9節 横転
ガキの頃、今の俺みたいな盗賊に母親が殺された。親だけじゃ無い、一緒にいた国の奴らみんなが殺された。
その光景を目の当たりにした俺は、ただただ走って逃げた。母の遺言を頼りに、生き残るために、先の見えない道をただひたすらに。
それからしばらくして、俺もかつての盗賊のように略奪を始めた。なんてことはない、自分が生き残るために選んだ道だ。
最初の頃こそ罪悪感に押しつぶされたが、それも繰り返すうちに段々と無くなっていった。それが、当たり前になっていった。
—――それでも、精神はすり減っていった。
終わることのない、その場を凌ぐためにひたすら食い繋ぐギリギリの生活。それでも死にたくはなかったから、生きるために何度も繰り返した。
ひたすらに、ノコギリで削いでいくように、精神を切りながら。
『良いな、お前の生き方。俺は好きだよ』
ゾッとした。
そのガキの言葉に、嘘しかなかったからじゃない。当の本人が、嘘であることを隠そうともせず、話していたことに。
『良いか?今日からお前は俺のために生きるんだ。半年に一回、奪った食糧のうちの7割は俺に献上。しなかったら殺す。文句は無いよな?』
まるで心臓を掴まれているような、心の奥底から冷えている声。
何故俺に声をかけたのかなんて分からなかったが、突きつけられた現実に、俺は迷わず『はい』と答えた。
そう答えなければ死ぬと分かったから。それが生き残るための、最善の選択だと分かったから。
—――そうだ。いつだって、生き残るために選んできた。苦しみたくない、死にたくないという、その一心で。
……じゃあ、なんで俺は今、地獄にいるんだ?
—――――――――――――――
「……?」
目の前の男の発言に、ヤコブは首を傾げる。
当然の話だが、ヤコブがこの男と会うのは、今回が初めてだ。故に、今の男の発言は、ヤコブ本人からすればまるで的外れなものとなっている。
「あの……誰かと勘違いしているのではないですか?少なくとも僕は、貴方と初対面なのですが……」
「………?勘違い……?」
一瞬、ヤコブの言葉を受けた男が目を逸らし、そして再び視線を元に戻す。
その時に入ってきた「大将」の姿は、見た目こそ自分たちの「ボス」と似ているが、雰囲気などはまるで違う少年の姿だった。
「……ああ…確かに勘違いみたいだ」
「それは良かった。もしも、会っていることがあったら、申し訳なかったですから」
男を落ち着かせるためなのか、ヤコブは明るい声でそう言った。
だが男の表情は明るくならない。
当たり前だ。何せ彼にとっては、事態は何も好転していない。
「……それで、なんで部下の攻撃を止めた?あのまま止めなければ、間違いなく俺を殺せていたぞ」
「別に、貴方を殺すのが目的ではありませんから」
ヤコブの言葉を聞き、男は、先ほど赤髪の女が言っていたことを思い出す。
「……そうか。国を守るためか」
「はい、そうです」
『それでも俺を殺せば国を守ったことになるだろ?』という言葉を、男は喉奥に押さえ込む。ヤコブの雰囲気や言葉から、彼が平和的な解決を望んでいることを察したからだ。
納得し黙り込む男に、ヤコブは、三つ指を上げて見せる。
「貴方たちに求めることは3つ。一つ、あなたがたの武器の処分。二つ、あの国から攫った人質の解放。三つ、略奪した食糧の返還です。この3つの条件を受け入れてくれるのであれば、これ以上の被害は生まないことを約束します」
「………」
「もし断るのであれば、今言ったこと全て、あまり気乗りはしませんが、力尽くでやらせていただきます」
「……!」
ヤコブの出した条件。
ひとまず殺されることは無いのだと安堵する一方で、しかし男は絶望する。
(……なんだそれ。どっちにしろ全部失うのは変わんねーじゃねぇか……!)
そう。これは、条件という言葉で取り繕っただけの脅迫。もちろん、嫌ならば断り、抵抗すれば良い話。
(だが抵抗したとこで、こいつらに勝てる訳がない…!)
先の
(どうせ無駄だと言うのなら、やはりここは受け入れた方が……)
男が踏ん切りつかないのには、自分たちの「ボス」との約束が関わっている。
半年に一回の食糧の献上は、1週間後に迫っている。ここで条件を飲み全て失えば、その結末は想像に難くない。
(……じゃあ…俺は一体……どうしたら……?)
