第3話
かつてこの城の所有者が使っていたはずの、執務室に通した。
魔女であるボクを警戒して、ヴィルの護衛は三人。小柄な女相手に護衛三人だなんて、何も知らない者たちからは卑怯に見えるだろうが、魔女は万全の状態なら一人で大勢の人間を殺せる厄介な存在だから仕方ないだろう。
まあ、それだけの魔法を発動するには同等の犠牲が必要だから簡単ではないが――
ボクの今の装備は、ポケットの中の黒曜石が一つだけ。
これだけでは鍛えている護衛三人を倒すのはまず無理だ。
ボクは木製のデスクの上に腰を下ろし、足を組んだ。
「で、何を話す?」
「ぶ、無礼な! ヴィルヘルム様の前で何という態度を!」
護衛の一人が声を荒げた。
ヴィルはそれを無視して、ボクの目の前に立った。
「この城の権利を譲ってほしい」
「権利?」
「うん。実はこの国の法律では、所有者が不在の土地に五年以上住むと、その人物に土地の所有権が移るのだよね」
「……マジ?」
「本当だよ」
ボクは五年前からこの城に住んでいる。始まりは不法滞在だったが、今は法律上ではボクがこの城の所有者になっていることになる。
「君がここに居座り自分の土地だと主張するなら、わたしたちはこの土地を得るために君と交渉しなければいけない」
法律で認められるなら、上手いこと交渉すればこの城から出て行かない道もあるのではないだろうか。
「もしも君が『五年以上』住んでいないなら、今日中に出て行ってくれたら騎士団は後追いしない。どこに行くのも自由だ」
自由――か。
ヴィルを拒否したときに、ボクが使った言葉だ。
「ボクは……」
ヴィルの目をじっと見て、強い口調で言った。
「この城の所有者だ。五年ここに住んでいる」
「ふむ。つまり公爵家がこの土地を得るためには、所有者である君に認めてもらわなければいけないということだね」
「認めねーよ! この城はボクのものだ!」
「何となら、引き換えにできるのかな?」
「何とも引き換えにしない」
「ねえ、マレーネ」
ヴィルが腰を屈めて、ボクと目線を合わせた。
「何だよ……?」
「この城がある黒い森一帯を、領主である公爵家が放置していた理由はわかるかい?」
「魔物が出るから、悪魔が棲んでいる森って伝説があるから」
「そうだね。あともう一つあるのだよ」
それは知らない。ボクは首を傾げた。
「領主がいなくなったから代理で公爵家の領地に組み込んだだけで、実は黒い森一帯は、正式には『イリーシュア公爵領内グライフェ伯爵領』なんだ」
よくわからない。
「マレーネが五年居座って得たこの城と黒い森は、グライフェ伯爵領にある」
「そこまではわかった」
「グライフェ伯爵領は、領地だけど一般市民がいたわけではなく、領主のアルブレヒト三世とわずかな使用人だけで暮らしていた」
「へー」
「アルブレヒト三世が亡くなり、彼に仕えていた最後の使用人も亡くなったことで廃城になった」
「へー」
「そして今はマレーネが住んでいる。どういうことかわかるかい?」
ボクはしばし考えてから、ピンときて人差し指を立てた。
「ああ! じゃあ今はボクが、グライフェ伯爵領とやらの土地をまるごと所有しているのか!」
「正解だよ! すごいね、賢いね!」
褒められているのにそこはかとなくバカにされている気がするのは、気のせいだろうか。
「で、その話がどこに着地するんだよ?」
「ああ、うん。グライフェ伯爵領を売ってくれないかな?」
「嫌だ」
ふんぞり返って、きっぱり断った。
ここはもう法律でボクのものらしいし、というか伯爵領を丸ごとゲットしてしまったらしい。そうなるとボクは領主か。
ヴィルがイリーシュア公爵領の領主の息子だろうが、恐れる必要はない。イリーシュア公爵領はボクの領地とは違う領地なのだから。彼らに支配される理由はない。
「絶対に?」
「ああ。ボクは自分の領地を渡さない」
そう宣言したら、ヴィルが満面の笑顔になった。
断られたのに、何で笑う?
