5節 世界の実情

 話された内容は、特別変わったこともない、この世界で当たり前の話だった。


 この国の人々が、作物や狩で生活をしていたこと。


  ある日突然、国が盗賊に襲われ食糧が全て取られたこと。


  3ヶ月に1回、この国を守るために、収穫した作物を献上しなければいけないこと。


  老人や子供を除いた若い女性たちが、逆らわないように人質としてつれて行かれたこと。


  まだまともに話すことができない子供の代わりに話す老人。言葉の節々に込められている、怒り、悲しみ、絶望、諦めの混ざった大きな感情。生まれながらの性質で、他者の想いが分かるヤコブは、ただ黙って拳を握りしめる。


「もう、盗賊に渡す食料は残っていません」

「……次献上するのはいつですか?」

「………今日です」

「…………」


 非情な現実。その言葉に、話し合いを見ていたすべての人が下を向く。


 食糧の献上と人質。


 ヤコブ、セクア、フラムの3人にとって、彼らに待ち受ける運命がどういったものかは、想像に難く無かった。


「あいにく、私たちには自衛する手段もありません。でから、せめて彼らが来る前に早くこの国を出て行ってくだされ」

「!」


 ふと、背中から声が聞こえた。

 その方を見ると、そこにいたのは、この国に入る際に出会った老婆の姿だった。


酋長しゅうちょう!」

「!?」


 ヤコブに事情を話していた老人が、酋長と言われた老婆の前へと駆け寄る。

 その人は、この国を訪れた際入り口にいた、寄らないようヤコブたちに伝えた老婆。


「あ、貴方がこの国のリーダーだったんですね……」

「ははは、恥ずかしい話ですがね」

「そんな……とても、ご立派ですよ」

「そう言っていただけると嬉しいです。……さあ、私たちが言えることは全て話しました。どうか早く、この国から出て行ってくだされ」


 ヤコブたちは理解した。

 彼らが妙に他所他所しかったのも、それにも関わらず質問にはちゃんと答えてくれたのも、全部、自分たちへの思いやりからきていたものだったのだと。


「………っ!」


 見せられた空の笑顔は、ヤコブの気持ちを溢れさせるには十分すぎた。


「―――っ僕たちが協力します!貴方たちを守るために!」

「……いいや、貴方たちに迷惑をかけることなどできません」

「迷惑なんかじゃありません!それに僕たち、魔法だって使えますから!それで追い払うことだって―――」

「結構です!」

「!」


 明らかな拒絶の意思を持ったその言葉に、言葉が止まる。そして震えた声で、続けて酋長が言葉を紡ぐ。


「……どうか、どうか私たちの覚悟を揺るがさないで………!!」

「………」


 言葉に込められた思いが、感情となってヤコブに伝わる。


(―――ああ、一体、この決断を下すのにどれほどの勇気が必要だったのだろう……)


 想像する。

 国を守れず、打開策も思い浮かばず、ましてや子供達に生きる道を与えることさえできなかった。

 どれほど悔やんだのだろう、どれほど嘆いたのだろう、どれほど恨んだのだろう。

 いくら感情が伝わろうと、感情の共有までされることのないヤコブの力では、とてもそれらの大きさを計り知ることはできない。


(―――ならば、今ぼくにできることは……)


 思い、ヤコブは目を開く。


「………わかりました。それでは、僕たちはもう出発します」

「………え?」


 そう言って、突然動き出したヤコブとそれに続くセクアに、フラムが驚いた声を上げる。


「え?え?いやいやいや!ちょっと待てよ———」

「いいから黙ってついて来い」

「はぁ?」


 一瞬、自分たちを見ている人々の方に目を向けながらも、フラムは釈然としないまま、セクアの言う通りヤコブの後に続いた。



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