり取りしていたし、従者を介さず一人で支払いについての受け答えもしている。
もしもアレが嘘だったなら、どうして嘘を吐いた?
何故だろう。胸がバクバクする。
高価なドレスや宝石をもらえるからではない。何か、喉に小骨が引っかかったかのような――
「マレーネ様~」
同行していた騎士が話しかけてきて、ボクの肩はビクッと飛び跳ねた。
昨日、ヴィルのキモさに同意してくれた彼だ。あのときはそれどころではなかったから、初めてマジマジ彼の容姿を確認した。
癖のある赤毛で、やる気のない顔をしている。多分まだ二〇代前半だろう。
「何だよ?」
「マレーネ様ってヴィルヘルム様と仲良いっすね」
「ほとんど他人だぞ」
「夫婦じゃないですかぁ~」
「共同統治権目当てに成り行きで結婚しただけで、出会ってから一ヶ月も経ってないからアイツのこと全然知らないし」
何気なく事実を言ったら、護衛の彼は目を丸くした。
「……何だよ?」
「いや、さすがに冗談ですよね?」
「冗談ではないぞ。家出してきたアイツを拾ってやってしまったのがボクの悪夢の始まりだ。過去に戻る魔法を使ってやり直したい」
「拾った?」
「行き倒れていたから」
「いやいや、マレーネ様ってば冗談キツイっすよ!」
護衛の彼はケラケラ笑い出した。
「はあ?」
「ヴィルヘルム様ってキモイところはありますが、頭がめちゃくちゃ良くて剣術や格闘術にも優れているエリートですよ~。行き倒れになんてまずなるわけがないっす」
いや、足怪我したくらいで喚いていたし、掃除すらまもとにできていなかったぞ。
「マレーネ様ってば照れ隠しの嘘を吐いているんですよね~。わかります~!」
「はあ?」
「だって二人はどこからどう見たって、以前から深い関係だってわかるくらい仲良しじゃないですか~」
そんなに、仲良く見えるのだろうか。
これだけ悪態を吐いているのに?
「出会って一ヶ月未満だったら、普通あの流れで結婚当日に寝ませんって」
「……」
「出会ったばかりで本当に嫌だったら、初夜は先延ばしにしますよね?」
「……」
「心の準備ができるまで待ってくれって真剣に伝えれば、待ってくれたと思いますけど。ヴィルヘルム様は変態で性癖もヤバいかもしれないっすけど、一応配慮と理性は残っているっていうか」
本当に、どうしてボクはヴィルを拒否しなかったのだろう。
嫌――ではなかったと思う。
本気で嫌だったら魔法で吹き飛ばしている。
「……ボクはどうしたんだ」
「マレーネ様?」
動悸が止まらない。
護衛の彼が心配して顔を覗き込んできた。
「どうしたんすか? 体調でも悪いんすか?」
「いや……」
ボクはズボンの裾をキュッと握った。
「なあ」
「はい」
「君の名前は何だ?」
「ジャックです」
「そうか。ボクはマレーネだ」
「知っていますってぇ」
ジャックと話していたら、会計を終えたヴィルが戻ってきた。
「親密そうに、二人で何を話していたのかな?」
「ヴィルヘルム様いだいいだい!!」
ヴィルが背後からジャックに締め技をかけている。
「ヴィル」
「何だい? お礼にハグでもしてくれる気になったかい? 愛する妻のハグならいつでも歓迎だよ!」
ボクは無視して、ヴィルの前に立って見上げた。
「じっと見つめられると人前だろうが襲いたくなるのだけど、いいかな?」
「人前ではなければいい」
「え……マレーネ? どうしたの? 頭でも打った?」
「夫婦とはそういうものなんだろう?」
ボクは腕を組んでふんぞり返った。
「ヴィルヘルム様、ヤバい教育してます?」
「わたしは常に正しいことしか教育しない」
色々買ってもらったからには、それに見合う振る舞いをしなければいけないだろう。
「着こなして、司教領で上手いことやってやるよ」
「う、うん?」
買い物を終えたボクたちは、城に帰ることになった。
◆◆◆
――第三司教領 大聖堂
「あっ……エスターディネ司教……っ」
信者たちが座り祈りを捧げる木製の椅子に押し倒された彼女が、甘い吐息を漏らしながら俺にしがみついてきた。
「今はリヒトと呼んでくれないか」
「……リヒト様」
腰を振ると、連動して彼女の喘ぎ声が響いた。
行為をしながら、俺は別のことを考えていた。
幼馴染のヴィルヘルムに夜会の招待状を送ったら、『上手いことやってグライフェ伯爵領の領主になって、親に許可を取らずに勝手に結婚すると思うから、多分妻も連れて行く多分』と、冗談なのか本気なのかわからない手紙を寄越してきたのだ。
あのヴィルヘルムが、結婚?
いい子のフリして色々やらかしていたサイコパスが?
通常であれば、ヴィルヘルムは高位の貴族と政略結婚する。家にとっても本人にとってもメリットがある結婚だが、文面を見る限り、それらを捨ててわざわざ領主になるなんて面倒くさいことをしてでも結婚したかった女がいたらしい。
「……どんな子なんだろーな」
「他の……女性のことを考えて……います?」
俺は答えずに、突く角度を変えて彼女に余裕を無くさせることで気を逸らさせた。
神聖な十字架や天使の絵画の前で、司教でありながら身体の関係だけの庶民の娘を犯している。
地獄行きになりそうな所業だ。
神が許しても、教会組織にバレたら大ごとになるだろう。
かつて教会の前にさらし首を並べられた魔女たちのようにされてしまう。
だが、それは本来なら――だ。
司教領の領主という地位ではあっても俺はただの飾り。傀儡だ。そう在る限り、何をしてもお咎めはないだろう。
――ヴィルヘルムの嫁って、可愛いかなあ。可愛かったら犯したいけど、あいつに殺されそうだなあ。
そんなことを考えながら、ただの性欲発散に努めた。
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