17節 芽生えた繋がり

「はぁ……」


 照り出す陽の光に似合わない、重いため息が漏れる。

 川のほとり、まるで氷のように冷たい水を掬い上げ、その水面に映る自分の顔を見つめながら、ヤコブは、自分の暗い表情と睨めっこをする。

 ため息の原因は、昨夜義父シュリアムと話した内容、その宿題が原因だ。


 ―――『フラムと仲直りしろ』


 言われた宿題。昨夜は、話したことで心が落ち着いたのもあり、そこまで重くは受け止めず就寝したが、しかし朝になり、気分が落ち着いた上で改めて考えると、出された無理難題に辟易とする。


(お義父とうさんは、簡単だって言ったけど……それでもなぁ……)


 夜になれば成功したか聞かれる。逃げることができないという強迫観念が、余計に問題から目を背けようと促してくる。

 人の気持ちが分かれども、分かるからこそ、ヤコブは出された問題の難しさに頭を悩ませる。


「……?」


 砂利を踏む音と共に、陽に当てられたヤコブの影の形が変わる。

 音のした方へと視線を向ければ、そこには不機嫌な表情に、長く寝癖の目立つ少女、フラムが立っていた。


「!」


 ヤコブに緊張が走る。喧嘩の件もそうだが、父(シュリアム)に言われた宿題の件が、余計な力を入れさせた。


「はぁ〜〜〜……」

「……」


 自分の真横、ヤコブが吐いた以上に大きなため息を溢しながら、フラムは不機嫌な表情のまま川の中に手を突っ込み、顔を洗い出す。

 ヤコブは、生きた心地がまるでしなかった。


(やっぱり不機嫌なままだ……)


 表情だけでは無い。ヤコブの生まれながらの体質、目に見える感情からも、フラムが不機嫌であることは間違いのないものだった。

 少しばかり、義父シュリアムの言葉を恨んでしまう。


「……お前さ」

「!……は、はい」


 洗顔途中、顔を両手で覆ったまま、フラムが突然話しかけてくる。

 ただでさえ生きた心地がしなかったのに、追い打ちを喰らったように心が痛くなる。


「どうせ、昨日のこと気にしてんだろ?」

「……まあ……はい」


 棘のある言葉に、ヤコブは俯き、答える。

 そんなヤコブの様子に、フラムは再び重いため息をついて、言い放った。


「ほんっっっっとぉ〜〜〜に、めめっちぃなお前!」

「!」


 手を離し、不機嫌な表情を見せてきたフラムは、しかし、その言葉がどこか棘の取れたものであることに、ヤコブは気づく。


「え……と……」

「昨日のことなんて一日経ってんだから気にすんなよ。そりゃお前が悪いけどさ、あんま気にしてもしょうがないぜ?」

「……」


 開いた口が塞がらない。

 表情も不機嫌。感情も不機嫌。なのに、その矛先はこちらへと向いていない。

 

「え……でも……フラムだって気にしてますよね……?」

「気にしてねーよ」

「だって……不機嫌じゃ……」

「ああ、そりゃそうだ。だしな」

「寝起き……」


 すとん、と力が抜ける。

 先ほどまで深刻に考えていたのが、まるで馬鹿みたいに感じた。


「いや、いやいやいやいや。それでも僕がフラムを傷つけたのは事実です。なので、ここできちんと謝らせてください」

「別にアタシは傷ついてねー」

「でも、不愉快な気持ちに……」

「それはお前がキモいからだ」

「キモい……」


 今まで誰1人からも言われたことのない言葉。

 否、性格に言えば1人だけいるのだが、それでもその人のように悪意のある言葉ではなく、純粋な、子供の感想のような言葉で、不思議とあまり不快には感じなかった。


「そうだ。キモい!」

「えと……なんて返せばいいのか……」

「そういうところ!」


 ビシ、と人差し指を向けてくる。


「良いか?お前は強いんだ!だったらもっと自信満々に振る舞え!めそめそするのは弱い奴だけだ!」

「そんなことないんじゃ」

「いーーーやそうだね!だってアタシの周りはみんなそうだし、何より隊長がそう言ってた!」

「隊長」


 フランメの所属している『聖天騎団』。おそらく隊長とは、そのトップ―――フラムの洗礼名にもなっている"バルバルス"のことを指しているのだろう。


「そうだ!なんか、強いなら胸を出せ!みたいな」

「それ、何か違うんじゃ……」

「隊長を馬鹿にするのか?」

「違いますよ!」


 会話のペースを乱されるヤコブに、フラムは尚もマイペースのまま、その場に立ち上がる。


「とにかく!アタシが昨日嫌だったのは、そういう変なとこだ!でもまあ、寝たらそんな気になんなくなった」

「でも嫌な気持ちになっているのなら、やっぱりそこは謝らないと……」

「お前……ほんとあれだな……」


 謝罪しようと食いついてくるヤコブに、フランメはうんざりした表情を向ける。


「いいか?仲良くなるのに一番良いのは喧嘩なんだよ」

「え、そうなんですか?」

「ああ、そうだ。いつも本読んでるやつが言ってたんだ。喧嘩すれば良い!みたいな」

「『喧嘩するほど仲が良い?』」

「そう!それ!」

「な、なるほど……これが……」


 知識としては知っていた言葉。今ヤコブは、それを身を持って理解する。

 

「てことは、昨日セクアと喧嘩していたのもそういうことですか!?」

「いや、あれはただ嫌い」

「あれ、そうなんですか……」


 理解への道は遠い。


「……ん」

「?」


 ふと、フラムの視線が下を向く。その視線を追って下を向けば、そこにいたのは、砂利に埋まったアリ。どうやら砂が崩れて、上手く登ることができないらしい。


「……え」


 助けようとヤコブが手を伸ばすと、それよりも先に、フラムがしゃがんでアリを助けた。


「フラム……」

「………」


 純粋に、弱者を嬲ることに快楽を見出していた彼女が、弱い存在に手を差し伸べた。

 それは、とても昨日の盗賊との戦いからは想像できないものだった。


「……まあ、とにかく!そういうことだ!だから気にせずいろよ!それが"仲間"だからな!」

「……」


 仲間。

 今まで何度も言われてきた言葉だが、しかしフラムが言ったその言葉は、何故だかとても温かく、身を奮い立たせるような何かがあった。


「それに自分より強いやつに謝られるのはむずむずして気持ち悪い」

「そ、そうですか……」

「あ、そうだ」

「?」


 何かを思い出した様に、再びフランメはその場に立ち上がる。


「あのメガネが朝飯できるって言ってたんだ。だからそれ伝えにきた」

「あ、そうなんですか」

「そそ。じゃあアタシもう行くからな!」

「あ……」


 言い残し、走り去っていくフラムの姿を、ヤコブはただ見送る。


「………」


 残され、ヤコブは改めて川を覗く。


 結局、謝罪はできなかったし、仲直りできたかも分からない。

 しかし、水面に映ったヤコブの顔は、来た時よりも確かに緩んでいた。


―――――――――――――――


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