悪徳領主を懲らしめろ


 ──聖王軍の兵士曰く、領主の館に魔族の捕虜がいる、らしい。その事にマスターは首を傾げながらも「まぁそういうもんか」と聞き流した。

 おおかた情勢が不利になって人間に尻尾を振っただけのことだろう。


「いやしかし、大隊とはね。百人くらいか?」

 まるで他人事のように軽い調子で肩をすくめるマスターに、アーシュから厳しい目線が刺さる。


「そんな軽く言うな。こちらの十倍以上だぞ」

「んじゃ一人頭十人殺せば互角だな」

「簡単に言ってくれる」

「魔族の捕虜についてなんか知ってることは?」

「おそらく諜報部の連中だ」

「彼らは此処、南西部を治める領主のもとへ向かわせてから戻ってきていません。何かあったと思っていましたが、まさか捕まっていたとは……」

 マスターは『ハードラック』を椅子代わりにしながら、顔を覆うバイザーのロックを外した。

 その素顔を見て魔王軍が驚く。


「んじゃもう裏切り者ってことで領主含めて全コロでいいな。人手が限られているから最小限の人数でいきまーす。目が良いやつと鼻が効くやつと腕っぷしが強いやつ、あと俺」

「全コロってなんだ」

「皆殺し」

 ようは「全員ぶっ殺す」だ。

 ルミナリエはマスターの顔が気になるのか、ふにふにと小さな手で触ってくる。特に危険もないので好きにさせていた。


「というかお前本当に人間なのか?」

「見ての通りだけど」

「……怪しいな。魔力が無いのは、わかる。しかし霊力もないというのは不自然だな」

「そんなん言われても、そもそも俺こっちの生まれじゃないんだからそりゃそうでしょとしか言えない」

「……まぁいい。とにかく今は諜報部の救出が先だ」

 魔王軍の人選はアーシュに一任し、マスターは人の顔を触ってくるルミナリエのほっぺたをもちもちにしてやり返す。むぇー、と妙な鳴き声が発せられてつい興が乗ってしまった。


 北の人狼族ワーウルフであるラルフ。同じくガロゥ。

 そしてアーシュは自身を選抜した。

 領主の館に向かうにあたり、情報が欲しいが時間も惜しい。道すがら話を聞きつつ、先を急ぐことにした。



 ──領主は南方では広く見られる鬼牙族オーガ。赤肌に角が特徴。怪力が自慢で、力比べをする慣習がある。

 それらを頭に叩き込みつつ、マスターは聖王軍の一般装備についても尋ねた。

 兵士の装備は軽装に鉄帽、ロングソードやスピアなどだが、何より注意すべきは左籠手の霊弩『スリンガー』だ。

 その装備が普及したことにより魔族の優位性が崩れたと言っても過言ではない。というのも、それが正式採用されたのはここ十年の間の出来事。

 どこかで技術的特異点が起きたと見ていい。心当たりがないかアーシュに聞くと、今から約二十年程前に人類が呼び出した勇者…すなわち異訪人が関わっているようだ。


「そいつの名前は」

「リョウゼン・R・グランバイツ。今は聖王軍最高司令官を務めている」

「……ん? 異訪人なんだよな?」

「そうだが?」

「返還の儀で元の世界に送り返してるんじゃなかったか」

「リョウゼンに限っては例外だ」

 改めて。ミレア達から聞いた話を整理する。


 人類は百年に一度【勇門の儀】を執り行う。その勇者が役目を終えた時、魔族側が【返還の儀】を行い、元の世界に帰還させる。──二十年程前の勇者がいることにマスターは首を傾げた。


