13節 大団円 その1

 日が沈み、暗い帷が落ちた中夜。

 死の覚悟を決めた者たちは、しかし未だ訪れないその時間に、疑問を抱き始めていた。


「何故来ない?いつもならもう来るはずなのに…」


 盗賊たちが訪れないという事実が、安心感を生むと共に、その身に宿した覚悟を揺るがす。

 だんだんと感じ始める「生き残れるかも」という気持ちが、何故だか余計に国民の心を苦しめる。


「……もしかして、もう来ないんじゃないか?」

「え?」

「だから、俺たちは助かったんじゃ……?」


 1人。その重みに耐えられなかった者が口を開く。そしてその言葉の内容に、次第に周りにも安堵の気持ちが伝播する。


「そ、そうか!俺たちは助かったんだ!」

「解放されたのか…?」

「落ち着け!まだそうと決まったわけじゃないだろ―――」

「やった!明日から怯えなくて住む!」


 その波を落ち着かせようと誰かが叫ぶも、安堵に包まれた声に飲み込まれる。一度安心を手にした人間は、否が応でもそれを手放そうとはしない。


「期待したとこで、この後が余計に苦しくなるだけなのに……!」

「しょうがないことじゃ」

「酋長(しゅうちょう)……」


 杖を突き、弱った足腰を動かしながら、酋長の老婆が歩いてくる。

 しかし他の国民は皆、その歓声を止めようとする者以外、その姿には気づかない。


「皆よく耐えた。覚悟することが最善だと思ったが、あとわずかの命。どう過ごそうと、皆の自由じゃ」

「………っ!」


 安心に包まれ歓喜の声を上げる者たちと、どうせ死ぬだけだと諦める者たち。

 相反するものが入り乱れるこの場に、遂にその時は訪れた。


「……っ……おい!来たぞ!ついに来たぞ!」

「「「!」」」


 月の光に当てられた、影に染まった複数の人影が、国の出入り口に立っている。

 先ほどまで歓喜の声をあげていた者たちも、その緊張の中、一斉に声を止めてしまう。


 訪れた死の時間。全員の顔が蒼白になる中、一人、ヤコブに助けを求めた子供が、その人影に向かって走り出す。


「あ!おい……」


 駆け出した子供を止めようと手を伸ばすも、しかし一歩が踏み出せない。

 全員が、惨殺される子供の姿を想像する。       

 人生の終点へと走っていく子供は、しかし涙を流しながら叫んだ。


「おかーさーんー!!」

「プルス!!」


 人影の中、一人飛び出した女性が駆け寄って抱きしめる。


「おかさん!おかぁさん!!」

「プルス!プルス!!」


 その人肌が、髪に触れる手のひらが、懐かしく、温かい。生まれたてに赤子の様に、ただただ涙が止まらなかった。


 そしてその様子を見ていた者たちも、次第に自分の大切な人のものへと寄っていく。

 お互いに泣き崩れ、抱きしめ合い、もう二度と味わえないと思っていた温もりを感じる。


「ただいま。酋長かあさん

「何で……お前が……!?」

「あの人に助けられて…」


 言われ、酋長は娘の視線の先、その方を見る。


 そこに立っていたのは、最後の訪問者になるはずだった3人の旅人。その中の黒髪短髪の少年が、他2人よりも前へと出ている。


「な…何故…?」


 分からない。始めてあった見ず知らずの人のために、何も報酬など期待できないのに、何故危険を冒してまで行動に移せたのか。


「お母さん…」

「……っ!」

「お母さん…!!」

「……!…よく……よく、帰ってきたねぇ……!」



 だが理由などいらない。今はただ、この奇跡に感謝して、彼らは、ただひたすらにその時間を噛み締めた。



—――――――――――――――


「どうだ」

「……何が」


 喜びに暮れる人々を、セクアとフラムは、ヤコブよりもさらに離れた場所より眺めている。ヤコブと距離を置いているのは、その様子が少しばかりおかしいことに、お互い暗黙の中で気づいているからだ。


「あれを見て、何も思わないのか?」


 セクアが問い詰める。


「別に何も」


 そして、フラムは即答する。


 その答えに、セクアは小さいため息をついて、その憎まれ口を開く。


「やはり…差別用語を軽率に使う獣には分からんか」

「差別用語?」

「『非国』のことだ」

「あー……それね」

「?」


 歯切れの悪いフラムの答えに、セクアは少し違和感を覚える。


「なんだ……まさか、『非国』の意味を知らないのか?」

「知ってるよ。差別用語だろ」

「そうじゃない。その言葉に、どう言った意味が込められているかということだ」

「そんなの知らん。重要か?」

「……」


 淡々と答えるその口に、セクアはより一層軽蔑の念を込める。


「呆れたな。つまり貴様は、その言葉の意味を知りもせずに、ただ差別用語だという浅い理解で日常的に使っていたわけか」

「もっと分かりやすく言えよ」

「貴様がクソだということだ」

「意味知らなかっただけで大袈裟だろ」

「大袈裟……?」


 フラムの言い分に、セクアの目が迸る。


「貴様は、ただ言葉の意味を知らなかったわけでは無い。その言葉がどんな理由で使われているかも、何も考えず周りに合わせていただけだ」


 セクアの信仰心は人一倍だ。ヤコブが常日頃から差別用語を止めるよう呼びかけているのを、決して見逃してはいなかった。


「意味も知らずに他者を卑下する言葉を使うのは、知っているやつよりもたちが悪いぞ」

「……」

「おい、聞いているの———」

「そんなの知らん」

「……」


 やや食い気味に言ってきたフランメ。その表情は、明らかに不機嫌な色のなっており、その態度にセクアは、改めて重いため息をつく。


「……そうだ。知らない。アタシにとっては、あいつらは弱いやつで、それ以上もそれ以下もない」

「……?」


 会話が終わったと、ため息をついた。しかし、尚も言葉を続けるフラムの様子に、セクアは違和感を感じ取る。


「言葉の意味とか、何が良いとか、アタシにとってはどうでも良いことなんだ。強いか弱いか。それだけで、それ以上もない」

「……」


 感じた違和感は、次第に確信へと変わっていく。

 普段ならば「知らない」「分からない」の一言で済ませるフラムが、尚も言葉を続ける。


「だから、弱いやつを助けようとかわけが分からん。あいつらは弱かった。だから死ぬ。それだけだろ……」

「……おい」

「?」


 まるで何かに対して言い訳するような彼女に、セクアは再度、疑問を投げかける。


「本当に、あれを見て何も思わないのか?」

「……」


 その質問に、フラムは視線を外しながら、しかし不機嫌な様子で口を開く。


「……だから言ってるだろ。何もないって」



—――――――――――――――


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