14節 大団円 その2
巻き上がる歓声、溢れる涙に溺れる人々。
ヤコブは、その様子を少し離れた場所から見つめている。
「………」
皆が喜び、笑顔で溢れている。
守りたかったものが、そこにはある。目的は、見事に果たしてみせた。絵に描いたようなハッピーエンドだ。
なのに、虚しい。
みんなを助けた。困ってる人を救った。問題を解決した。
なのに、何故嬉しくないのか。何故苦しいのだろうか。
徐に頭によぎったのは、盗賊を止め、人質と奪われた食料を取り戻しに彼らのアジトに行った記憶。
酷い扱いを受けていたのだろうか、怯え、震える人質を助け、涙を流しながら感謝された。
ありがとう、ありがとう、と。
その後、一部の助けた人たちは、復讐だろうか、力尽き、倒れる無力な盗賊たちに罵声を浴びせ、怒りのままに暴力も振るった。
当然の権利。当然の報い。
セクアとフラムは、その光景に目も暮れず、淡々と人質を外へ案内し、食料を外へと運ぶ。
決して冷酷ではない。むしろその時ヤコブが感じた彼女たちの感情を考慮すれば、命を奪わないだけ優しい方かもしれない。
「……っ」
だが、ヤコブはその現場を止めようと手を伸ばす。見逃すことはできない。
「………」
しかし、伸ばした手は途中で止まる。
分からなくなったのだ。
彼女たちの気持ちも分かる。だが、やられる盗賊たちにも同情する。
何が正しいのか、自分が何をしたいのか、分からなくなった。
「………」
項垂れ、ヤコブはアジトの奥へと進む。
盗賊のアジトは、元々あった洞窟をそのまま利用したものであり、そこにライトや机など、幾つかの人工物を置くことによって生活可能な居住区となっている。
構造自体はとてもシンプルで、入り口を真っ直ぐ進んだところに2つの分かれ道があり、そこを右に進むと食糧庫。左に進めば居住区となっている。
人質を閉じ込めていた牢屋は、その居住区をさらに奥に進んだところにあった。
何人かは自力で立ち、歩くことができたが、中にはよほど酷いことをされたのか、放心状態になっている人たちもいた。
生きる気力を失い、ただ茫然と虚空を見つめるだけの存在。
ヤコブは、そんな彼女たちに自身の魔力を少し分け与えた。
ヤコブに魔力は、分け与えたものにエネルギーと活力を与え、更には精神的な傷さえも和らげる力を持つ。
分け与えられた人々は、すぐさまその目に精気を宿し、そして大きな涙を流した。
後悔、怒り、憎しみ、悲しみ。ありとあらゆる感情が、涙となって溢れ出す。
その光景を痛々しく思うも、しかし彼女たちはヤコブの手をとって感謝した。
「ありがとう」「ありがとうございます」「貴方は命の恩人です」
先ほどまで辛く、絶望していた者たちが、しかし希望を持って、ヤコブの手を握り感謝する。
「……」
ヤコブは、生まれて初めて自分の力に疑問を覚えた。
「……」
「あの……」
「……」
人質を解放し終えたヤコブは、その手前、居住区にいた盗賊のリーダーに声をかける。
しかし、リーダーの男はまるで反応する気配がない。人質の女性たちと同じで、放心状態となっているのだ。
「……っ」
魔力を与えれば、彼を元気にすることはできる。しかし、それは決して超えてはいけない一線であることを、ヤコブは内心理解している。
「……その……一応、「教会」の方々に頼んで、食料や物資などを定期的にここに届けて貰うようしました」
「……そうか」
「……」
男の返事に、ヤコブは何か返そうと考えたが、しかし何も言葉が思いつかない。
詰まり、俯いているヤコブに、男は徐に口を開く。
「……まだ何か用があるのか?」
「!……いえ……その……」
「ないなら帰ってくれ…」
「……っ!……はい」
力なく返事をし、アジトを後に、そして、今に至る。
「………」
人を助けるために、ただひたすら研鑽を磨き、そして実践してきた。だが、アルカディアでは受け入れられてきたことが、何故だか外の世界だと受け入れられない。
過酷なことは分かっていた。辛いこともあるだろうと思っていた。
ただ、自分の力が、足りているのに届かない現状が、ただただもどかしい。
「おにーさん!」
「……?」
不意に、声が聞こえた。
目を向ければ、そこにいたのは小さな少年。ヤコブに助けを求めた、勇気ある者の姿。
屈託のない、純粋な眩しい笑顔を携えたその子供は、無邪気な笑みで笑って見せた。
「ありがとう!助けてくれて!」
「―――」
盗賊に襲われた国。その盗賊のリーダーを迫害した
ヤコブの中で、一つの疑問が腑に落ちる。
(あぁ……ああ、そうか……)
少年の笑顔が、守りたかった光が、ヤコブに凶器となって降り注ぐ。
そうだ。今回の一連の事件の原因、それは全て―――
「おにーさん?」
「!」
少年が、不安そうに顔を覗いてくる。喜ぶべきこの場で、不適切な表情をしてしまっているヤコブを注意するように。
だから、隠した。預言者として、救世主として、「ごめんなさい」の言葉を喉奥に押し込んで。
「ええ、本当に良かった」
不器用な笑顔で、自分を騙した。
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