10節 絶句

「……っ」


 絶句。

 言葉が出ないということを、男は初めて身を持って体験する。

 本来であれば冗談とも受けることのできる内容だが、しかし男は過去にアルカディアのトップを何度かその目にしている。


 空を飛ぶ一筋の流星。

 綺麗だと思ったその光景が、信じ難いことに、人の力によって起こっているということを、自分たちの『ボス』から世間話程度に聞いており、写真も見ていた。

 

 だからこそ納得してしまった。『奇跡』とも言われる人間が、目の前の少年を指しているのだと。


「……で、協力ってどうしてもらうんだよ」


 唖然としている男を差し終えて、フランメがヤコブに投げかける。


「こいつらを助けるための協力なんて、やってくれるとは思わねーけど」

「大丈夫です。アルカディアの国民は常に『平和と平等』をその身に掲げて生きています。他者のための協力なら、惜しまないはずです」

「それはこいつみたいなやつにもなるのかよ?」

「大丈夫。彼だって、きっと望んでこんなことをしてる訳じゃありません。こうする以外に生きる道を見つけられなかったからこそ、略奪という行為に及んでしまった。……同情の余地はあります」

「望んでないって……なんでそんなこと言えんだよ」

「言ったでしょう。僕は他者の感情が分かります。彼から感じるのは、後悔や辛苦といった辛い感情。……きっと、何か訳があるはずです」

「……要するに、お前の想像ってことか」

「……」


 フランメの言葉に、ヤコブは何も返せなかった。


 当然だ。ヤコブの話は、あまりにも飛躍し過ぎている。

 いくら相手が後悔していようと、その後悔が過去の悲惨な出来事からきているものかなど分かるはずがない。むしろ、現状自分が追い詰められている状態からくる、失敗に対する後悔の方が筋は通っているだろう。


 ヤコブの主張は、主観だらけの穴だらけの感情論。子供の正義にすぎないのだ。


「そんなんで、みんなが納得するとは思えないけどな」

「……分かってます」

「ならなんで」

「……」


 ヤコブ自身も、自分の意見が稚拙なものであることは分かっている。我儘で、独善的なエゴからきているものだということを。

 

 それでも、譲れないものは確かにある。

 

「……目の前に困っている人が、苦しんでいる人が居て、それが例え悪人だったとしても、気づいているのに手を伸ばさず、一つの側面だけで判断して切り捨てる。同じ人間なのに、少しでも理解しようと、寄り添おうと思わないのは、本当に正しいことなんでしょうか?」

「知らねーよ。そんなこと」

「……」


 ヤコブの言葉を、フランメはバッサリと切り捨てる。

 彼女からすれば、ヤコブの言っていることは所詮詭弁にすぎない。


 ―――だが、その言葉が伝わらないわけではない。


「……なんで」

「?」

「なんでそこまでしようとする?」


 それは、純粋な疑問からきた質問。


 フランメにとって、世の中は強さこそが全ての弱肉強食の世界。初めてヤコブを見た時は、強く、誰よりも輝いた存在だった。それ故無意識のうちに、敬愛に似たような感情さえも持っていた。


 だが今は違う。強く、誰よりも自由に生きることのできる力を持っていながら、何故か自分から不自由な方へと向かっていく。


 不思議で仕方なかった。


 強い力を持つ者は、自信がつき、必然精神も強くなる。フランメにとっては当たり前のことであり、当然彼女の周りもそういった人ばかりであった。


 だがヤコブにはその常識が当てはまらない。

 誰よりも強い力を持っているのに、精神は幼く、脆く、不安定。まるでわけがわからない。


「こいつは初対面だろ?仲良くも無いのに、なんで助けようとするんだ?」


 故に、彼女の中でその疑問は興味へと変わっていく。

 フランメの目には、先ほどの様な嫌悪感はまるでなく、今はただシンプルに不思議に思っている様子だ。


「……」


 そして、ヤコブもまたフランメの疑問を受け、耽る。

 いや、彼にとっては、考えるまでも無いものだった。

 

 フランメの視線を受けながら、ヤコブはどこか、遠いものを見るような視線で口を開いた。


「……僕が、人類を救う『預言者』で、誰よりも恵まれた存在だからです」

「……あっそ」


 一言捨て、フランメはヤコブから視線を逸らす。 

「じゃあ勝手にしてくれ。アタシはもう知らん」


 フランメが、自分に対して不快感を感じていることを、ヤコブは確かに感じ取る。

 しかし、ヤコブはそれを受けても尚、足を前へと進めた。目の前の、自分が助けると言った男の方へと向けて。


「……」

「お待たせしました」


 男は、以前として状況が飲み込めていない様子だ。それに対しヤコブは、とにかくまずは安心してもらおうと、笑顔でゆっくりと言葉を紡いでいく。


「突然のことで驚いてしまいますよね。でも嘘じゃありません。公言通り、貴方方の生活を保証し、アルカディアに歓迎することを約束します」

「……」


 男は、変わらず唖然としている。


「もちろん、今までやってきたことの償いはしてもらいます。具体的なことは分かりませんが…でも罪を償って反省すると言うのであれば、きっとみんなも貴方のことを———?」


 途中、ヤコブは違和感に気づく。

 それは、男の感情が変化していたこと。後悔ではなく、恐れや恐怖になっていたこと。


「あの…どうかしましたか…?」

「……あ……あ………」

「『あ』?」


 しかしこの時、ヤコブの声は男に届いていなかった。

 

「あ…ある……」

「?」


 動揺している答えは単純。男が絶句したのは、ヤコブの正体に対してでは無く、彼が、〝アルカディア〟の人間だったということ。


「あ…あるか……アルカディア……!」


 男の目に映っていたのは、ありし日の記憶。自身が、まだ何も知らなかった少年の頃の思い出。


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