いくら頭を悩ませようと、男のたどり着く結末は同じものだ。
抵抗しようとしまいと、最後は全てを奪われ、「ボス」に殺される。
「………」
答えを出すことはできない。生き残るために逃げ続けた彼にとって、逃げ場のない問題に立ち向かう力など、まるで無かったのだ。
「……っ」
絶望し、苦しむ様子は、例えヤコブの他者の気持ちが分かる特性が無くとも、その姿から容易に察することができる。
しかし、これは因果応報。
今まで他者に同じことをし続けた以上、そこにどんな理由があろうとも、同情する余地など無い。
「……あの」
「?」
それは、生まれながらの性格か、それとも生まれ持った特殊な性質故なのか。
「もしあれでしたら……僕が貴方を助けましょうか?」
「……え?」
本来ありえない、イレギュラーな行動。
ヤコブは、見捨てることができなかった。
「な…なにを言って……」
「お前何言ってんだ!!」
突然のヤコブの珍行動に、動揺する男の言葉をフランメの叫びが掻き消す。
「こいつを潰すためにアタシたちはここまで来たんだろ!?なんでこいつを助けるなんて言ってんだよ!!」
当然の疑問だ。
元はと言えば、先に訪れた国が困っているからこそ、その元凶を断つためにヤコブたちはこの盗賊を襲った。
その元凶を助けるなど、本末転倒だ。
「こいつらを助けて、そしたらあの『非国』の奴らはどうするんだよ!」
「フランメ。差別発言は辞めてと言ってますよね」
「話変えんな!」
「……もちろん、あの国の人たちも助けます」
「だからそれが無理なんだよ!」
「それは……まだ分からないでしょ」
「お前―――」
「―――やって」
「「?」」
言い合いするヤコブとフランメの耳に、ふと盗賊の男の声が聞こえる。
2人がその方を向けば、先ほどとは違い、少しばかり希望を携えた目を男は向けていた。
「どうやって…?」
震える唇を動かして、男は質問する。
ヤコブとフランメの言い合いから、男はなんとなくだが状況は把握した。
ヤコブの発言の意図はまるで分からないが、しかし助けてくれると言ったその表情には、とても嘘を付いているようには見えなかったのだ。
であるのなら、僅かでも降りてきた希望の糸を手放すまいと、男は再び走り出す
「どうやって、俺たちを助けるんだ…?」
訴えかけるように聞いてくる男の姿に、フランメは舌打ちをして言い放つ。
「助けねーよ。今はヤコブがおかしくなってるだけで、お前らを———」
「いいえ、助けます」
「お前なぁ!!」
フランメの言葉に重ねるよう、ヤコブは改めて自分の気持ちを口にする。
しかし、その様子にフランメは納得のいかない様子で怒鳴る。
「だから!どうやって助けるんだよ!!無理だろ!!!」
「……」
「ほらな!何も良い案が思いつかないのなら、そんな訳の分かんないこと言うな!!」
「……国の協力を受けます」
「………は?」
「?」
ヤコブの絞り出した言葉に、フランメは信じられないといった様子で、そして男は以前として疑問を浮かべている。
しばらくして、フランメの剣幕が鋭くなる。その目には、怒りを通り越して、もはや嫌悪に近いかのような感情が込められている。
「国って……一応聞くけど、こいつらに襲われてる国じゃねーよな?」
顎で男をさしながら、フランメはヤコブに尋ねる。
「ええ、もちろん」
「…だったら…まさかと思うけど……本気か?」
「ええ、本気ですよ」
「……」
(……なんだ?何を言っている…?)
2人の言葉に、男は以前として、いや前にもまして疑問が増えていく。
もはや蚊帳の外になってしまったこの現状で、改めてヤコブが男の方を向く。
「訳あって隠していましたが、ここで改めて自己紹介をさせていただきます」
言い、ヤコブが自身の髪に手を伸ばす。それを不思議な様子で見ていると、突如、その髪がするっと丸ごと取れた。
「!?」
驚き、目を見張る男に、続けてヤコブはその外した髪の下、本来の髪に被せてあったネットを外して見せる。
瞬間、まるで髪が意思を持ったかのように躍動し、白く輝くその地毛が顕になる。それはまるで、絵画に描かれた天使のように、上質な糸で編んだ絹のように上品で、汚れのない煌めきを放っている。
同時に、男の中で輪郭がはっきりとする。輪郭とは、先ほどから目の前の少年に感じていた妙な既視感。
自身の『ボス』とも似ていたが、しかし本当の姿が顕になった今、それ以上にとある人物とリンクする。
その人物とは、この世界において最も強い力を保持している少年。巨大宗教国家の、現リーダー。
瞠目。神として崇められている少年が、口を開く。
「僕の名前は、ヤコブ・シュリアム・ハルジオン。アルカディアの現教皇です」
—――――――――――――――
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