16節 どの口が

『ヤコブ』

「……はい」

『お前の悪いところは、そうやって何でも1人でやろうとしてしまうところだ』

「別にそう言う訳じゃ……」

『ではヤコブよ。誰かの力を借りるとは、どう言うことじゃ?』


 シュリアムの質問に、ヤコブはしばらく考えた後、答えを言う。


「……例えば、僕の予知夢が起こった時は、みなさんそれを阻止するために、色んな情報を集めて、予測して、それで答えを導いてくれます。今回の『最悪の未来』だって、僕がこうして英雄探しをしてる裏で、色んな人が原因を解明するために頑張ってくれてる」

『……』

「それが助けてもらうということ。……確かに、僕は今回、1人で解決することはできませんでしたね……」


 少しばかり、自傷気味にから笑いをするヤコブ。それに対し、なおも変わらずシュリアムは、明るい口調のまま話を続ける、


『確かに、それも「力を借りる」の一つかもしれんな。……だがなヤコブ、ワシが言いたいのはそう言うことでは無い』

「え?」


 困惑するヤコブに、しかしシュリアムも少しばかり言葉に悩む。


『何と言えばいいか……そうじゃな……ワシが言いたいのは、友情のような……心の繋がりのことだ』

「心の繋がり……?」


 シュリアムの言葉に、ヤコブは意味がわからず聞き返す。


『ああ。例えば今回、何故フランメは不機嫌になったと思う?』

「それは……きっと僕とは違う意見を持っていて、僕の言い分が分からなかったからじゃないですか?」

『それもあるかもしれん。だが、もしかするとヤコブのに不満を持っていたかもしれん』

「答え?」


 言われ、ヤコブは地面、口だけ浮かび上がったシュリアムの方を見る。


『そうだ。言うなれば、誠実さを欠いていたともいえる』

「僕はちゃんと答えましたよ」

『そう思い込んでいるだけの可能性もあるだろう』

「……どういうことですか?」


 いまいち容量を得ないシュリアムの言葉に、ヤコブは余計頭を混乱させる。


『要するに、「預言者」として答えたのか、それとも「ヤコブ」として答えたのか。そういう問題だ』

「……それは……僕にはちょっと、難しいです」


 ヤコブにとって、「預言者」である自分が「ヤコブ」なのだ。それ以外の答えを求められたところで、何か別の答えを出すことなどできない。


『なぁに大丈夫だ』


 落ち込むヤコブに、シュリアムは明るい口調で口を開く。


『偉そうなことを言ったが、今言ったことはできるやつの方が少ない。ワシだって、時々分からなくなることがある』

「そうなんですか?」

『ああ。そもそも人の心とは常に変化するもの。昨日までは正しいと思っていた価値観が次の日には変わっているなどザラにある。……だからこそ、自分が何者であるかを考えることは大事なことなのだ』


 自分が何者であるのか。思えばヤコブは、自分についてちゃんと最後に考えたのは、遠く幼い頃の時だった。


『自分について、悩み、考え、そして出た答えは、例えそれが一時的なものであったとしても、しっかりと相手の心に届く。そしてその本心を伝えた時、初めてその相手との間に繋がりができるのだ』

「繋がり……」


 シュリアムの言葉を、理解するために、口の中で転がしていく。


『さっきも言ったが、大きな問題ほど1人でできないことなど当たり前だ。そしてその時誰かを頼る際、最も頼りになる存在こそ、信頼を培ってきた仲間なのだ』

「……」


 そう言った考えを知らなかったわけでは無い。

 幼少の頃から、人との関わりの大切さは何度も教えられてきた。しかしヤコブにとってそれは、まだ頭の中にある知識。身になっていない。


『難しいか?』

「……はい。難しいです」


 他者のためにその身を削る、狂気とも言える徹底した利他主義。

 ヤコブにとっては、自分の問題に他者を撒き揉むなど、とても想像できる話では無い。


 悩み、頭を抱えるヤコブに、シュリアムは愛も変わらず緊張の無い声で語りかける。


『まあ、良い。今回の旅は、それを気づかせるのも目的の一つだからな』

「確かに、そうでしたね」


 言われ、ヤコブはセントラルを出発する際のことを思い出す。

 言われていながらも、無意識のうちに忘れ直せないとなると、やはり時間はまだかかるのだろう。


『……だがこのまま分からなかったで終わるのもいただけん。だから一つ、宿題をだそう』

「宿題……ですか?」


 『ああ』と、シュリアムは楽しそうに口を歪ませ、そしてヤコブも体に力が入る。


『明日の夜までに、することだな』

「…………ぇえ!?」


 出された課題に、ヤコブは焦って言い返す。


「いやいやいやいやいや!無理です!無理無理無理無理無理ですって!」

『だがここまでやらんと、お前一生治らんだろう』

「他にもっといい方法ありますって!」

『例えば?』

「それは……」

『なら決まりだな』

「そ……そんな……」


 ヤコブは知っている。シュリアムが「宿題」と言ってだした課題は、例えどれほど難題であろうとも、本気であるということを。


「今までで1番の難題だ……」

『一番簡単だろ』

「そんなことないですって!」

『お前ぐらいの歳の子供なら、全員一度は経験しとるぞ』

「え……本当ですか……?」


 特別扱いを受けてきたヤコブにとって、世間一般の常識は非常識となる。


『そんなに動揺するでない』

「でも……」

『フランメは基本バカだ。お前との喧嘩なぞ、一晩寝ればどうでも良くなる』

「そんなことあるわけないですよ……」

『本当だぞ』


 悲しみ、反省し、そして悩み、しかしヤコブは、自身の心持ちが先ほどよりも軽くなっていることに気づく。

 皆の希望として、常に期待を背負っているヤコブにとって、弱音を吐ける存在というのはかけがえのないものとなる。


 血は繋がってなくとも、やはりシュリアムは、ヤコブにとっての父なのだ。


『観念しろ。ワシは今まで課題を訂正したことは無いからな』

「分かってますよ〜。……はい。頑張ります」

『うむ。それでいい』


 言い終わり、お互いに笑みが溢れる。

 シュリアムとヤコブ、そしてオネストの3人の間でだけ、こう言った、平凡な家庭の顔を見ることができる。


「……あ」

『どうした?』


 しかし、こう言った幸せの時間な時に限って、というのは襲いかかったりもする。


「いえ……その……」

『なんだ?言ってみなさい』


 ヤコブが思い出したトラウマ。それは、つい数時間前に植え付けられたばかりの、盗賊のリーダーの刃。

 守べき国民であるアルカディア民が、その実、外の世界を見下している事実。


 ヤコブは悩む。アルカディアを一代で作り上げ、「平和と平等」を誰よりも望んでいる父に、そのことを伝えて良いのかを。


「えと……」

『?』


 怖かった。


「お義父とうさんは、「平和と平等」ってなんだと思いますか?」


 だから、また逃げた。


『……なんだ、そんなことか』

「はい。一応気になって……」


 冷や汗を浮かべながら、しかしその様子はシュリアムに伝わらない。伝達魔法は、あくまで話し相手の口を形作るだけであり、表情を再現するものでは無い。

 故に、シュリアムはヤコブの様子に気付かぬまま、その質問に即答する。


『もちろん、皆が笑顔で手を取り合い、助け合うような世界だ』

「……そうですよね」


 不器用な笑顔を浮かべて、ヤコブはそっと、本音を心の奥底に隠した。


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