18節 壊れた泥団子

 洞窟の洞穴、その奥で、盗賊を纏め上げていた男は、魂が抜けたかの様に、ただ穴から覗かせる夜空を眺めている。


「……珍しいな。がこの時間に来るなんて」


 聞こえた足音。男は、を確認するまでもなく、確信したかのように言う。


「悪いけど俺はもう終わりだ。ここで辞める」


 言い、男は懐にある拳銃を取り出す。

 その行動に、足音の主―――男の「ボス」は、洞窟の影に身を隠したまま、問いかける。


「……嫌なから来てみたが……何があった?」

「別に……ただ全部どうでも良くなっただけだ」


 ボスの質問に、男は覇気のない声で答え、右手の拳銃の安全装置を外し、自信のこめかみに銃口を当てる。


「……不思議だな」

「?」


 銃口を当てたまま、男は独り言を呟く様に、「ボス」へと話す。


「死ぬのが嫌で、死なないために頑張ったのに、今はちっとも怖くない。……あんたもそうだ。今までは殺される気持ちから恐れてたが、今となっては何とも思わない……」

「………」


 雲に隠れていた月が、男の姿を照らす。

 そこに映る顔は、とてもこれから自殺する人とは思えぬほどに清々しく、安心感に満ちた顔をしていた。


「……死ぬことが、答えだったんだな」

「………」


 目を瞑り、トリガーに指をかける。

 苦しむ日々とはお別れし、ついに男は、安息の時間を手に入れる。


「……………はぁ」


 はずだった。


「―――え?」


 かしゃん、と乾いた音が響き渡る。それと同時に男が感じた違和感は、自信のこめかみに当てた感覚の喪失、そしてやけに軽くなった右手。


 疑問に思い、その方を見る。

 視界に入ったのは、赤い鮮血を噴出する、それは見事な断面図。


「……うぉ…ぁぁああぁぁあああ………あああああああぁぁあぁぁぁああぁぁっぁああ!!!!!!!!」


 気づき、絶叫。

 遅れて伝わった痛覚が、熱い痛みを脳に訴え、男を膝から崩れさせる。


「ほんと……何があったんだ……」

「あああぁぁぁああさぁぁぁぁああぁぁぁあ!!!!!!!!」


 叫ぶ男の声を、無くなった右手を目に映しながら、しかし「ボス」は落ちついた、失望を携えた声で男へ近づく。


「死ぬことが最善策だったなんて……そんなの鼻から分かってたことじゃないか。それなのに、必死に目を背けて苦しむのが、お前の良いところだったのに……」

「あああぁぁぁあああ!!!!!わあぁぁぁああわああぁぁぁぁぁあああ!!!!」


 痛みに歪み、苦しむ男を、「ボス」は、心底つまらなそうに見下す。


「悲しいよ。俺は」

「いたいたいたいたいいたいたいたいたいいたい!!!!!!………あああぁぁぁああああぁぁああああ!!!!!!」


 パチン、と指が鳴る。そして間も無く訪れる、

 確認せずともすぐに分かった。自分の左足、その先が無くなったことを。


「うあわああぁぁぁわぁ……ああぁぁあぁぁぁぁああ!!!!!!」


 芋虫のように、男は痛みに悶えながら、地面に体を擦り続ける。


「いたいいだい!!!やだやだやだやだやだやだ!!!!!」

「『やだ』?何が?」

「やだあやだあだやだ!!しにたくなう!!!じにたくない!!!!!」

「なんで。さっきまで死のうとしてたじゃないか」

「やだいやだあだやだやだ!!!!死にたくないぃぃぃぃぃぃいいい!!!!!」


 這いずり、涙を流しながら、残った左手で男はボスの足を掴む。

 その姿に、ボスはただ、ニヒルな笑みを浮かべて言い放つ。


「そう。それが良いんだ」


 見つめられた目線、そのが、男に告げる。


 自分はもう、助からない。


「……ぁあああぁぁ…ぁぁああぁぁぁぁああだぁぁぁぁああぁぁああ!!!!!やだぁああぁぁああああああ!!!!!」


 泣き叫び、懇願する男に、言い残す。


「―――せめて、地獄で苦しんでくれることを祈って」

「やだぁぁぁああぁぁああああああ!!!!!!」


 言い終え、崩壊していく刹那の中、やがて男の断末魔は、溢れ出た血汐を残して、虚空へと消えた。


―――――――――――――――


 静まる静寂、洞窟の中で、あちらこちらに飛び散った人血には目もくれず、「ボス」はただ地面を見つめる。


 正確には、地面に残ったを。


「……なるほど」


 頷き、「ボス」は外へ出る。

 晴れた夜空の真ん中で輝く月が、祝福するようにその姿を照らす。


 整った中性的な顔立ちに、ボロボロの服越しから見える傷だらけの体。暗い影のように深く染まった短髪の黒髪。そしてそれら全てから放たれる圧倒的な存在感。


 無意識の内に漏れ出ていた魔力は、命を蝕み、奪う魔力。


 星空を捉える目を輝かせて、『奇跡』と瓜二つの少年は、充足な笑みを浮かべていた。


―――――――――――――――


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