11節 泥団子の少年

 その日は、とても穏やかな日だった。

 晴れ晴れとした陽気な日が俺を照らし、どこか夢心地で歩いていた。

 そんな俺を見かねてか、一緒にいた何人かの内の大きな体の男が、俺を背中に乗せる。そんでその背中が安心できたから、俺はつい眠ってしまった。

 そして目的地に着いた時、目が覚めるとその背中は、俺の涎で濡れていた。

 つい恥ずかしくなって、言い訳をしようと焦る俺を、その男と母は、笑って見ていた。

 悪いのは俺なのに、何故かその時笑われたことに腹が立って、ついいじけるように別の方を向いた。


「わぁ……!」


 その先で見た景色に、俺は感動したのを覚えている。


 見たことのない、いろんな色の花があり、そして奥には大きな壁が立っていた。壁の向こうから聞こえてくる人の声と目の前の景色に、俺はワクワクしたのを覚えている。


 その壁の目の前で、俺たちは止まった。そして俺たちの中の一人が、壁の前にいた鎧を身につけた人に話しかけた。俺は周りの花畑に気を取られていたが、けれど少しだけ、周りの大人たちがピリピリしだしたのを覚えている。


 しばらくして、突然話しかけた人が大声で怒鳴った。


 俺はビックリして、その方を向くと、話しかけた人だけじゃなく、他の人たちもイライラしているのが分かった。何人かは、話しかけた人に続いて怒鳴っていた。


「お母さん。大丈夫?」


 不安で仕方なかったから、俺は母にそう聞いた。


「大丈夫。だからもう少しだけ待っててね」


 母が俺に抱きついて、頭を撫でてくれた。そのおかげか少しだけ安心して、また少し眠くなったその時、母の体の隙間から、赤い何かが飛ぶのが見え、そして怒鳴っていた人が、その場に倒れこんだ。


 その瞬間、周りのイライラは恐怖に、怒鳴り声は悲鳴に変わった。顔を上げた母の顔が青くなっていたことを、よく覚えている。


「逃げろ!!!」


 誰が言ったのか、その声を合図に皆んなが走り出した。俺と母は後ろの方にいたから大丈夫だったが、その間にも先頭にいた人の何人かは、また赤い液体を飛ばして、その場に倒れていった。


 みんな散り散りに、花を踏みつけながら、必死に逃げていたのを覚えている。俺は、母に抱かれながらその光景をただ見ていた。


 そんな中、持っている剣に赤い水を滴らせていた鎧の人たちが叫んでいた言葉が、酷く耳に届いていた。


「てめーら『非国』の奴らを入れるわけねーだろ!武を弁えろ!!」

「こっちが優しくしてれば良い機に乗りやがって!!」


 その時は言っている意味が分からなかったが、自分たちが嫌われていたのだけは良く分かった。

 それが悲しくて、涙を流しながら走る母につられて、俺も涙を流しそうになった時、不意に何かがこちらへ投げつけられた。


 それは、怒鳴っていた鎧の人たちの後ろ、こちらを馬鹿にするように見ていた別の人たちが投げたもので—――


「……あ」


 —――それはそれは、綺麗な泥団子であったことを、覚えている。

 

—――――――――――――――


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