15節 前進

 救った国を後にし、ヤコブたちは数時間移動した後、少し離れた山奥、緑生い茂る渓谷の川の麓に、持ってきた野営の道具を使って寝るための拠点を作った。

 時刻はすでに丑三つ時を回っており、携帯食料を腹に入れたフランメとセクアは、すぐにそのまま就寝した。


 その中で、ヤコブだけは眠れずにいた。

 

 焚き火の炎を見つめながら、今日起こった出来事に思いを馳せつつ、その横、不自然に口のようなものが浮かび上がっている地面へと耳を傾ける。


『よほど、疲れているみたいだな』


 地面が、まるで人が喋っているかのように器用にその口を動かす。


「……やっぱり分かりますか。……お義父とうさん」


 話す地面に対し、ヤコブはそれをお義父とうさんと呼ぶ。


 何も分からぬ者から見れば実に奇妙な光景。これは、魔導士が使う基礎魔術の一つである、言わば伝達魔法。

 地面に魔法を発動させる回路となる術式を書き、そこに相手の血と自分の魔力を合わせることで、入れた血液の続く限りその相手と話すことのできる魔法。

 

 話し相手は、お義父とうさん―――つまり、シュリアム枢機卿だ。


『お前の方から話しかけたにも関わらず、口を一切開かないと言うのは、総じて何か悩んでいる時だ。伊達にお前の父親はやっておらんよ』


 優しく、包容力のある言葉に、ヤコブはつい笑を溢す。しかし、その笑みはすぐさま盗賊との一件を思い出したことにより、再び暗く沈んでいく。


「……」

『……』


 沈黙。重苦しい雰囲気が、その場にかかる。

 ヤコブは自身、何か言わなくてはと思いつつも、しかしなんと言えば良いのか分からない。


『……何があった?』

「!」


 その意図を汲み取って、シュリアムは遠回しににではなく、直接聞くことを選んだ。


『今回外の世界に出て、何を見た?』

「……」


 逡巡、考え、思い出し、ヤコブは口を開く。


「……初めて、正解の無い問題に出会いました」

『……』


 開いたヤコブはの言葉に、シュリアムは黙って耳を傾ける。


「アルカディアにいた頃は、解決すべき問題があって、それをどうにかさえすれば、それで終わりだった。……でも今回出会ったのは、解決すべき問題が無くて……いいえ」


 首を横に振り、訂正する。


「もうすでに、答えの出てしまった問題でした」

『……』


 盗賊のリーダー、その男のアルカディアに対する憎しみ、そして末路。


「初めてでした。力なら十分あるのに、解決するためにどう使えば良いのか分からなかった」


 シュリアムも、聴きながら手元のある資料へと目を配る。そこには、ヤコブからの要請、外の盗賊に対しての、物資援助の申込書類。


「何を選択しても、最後には彼を傷つけることになる……本当に……初めてで……」


 シュリアムは理解する。この物資援助が、ヤコブが苦悩した末にだした、最後の悪あがきだと言うことを。


「僕は…こんなにも弱いんだ…って思って……」

『……』


 選ばれた力。天賦の才。恵まれた環境。

 ヤコブにとって、失敗や挫折といった経験は皆無なものだった。


 故に、培ってきた自信はただのハリボテであったと理解する。


 自分が使ってきた力、実績は、人類救済などにはまるで程遠いことに。


『……ヤコブ』

「……はい」


 聞き、しばらくの沈黙を通して、シュリアムが口を開く。

 続く言葉に、ヤコブは少しばかりの恐怖を感じながらも、しかし聞かなければいけないと、耳を澄ます。


『何わかりきったことを言っている?』

「……え?」


 身構えるがしかし、シュリアムの口から出てきたのは、ヤコブが予想外とするもの。

 困惑するヤコブを他所に、シュリアムは続けて言う。


『運動能力の高い人間は、どんな局面でも真正面から圧倒することができるのか?学者として花開いた人間は、戦場で銃を持ってバッタバッタと敵を撃つことができるのか?』


 それは、幼い頃から聞いている、戒めの言葉。


『どんなに何か秀でた才能があろうとも、それ一つで全ての問題を解決することなど決してできん。それはヤコブ、お前も決して例外では無い』

「……はい」

『確かにお前は、一般的な天才よりも、より多くの可能性を持った才能を与えられ生まれてきた。だがそれでも、色々な人に助けられてきたことは、誰よりもお前自身が分かっているだろう?』

「……はい」


 耳にたこのできる話だ。だがそれは、シュリアムの言葉が、ヤコブにとって的確な証拠である。


『というかその様子だと……お前、自分1人だけでどうにかしようとしたな?』

「そんなことは……」

『ならば今回の問題、フランメとセクアにはどう対処させた?』

「それは……」


 聞かれ、言葉に詰まる。

 今回の事件。確かに盗賊に対する「撃退」という面では、フランメとセクア、両方の力をヤコブは使った。しかし、そこから先、ヤコブが解決できなかった問題に関しては、彼らの介入は無かった。


『ほれみろ。誰の力も借りようとしていない』

「それは……だって、フランメはそもそも意見が違って、セクアは僕を信じてくれたし……」

『なるほど。ではフランメと相違があった時、お前は何をしていた?』

「それは……」


 思い出し、言い淀む。結局フランメとは、ここまで口を聞いていない。それは、フランメの意見を聞かずに我儘を通した、自分への罪悪感、負い目からくるものがあるからだ。


『言ってみなさい』

「……」


 促され、ヤコブは勇気を振り絞って口を開く。


「……意見が違ったので……そのまま……不機嫌にさせてしまいました」

『……』


 言い放ち、シュリアムは黙り込む。

 何も言わないシュリアムに少しばかり怯えながら、ヤコブは身構えて待っていたが、しかしシュリアムの反応は、これまた予想の斜め上をいくもので。


『……なんだ……つまりお前……喧嘩したのか……?』

「いや、喧嘩じゃなくて、ただ僕が一方的に不愉快に―――」

『ハハハハハハハ!!!そうか!!喧嘩したのか!!』

「なんで笑うんですか!」


 真剣に悩み、やっとの思いで相談したのにも関わらず、何故か軽く受け取られてしまう。

 訳の分からないリアクションに、ヤコブは、恥ずかしさと苛立ちで顔を少しだけ赤くする。


「こっちは真剣に悩んでるのに!」

『いや、すまんすまん!……ふふ』

「本当に分かってますか?」


 その笑いはしばらく続き、そして幾度か呼吸を挟みつつ、やっと落ち着いたシュリアムは、それでも噛み締めるよう、言葉を転がす。


『だが……そうか……喧嘩したのか……』

「?」


 ヤコブには分からなかった。

 先ほどまで笑っていたにも関わらず、今度はどこか感動したような思いを感じる。


 しばらく、まるでその出来事を噛み締めるように黙り、そして再びシュリアムは言葉を紡ぐ。


『すまんな。話が脱線してしまった』

「いいですよ。それより早く、話の続きを」

『そう怒るな』

「怒ってません」


 不機嫌を隠せないヤコブに、シュリアムは再び笑いを溢す。それにまたヤコブがイラつき、それでも、何故かこの場は心地良かった。


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