「んじゃ魔王様殺したのもリョウゼンなのか?」

「いや、リョウゼンの後に召喚された勇者だ」

「あー? いきなり例外から話持ち出さないでくれよ、わけわからねぇんだからこっちは」

「それはなんというか……すまない」

 ──というのも、魔族と人類双方にとって未曾有の出来事らしい。

 今、この世界に異訪人がいる。

 二人目の勇者が魔王殺しの張本人とされているが、アーシュは言葉を濁した。当時の状況を詳しく把握しておらず、現場にいたわけではない。


「ま、探偵仕事は後回し。今は肉体労働最優先。そっちの二人は大丈夫か?」

 サジリス小隊から連戦となる形。マスターは念の為体力魔力を気遣って声をかける。しかし、そんな気遣いは無用とばかりに顔に傷跡の残る赤毛の人狼族がニヒルな笑みを浮かべた。


「なんなら担いでやろうか?」

「いや結構」

 余裕があるのは結構なことだ。


「見えてきたぞ、あれが領主の館だ」

「館っつーか城じゃん」


 ──南西部は広大な農耕地帯。戦術的価値も戦略上での価値も低い。配置されている魔族もほとんどが温厚な労働者である豚人族オークだ。むしろ放牧されている魔牛ベヒモスや野生の魔猪ワイルドボアの方が遥かに脅威と言える。

 目の良さで選ばれたラルフという人狼族に偵察を任せたマスターは、森の中に潜みながらアーシュと周囲を警戒していた。


「さて、あの館もとい城攻めするわけだが」

「おそらく庭園には聖王軍大隊が控えていることだろうな。くそ、どおりで追手を振り払えないわけだ」

 魔族から裏切り者が出たとなれば悠長に構えてもいられない。

 高い木に登り、中の様子を探っていたラルフが降りてくると自信無さそうに尻尾がしょげている。


「ラルフ、どうだった」

「庭ん中聖王軍がいっぱいだ。うぅ、あん中行くのか? オレはごめんだぞ」

「目的はあくまで諜報部救出。聖王軍の相手すんのはその後」

「それで、どうするつもりだ」

「俺、正面。三人、裏口。派手に暴れてくるからその間に救出してきてくれ」

 到底正気とは思えない提案に、さすがにアーシュも「ちょっと待て」と引き留めた。


「本気か?」

「だって俺、魔族の城知らねーもの。中身詳しいそっちが助けに行くのが妥当だと思うけど?」

「だからってオメェが聖王軍一人で相手にするってのか。とんだ無茶だぜ、何人か連れてきた方がいい」

「まともに戦うわけじゃねーし、慣れてるよ。対多数の戦闘」

 マスターの指示に従い、アーシュはラルフとガロゥを連れて森の中を迂回していく。

 その姿が見えなくなってから、仮面をつけたマスターは『ハードラック』を片手に堂々と真正面から向かっていった。



 正門の前に立つ門番のオークが顔を見合わせる。見るからに怪しい人物が剣を片手に堂々と現れたからだ。

 黒い狼の仮面に、黒いロングコート、ブーツまで黒い。全身黒ずくめの中で、燻んだ蒼い髪が狼の尾のように揺れていた。


「な、なんだお前」

「どうもーこんちはー不審者でーす。訳あって殴り込みに来ましたー、この裏切り者共が」

 まさに問答無用。マスターが振るった剣は門番の首を掻き切り、地に伏せた。

 『ハードラック』を振り上げ、力任せにぶん投げる。それは放物線を描き、回転しながら中庭の噴水を粉砕して一斉に注目を集めた。


 待機していた聖王軍の追跡部隊本隊であるスコルピオ大隊が武器に手をかけて臨戦態勢を整える。そんな中、正門から堂々と侵入したマスターは足を止めた。


「貴様、一体何者だ!」

「狼藉者でーす。聖王軍がいるって聞いたんで殴り込みに来ましたー」




 ──中庭から聞こえてくる騒音を聞きながら、アーシュ達は裏門から城内へ侵入に成功する。

 魔族の城の作りは、攻めるのは容易だが抜け出すことが至難とされるのが定説だ。城の廊下に等間隔に配置されたリビングアーマーは、一度起動すれば侵入者を排除するまで追跡してくる警備装置。疲れも恐れも痛みも知らない無慈悲な追跡者から逃れるのは同じ魔族と言えど容易い話ではない。