ボクがきょとんとしたら、ヴィルが嬉しそうに言った。
「そうか。では、戦争をしようか」
「……は?」
ボクがぼかーんとしたところで、護衛三人が腰の剣を引き抜いて臨戦態勢になった。
「……戦争って?」
「イリーシュア公爵領は、グライフェ伯爵領に宣戦布告する!」
「……何で?」
「マレーネが、領地を平和的に明け渡さなかったから」
ボクの頭に無数のハテナが浮かんだ。
「ここが完全にイリーシュア公爵領だったらマレーネから無理やり奪い取ることはできないのだけど、違う領地だから法律がどうでも戦争して勝てば得られるのだよね」
「いやいやいやいや! 色々おかしいだろ!?」
「領主様、さあどうする?」
ボクの手元にあるボールは二つ。
棚ぼた式に得た領地を無条件でイリーシュア公爵領に譲渡するか、戦争してイリーシュア公爵領の騎士団による侵略から防衛して守るか。
客観的に見れば、前者しかないだろう。
けれどもボクは、この城を譲りたくない。
戦争か。
数パーセントでも、ボクにも勝算がある。
この執務室のデスクの引き出しに入れている黒曜石を出して魔法を使い、その隙に大量の黒曜石をしまっている倉庫に行って攻撃魔法を連発すること。
ボクは組んでいた足を離して動こうとしたが、先に肩を掴まれた。
掃除も上手くできなかったヴィルが、ボクよりも速く動いた。彼はこんな動体視力をしていただろうか?
考えている暇はない。
次の手としてボクはポケットに手を入れようとしたが、またヴィルのほうが速くて、腕を掴まれた。
「――っ」
掴まれている腕が痛い。
眉根を寄せたボクに、ヴィルは微笑みながら身体を寄せてきた。
「魔法はダメだよ」
「手を放せ。さもないと炎の魔法で腕を焼くぞ」
「脅しは通用しない」
「脅しじゃない。ボクは様々な攻撃魔法を習得済みで――」
「しかし今の君にはできないよね?」
「どういう意味だ?」
ヴィルがボクの手の甲にキスをした。
「なっ!?」
初めてのことに動揺して目を白黒させているボクとは対照的に、ヴィルは冷静で加虐的な笑みを浮かべている。
「魔法を発動するとき、マレーネは必ずポケットに手を入れている」
ヴィルはボクのズボンのポケットに手を入れた。
「やめろ!」
言うことを聞かず、ヴィルはボクのポケットから黒曜石を取り出した。
「君の髪と同じ色……綺麗な石だ。これが君の魔法の源か」
黒曜石がなければ、ボクはただの小娘だ。
「魔法の研究者にツテがあってね。教えてもらったのだよ。魔女は特定のものを代償にすることが多いって」
心臓がバクバクする。
魔女であり、棚ぼた式で領主になってしまったボクは処刑されるかもしれない。
怖かったが、怖くないフリをした。
悪魔の子分として殺されるとしても、誇りは失わない。
ヴィルのことをキッと睨みつけて、ボクは強い口調を維持した。
「どうしてか知っているか?」
「さあ?」
「魔法は法則の学問だ。無から有を生み出しているわけではなく、発動する内容と対等な犠牲が必要になる」
「この石は犠牲ってことかい?」
「ああ。自然界が生み出す石の中には高い魔力を有しているものがある。魔女はそれを確保して武器とする」
「そうか。騎士でいうところの剣が、魔女たちには石なのか」
「まあな。でも――犠牲は石でなくてもいいんだ」
「ふむ?」
「例えば――魔力を有している人間の命でもいい。ボクはボクの命を犠牲にして、黒い森一帯を壊滅させる! そうすればアンタたちも全員死――」
「どうしてこの土地にこだわる?」
「あ?」
「空き家なら他の場所にもあるだろう?」
ボクはキュッと唇を結んで、目を逸らした。
「言わないの?」
「……」
ボクはそっぽを向いたまま、答えなかった。
「言わないと唇にキスするよ」
「いつかここで生き残りの魔女たちと暮らしたいんだよ!」
キスが嫌すぎてついポロっと言ってしまった。
「へー。魔女たちと連絡を取れるのかい?」
「取れない。だから生き残りの魔女の誰かがここに流れ着くのを、待っている。ここは魔力を有する魔物や植物が多い土地だから、いつかきっと魔女もやってくる」
「そっか。君のその夢を――」
ヴィルが、ボクの腕を掴んでいた手の位置を動かし、ボクの指に自身の指を絡めた。
「応援するよ」
驚いて顔を上げると、ヴィルは微笑んでいた。
「グライフェ伯爵領は、イリーシュア公爵の息子であるわたしが領主に勝利して占領した。新しい領主はかつての領主の処分を決められる。処刑も幽閉も自由だ」
固まって動けないボクに、ヴィルは言葉を続けた。
「グライフェ伯爵領のかつての領主よ、わたしは新しい領主として君の処分を決定した。君を――わたしの妻にする」
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