8節 「ボス」
(………何が起こった?)
意識を取り戻して最初に感じたのは、背中に走る激痛だった。痛みに耐えながらも、段々と視界が明瞭になっていく。
(これは……逆?)
自身の乗っていた車は見事に横転しており、普段シミを数えている天井の方が今は体の下に引いてある。
ドアの窓から見える光景は、泣きさけぶ自分の部下の姿と、辺り一面に広がる炎。
「ッ!!」
再び、背中に激痛が走る。回る限界まで精一杯首を回し、自身の背中に目をむければ、この車を運転していた部下2人が、気を失ったまま乗っかっていた。
「―――ックソ!」
歯を食いしばり、乗っかっている部下の身体をどかしながら、何とか身を張って体を動かす。
「ふっ!……クッ!」
いつもなら簡単に開くドアが、押さえつけられていると錯覚するほどに、重く感じる。
「あぁぁ……あああ!」
やっとの思いで外に出て、起こした体を横転した車に預けた後に、辺りを見渡す。
視界に入って来たのは、炎上したいくつかの車両、泣きじゃくり命乞いをする自分の部下たち、そして、まるで逃がさないように自分たちを囲んでいる、巨大な炎の壁。
「な……何だ、これは?」
目の前に広がる光景に、男はただただ絶句する。そして、言葉を見つける隙もなく『何か』が後ろの車に飛び乗る音が聞こえた。
「!!」
軋む体を頑張って動かして距離をとり、車体の上の影に目を向ける。
視界に映ったのは、悪魔の様な笑みを浮かべる、コートを身に着けた赤髪の褐色女。
男は直感で理解する、気を失う寸前に見た〝何か〟の正体が、この女であることを。
「な、なんだお前……一体、何が目的でこんなことをしやがった!」
息を切らしながら怒鳴る男に、フランメはキョトンとした顔を見せ、「う〜ん」と悩むような声を出しながら思い出すように言葉を続けていく。
「目的…?えっと確か……この先にいる非国のやつらを助けるためだっけか……。まあ要するに、弱いものいじめは許さない!っていアタシたちの大将の命令なんだよ」
建前などどうでもいい。そう言わんばかりのフランメの態度に、男の沸点は、限界へと近づいていく。
「弱いものいじめ……?だったらこの状況は何なんだ!?お前からすれば弱い俺らを一方的に襲うのは、弱いものいじめじゃないってのか!?」
どんなに抵抗しようと敵わない。そう理解しているからこそ、せめてもの抵抗に男は叫ぶ。少しでも目の前の化け物に、同情や逃がすといった気持ちを増やすために。
「だいたい!この世界で生き残るに奪うなんて当たり前だろうが!単純にあの国のやつらは弱くて食われる運命にあった!ただそれだけだろ―――」
「ああ、全くもってその通りだ!」
「―――え?」
女の発した言葉に、男は思わず耳を疑う。しかし、そんな男の様子には意も介さず、フランメは話を続ける。
「アタシも思ってたんだ。弱いからやられただけなのに、何であんなに怒ってたのかなって」
「え?いや、だってお前……国の連中を守るために俺らを倒しに来たんじゃ……?」
「いいや?違うぞ」
「?」
「アタシはただ、戦うことが好きなんだ!まあ、今回の場合は戦いにすらならなかったけど。……でもそれはそれで違った面白さがある。例えば……恐怖で震えている、お前たちの顔とかな」
「?……???」
理解ができず、頭が固まる。
言っている意味は十分理解できた。分からないのは、この女がヘラヘラとした態度でそれを話していることだ。
(俺の部下も、同じようなことを言っている。言っているが……)
ふと前を見ればお先真っ暗な現実で、平常心を保つためには、人の道を外れる必要があるのかもしれない。
しかし、目の前の女は違う。
罪悪感を和らげるため、仕方のないことだと言い聞かせるわけでもなく、現実から目を背け、自身を守るためでもない。
ただ最初から、人の道を歩いていないのだ。
(人の皮を被った……怪物……!)
青ざめる男に、
「さっきのお前の言葉を聞く限り、そこら辺のことはちゃんと理解してるみたいだし、文句はないよな?」
「……」
怪物の言葉に、もはや男は何も口にしなかった。
これ以上何かを言ったところで、自身の結末は変わらないのだと、自分の死が揺るがないということに、気づいたからだ。
怪物の手に、魔力が集まり始める。それはやがて赤の色彩を帯び始め、そして炎へと変貌していく。
自身の首にかけられた鎌を前に、男はただ自問する。
「じゃあな~~~」
(ああ、どうして……分からない。どうしてこうな―――)
そして、男の身体をその炎が焼き尽くした。
―――かに思えた。
「……?」
いつまで経っても訪れない死に、男は、ふと視線を怪物の顔へと向ける。
すると、先ほどまで笑みを浮かべていたその顔は、どこかバツの悪いものへと変わっていた。
「フランメ。『殺さないように』と、僕は言いましたよね?」
続けて男の耳に届いたのは、怪物とは違う誰かの声。
呆気に取られているため、その会話内容までは聞き取れずともしかし、先ほどまで聞いていた、恐ろしく冷たい声とは違う、安心感に包まれるような、どこか落ち着いた気の休まる声であることは分かる。
故に、その姿が想像できない。怪物と対等に話す、誰かの姿が。
そんな男の疑問は解決されないまま、怪物と謎の声の主は会話を続ける。
「あーそうだっけ?すっかり忘れてたよ」
「……それに、差別発言もしていましたね。いい加減にしないと、僕も怒りますよ」
「はいはい。アタシが悪かったです~~」
舌打ちを一回。悪びれない声で、女は先ほどまで向けていた炎を納め、手を下げた。
そして、一連の流れから、男も状況を察し始める。
(まさか……さっきこいつが口にしていた「大将」とやらか?)
再び、男の体に緊張が走り出す。
もし予想通り、怪物の「大将」だと言うのなら、状況は何一つ好転していない。先の優しい話し声も、こちらを油断させるための魔法ではないか、という疑念が頭をよぎる。
「!」
一回、ため息が聞こえた後、足音が男の元へと近づいてくる。女の立つ横転した車の上ではなく、しっかりと砂を蹴っている歩く音が。
やがて車体の裏から回るように、怪物の行動を止めた声の主―――「大将」がその姿を表す。
「……?」
それは、とても想像していた姿とは異なっていた。
怪物(フランメ)と似たようなコートを身に纏ってはいるが、その容姿は似ても似つかない、黒髪短髪の中性的な顔立ちをした少年。
自身よりも一回りは小さい肉体を持つその少年を前に、この者が本当に敵のボスなのかと疑うのも束の間、男はすぐに、その姿に体を震わせる。
「初めまして。貴方がこの盗賊のリーダーですね?」
「大将」と思われる少年が、その口を動かしている。
しかし聞こえない。その姿を目にした瞬間、まるで金縛りにでもあったかのように体が言うことを聞かなくなったのだ。
「?……あの…」
「な……何故………」
「?」
少年の言葉を遮り、震える唇と荒れる呼吸を持ったまま、男はゆっくりと続きを言った。
「な…何故……貴方がここに……?」
現れた「大将」の姿。それは、男の「ボス」―――人の姿をした悪魔に、とても酷似していたのだ。
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