 だが、逆を返せば感知されなければ良いだけのこと。裏の廊下から地下牢へ続く扉をガロゥが発見し、人狼族らしくニオイを辿る。


 青い炎を灯す燭台に照らされながら石段を降りていくと、やがて廊下に出た。鉄格子が並ぶ中に捕らえられた諜報部を見つけたラルフが様子を見る。大きな怪我はしていない。手足を縛られているだけのようだ。


「お前たち、無事か。助けに来たぞ」

「……んぁ? おー、アーシュさん。いや面目ない、領主が裏切って捕まっちまったぁ」

 間延びした緊張感のない声に肩を落としながらも、アーシュは錠前に血霧を流し込む。内部構造を探り、やがて鍵を開けるとラルフとガロゥが手分けして諜報部を解放する。

 立ち上がったリザードマンの背は高く、ラルフ達よりも頭ひとつ分抜けていた。緑色の肌に、ギョロリと飛び出した大きな目玉。口を開けてあくびをすると丸めた舌が覗く。


「レイメルさんよ、諜報部総長さんはどうした」

「メリフィリア総長ならそこで寝てるよ」

 指差した先では、波打つ白い髪の女性が横になっていた。手足の拘束だけでなく、全身を太い鎖でがんじがらめにされている。まるで鎖のミノムシ状態だが、気にしていないのかアーシュが顔を覗き込むと──寝ていた。

 体を揺さぶってます起きそうにない。仕方なくアーシュは足を振り上げ、頭を蹴飛ばした。


「──……ん、ん〜……?」

「っ……! っ──!! 起きたか、メリフィリア……!」

「……ん〜、おはよ〜。アーシュちゃん」

「何があったんだ?」

 つま先を押さえながら涙目のアーシュが寝ぼけ眼のメリフィリアに問いかけると、思い出すように唸る。


「んー、とねぇ……領主が聖王軍と取引してる現場に鉢合わせちゃってぇ。別に暴れてもよかったのよ? でも姫様嫌がるでしょう、そういうの。だから大人しく捕まってあげたのよ」

「で? どうやって脱出するつもりだったんだ? わざわざ巨人族ティタン用の鎖まで持ち出されて」

「ふんぬぎぎぎ……! ダメだこりゃ、硬すぎて切れねぇ」

 ハンドアクスで切ろうにも、対巨人族に用意された鋼鉄の鎖はかすり傷程度しか傷つかなかった。


「こんなの抜け出すの簡単よぉ」

 言い終わるなり、メリフィリアの身体から異音が発せられる。それは体の内側から聞こえてきた。

 まるで骨格そのものを変貌させているような音。肉を引き裂き、継ぎ直す嫌悪感を掻き立てる音から程なくしてメリフィリアの身体が鎖の繭の中へ消えていく。

 ジャラジャラと冷たい床に崩れた鎖の中から、子供の手が出てくる。


「ほらぁ、ねっ? 簡単簡単。この程度で捕まったなんて言わないわよ」

 可愛らしい少女の声が這い出てくると、太陽のような無邪気な笑みを浮かべた。だが次の瞬間、再び異変が起きる。

 アーシュ達の目の前で少女の顔が、身体が、腕や足までもが形を変えていった。

 自分たちを見下ろす遥かな長身。幽鬼のような白い肌に、体に張りつく形の特製ボディスーツ。


 メリフィリア・ティグールが魔王軍諜報部総長に据えられている理由を目の当たりにして、アーシュは丸眼鏡を直しながらため息を吐く。


「全員無事なようだしな、反撃に出るぞ。ついでにここの領主も懲らしめてやらないとな」

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敗退魔王軍の革命戦線 アメリカ兎 @usarabbt

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