6節 戦闘準備

「なぁー良い加減教えてくれよ。なんで急に見捨てたんだ?」


 最初の国を出てから数十分。

 もうすっかり小さくなったとはいえ、未だ国の出入り口が見える地点を、ヤコブたち3人は歩いていた。


「助けを求めてた子供泣いてたぞ?ヤコブはそういうの嫌だから助けようとしたんじゃないのかよ?」


 フランメの疑問に、セクアが溜め息混じりに返答する。


「あの国の長が言っていただろう。『覚悟を揺るがすな』と。ヤコブ様が相手の気持ちを汲み取ったのだと、なぜわからん」

「あ、そう言うわけじゃありません」

「おい、間違えてるぞメガネ」


 ヤコブの言葉にセクアは足を止め、メガネの位置を直した後に再び言葉を続けた。


「……まあ、私のような一般信徒が、ヤコブ様のような尊大なお方の考えを推測できるわけもないしな。したがって、私の返答を信じたお前が悪い」

「無敵かお前?」


 セクアとフランメのやり取りを後ろから聞きながら、徐にヤコブが足を止める。


「ん?どうした?」

「いいえ。ここまでくれば、あの国の人々にも僕達の話が聞こえることはなさそうですし、なぜ僕があの国をでたのかを話そうと思いまして」

「おーやっとか―――ってうわぁ!!」


 振り向いたヤコブの顔に、フランメが今日1番の声を上げる。


「どうしました?」

「い、いやいやいや!お前、そのどうなってるんだよ!!」

「目?……ああ、これですか」


 フランメの声に魅かれて、セクアもヤコブの目を見る。


「これは……」

「2人とも、見るのは初めてでしたね」


 セクアとフランメが目にしたもの。それは、同心円状に2つの瞳孔があるヤコブの瞳。

 展開されている二つの円のうち、その外側の瞳孔が内側の瞳孔に収束することで出来上がる、物理的に重なった瞳。

 見たことのない形なのもあるだろうが、何よりもその目の形から感じる視線が、妙な雰囲気を放っている。


「僕が意識的に末来視を使って未来を見る場合、どうやら目の形が少し変わるようなんですよね。何でも外側の瞳孔が中心に寄るとかなんとか……」

「えぇ……いやぁ、これは……えぇ……」

「フランメ。そんな声を出さないでください。少し傷つきます」


 苦り切った表情のフランメとは対照的に、セクアはいつも通りの表情と声色でヤコブに質問をする。


「先ほどの発言から推測するに、現在ヤコブ様は『未来』が見えていると?」

「はい。と言ってもほんの数秒先、それも場面々々ですけどね」

「それって今の景色とかも一緒に見えてんのか?」


 ヤコブの未来視に慣れたのか、いつもの調子で質問をするフランメ。


「いいえ。未来視を使っている間、現在いまの景色は一切見えません」

「てことは前が見えないのか?めちゃくちゃ不便だな」


 魔眼といえど、所詮は人間の持つ身体機能の延長線。未来「視」と言っているように、見れる未来の景色は持ち主の眼に映し出される。

 となれば当然、今現在の目の前に広がっている景色は、その瞳には反映されない。

 

「……あ、でも、魔力の流れとかで大体の人や物の位置は把握できているので、それほど不便ではありませんよ」

「ふーんそっか。……つまんねー」

「え?」


 呟かれたフランメの言葉に、「なんで?」と疑問を覚えつつも、しかしその言葉をぐっと飲み込む。

 話が若干だが脱線しているのもあるが、それ以前に大した理由では無いだろうと容易に推測できたからだ。実際、ヤコブの推測通り、フランメが考えていたのは、見えないのを良いことに好き勝手しようというイタズラの類いである。


 フランメの発言に動揺しながらも、しばらくしてからヤコブは、一回目を瞑った後に再び目を開いた。すると先ほど中心によった目の形は、すっかりと元の瞳孔を中心とした二重の円へと変わっていた。


「ん?終わったのか?」

「はい。気になったところは全部


 言い終え、ヤコブは、再び振り返って前を見据える。


「ここから10分ほど、前に向かって身体強化の魔法を使って走ります。そしてだいたい5キロほどの場所で、さっきの国の人々が言っていた盗賊と鉢合わせます。そしたら、僕たちはその盗賊の人たちを向かいうち、人質や奪われた食糧を取り返します。分かりましたか?」

「おお!戦闘か!燃えてきた!!」

「敵戦力は如何ほどで?」

「旧世界の重火器をいくつか持っている程度です。魔導士は一人もいません」

「なるほど。それならば容易い話ですね」

「ええ。詳しい作戦などは、走りながら伝えます」


 言うと同時に、ヤコブが自身の魔力をセクアとフランメの2人に渡す。すると必然、二人が本来持つ魔力に加え、そこにヤコブの魔力が合わさることで、二人から更なる力が溢れ出す。


「おお!!」

「これは……!」

「今お二人には、僕の力の一端を与えました。僕の持つ魔力は、普通の魔導士が持つそれとは少し違います。きっと、普段魔法を使うよりも、より大きな効果を期待できると思いますよ」


 ヤコブの言う通り、セクアとフランメの2人は、自身から溢れ出す魔力にいつもとは違う〝何か〟があるのを感じる。


(昔何回か魔力をもらったことがあるからこそ分かるぞ!ヤコブから受け取った魔力は、普通にただ貰っただけじゃなくて……なんかすげー良い感じだ!)


 通常、魔力を分けてもらう感覚は、言うなれば足し算。単純に魔力の総量が増えたといった感じだ。


 しかし、ヤコブに与えられた際は少し違う。


 言うなれば掛け算。生命を培う特異な魔力であるからこそ、分け与えられた魔導士が持つ本来の魔力、加えて基礎的な体力なども相乗して増えていく。


 しかし、預言者ヤコブの力はそれだけでは終わらない。人類を救うべく生まれた『奇跡』の力は、他者への感情にも影響を及ぼす、

 それは、フランメ以上にセクアが実感していた。


(……暖かい。思いやりとでも言うのだろうか。ヤコブ様の持つ慈愛の心、それに包まれているような安心感に溢れている。そのためか、今はあのバカ(フランメ)に対しても、ある程度の思いやりを持つことができる)


 怒り狂う者には平静を、悲しみにくれる者には元気を与える。

 人類を救う存在〝預言者〟。それは決して、根拠の無い眉唾で作られた存在では無い。


「準備はいいですか?」

「「!」」


 溢れ出す力に酔いしれながらも、聞こえたヤコブの声に、二人が意識を向ける。


「ああ、もちろん!武者震いがとまらねぇよ!」

「私も、いつでも大丈夫です」


 凶悪な笑みを浮かべるフランメと、いつもと変わらない表情のセクアに、ヤコブもまた返す様に笑みを浮かべ、号令をかける。


「それでは、行きましょう!」


 ヤコブの合図とともに、3人は一斉に地面を蹴り上げた。



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