第5話-1
朝目を覚ますと、目の前にヴィルの顔があった。ボクに身体を密着させて、手枕をしながら覗き込んでいる。
「……悪魔が見える」
本音が漏れた。
「失礼すぎない? 昨夜の君は必死にしがみついてきて可愛――」
顔に枕をぶつけてやった。
動いたことで布団が擦れて、自分が裸であることを思い出した。
自分の身体を布団で隠し、堂々と裸でいるヴィルを直視しないように俯きながら人差し指を向けた。
「あ、あんなの夫婦なら誰でもやってることだからな! た、大したことないし!」
「そうだね。夫婦なら毎日やっていることだね」
「毎日……? 初夜だけじゃなくて?」
「うん。毎日」
「……今日も?」
「もちろん」
あんなのを毎日なんて、普通なのか?
「離婚するまで、わたしたちは夫婦だからね」
「わ……わかったよ! やればいいんだろ!」
「うん。まずはおはようのキスをしようか」
「そんなの聞いていない!」
「夫婦の常識だよ」
ヴィルはボクを布越しに抱き締めてきた。
ヴィルの腕に包まれて、昨夜のことを思い出した。顔が熱くて、恥ずかしい。
法律が変わって離婚できるようになる日まで、ボクは耐えきれるだろうか。
その後、いつもの服に着替えたボクとヴィルは、朝食をとった。
以前からあったダイニングテーブルには、いつの間にか豪華なテーブルクロスがかけられている。
向き合って席に着くと、ヴィルが呼んだ騎士団のコックが作った朝食が並べられた。
ふわふわのパンに、卵にベーコンに果物に、フルーツジュース。一人で暮らしていたときとは比べ物にならない豪華な内容だった。
「マレーネ」
「ああ?」
眼帯をつけていないから長い髪のままのボクは、食事中に髪の毛が邪魔にならないように耳にかけた。
「わたしの友人の夜会に参加しよう」
「……夜会?」
『夜会』とは貴族連中がやるパーティーであることは知っているが、具体的に何をするのかは知らない。
着飾った紳士淑女の姿が、もやのかかったイメージ図で脳内に浮かんだ。
「そう。男女がダンスをしたり、酒を飲んだりする場だ」
「行かなきゃダメか?」
「まあ。普通、妻も一緒に参加する」
「仕方ないな」
「ちなみにイリーシュア公爵領ではない」
「じゃあどこでやるんだよ?」
「第三司教領だ」
「し、司教領!?」
パンを持ったまま、ボクは硬直した。
『司教領』は、偉い聖職者が領主を務める土地だ。この国で聖職者は特権階級。司教領は権力のある教会がたくさんあり、普通の領邦とは違う。
「ああ」
「そんなお堅いところで、ボクは多分上手く振舞えない」
「大丈夫。そこの領主はわたしの幼馴染だから、気を遣わなくていい」
「幼馴染だろうが何だろうが、ボクは緊張するぞ」
教会は――かつて魔女狩りを率先して推進した組織だ。捕えられた魔女たちは処刑されて、教会の前でその首を見世物にされた。
「ボクは魔女だし、歓迎されないだろ」
「魔女であることは公にはしない」
俯いたボクに、ヴィルは微笑みを向けた。
「夜会用のドレスを買いに行こう。本当はオーダーメイドがいいが、二日後だから時間がない」
「二日後!?」
第三司教領はここから向かうと約一日かかるから、実質ほとんど準備時間はないことになる。
「朝食を終えたら、さっそく出かけよう」
出会いも結婚も夜会も、何もかもが急すぎる。
胃もたれしてきて、ボクはオレンジジュースのグラスを取った。
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