3節 非国

 非国。

 先ほどフランメが口にしたこの言葉は、世界中にある各支部を含めたアルカディア国内で度々使われる用語であり、自分たちのいる場所と比べ文化が劣っている点や自分たちの考えに迎合しない部分から〝国に非ず〟といった意味の込められた差別用語として、しばしば外の国との衝突に繋がる問題となっている。


「……予想以上だな」


 痩せた土地、荒れた畑、細々と流れる川、数えられる程しかない老朽化の進んだ建物、痩せ細り、生気の感じられない表情の人々。


 「国」の中へと足を踏み入れたヤコブたちを待っていた光景は、少なくともアルカディアで育った彼らにとっては想像できない生活であり、その惨状に口が開かなくなってしまう。


(普段、空を飛んでいる時に遠目で見ることはありましたが、ここまで酷い状況とは……)

「もし……旅の人たちかな?」

「!」


 突如かけられた声の方向を見ると、杖をつき、足腰の震えている老婆が立っていた。


「足を運んでくれて申し訳ありませんが、見た通りここには何もありません。居ても時間の無駄ですし、早いところ出発してくだされ」

「あの……」


 ヤコブが口を開く前に、老婆は、まともに動かない足腰を動かしながら頭を後ろにしてしまう。


「どうすんだ?これじゃあ〝英雄〟について聞くこともできなさそうだけど」

「……見たところ、変わった魔力を持った者は見当たりません。相手に対話の意思がない以上、ここは村を出るのもありだと思います」

「うーん……」


 フランメとセクアの言う通り、この国の住民から感じられる魔力はとても弱弱しいものであり、とても〝英雄〟といった肩書きに合うほどの人物がいるとは思えない。


「……いえ、やはり聞いてみましょう。何を持って〝英雄〟と呼ばれるのか分からない以上、ここはがむしゃらでもいくべきだと思います」

「は!?嫌だから周りが話を聞く気ないんだから無理なんだって———」

「いいえ。彼らは話す気がないわけじゃありません。私たちをこの村に引き止めたくないんです」

「「?」」


 ヤコブのセリフに、フランメとセクアは訳が分からず首を傾げる。


「……いや、何を根拠に言ってるんだ?」

「僕、生まれた時からその人の魔力と同時に、その人たちが抱いている気持ちも分かるんですよ」

「「??」」


 ヤコブの言葉に、セクアとフランメはますます頭を悩ます。


「感覚の話です。2人が自然と呼吸をしているのと同じ様に、何か意識してやっているわけではありません。なので僕自身も何でできるのかは分かってないんですよね」

「何と……さすがです。ヤコブ様」

「ははは。何か自慢みたいになっちゃいましたね」

「ふーん。まあアタシも魔法とか感覚でやってるし、それと同じ感じか」


 各々の各自で結論を出し、3人は、〝英雄〟についての情報を得るべく、『国』の住人たちに手分けをして話を聞き始めた。



—―――――――――――――――



「おかーさん!見て見て!」


 無邪気な少年の大声が響く。

 全身泥だらけで、その様子からは元気に外で遊んできたといった印象を受けるだろう。

 その声に反応して、「おかーさん」と呼ばれた一人の女性が、虚な目で少年の方を見る。


「見て!泥団子!すごくキレイにできたよ!」

「―――ッ!!」


 目の前に出された、少年の手のひらに乗せられた光沢を放つ泥団子。

 女性は、それを見るやすぐさま目の色を変え、少年の手を思い切り叩く。


「いたっ!」


 叩かれた衝撃で地面に落ちた泥団子は、綺麗なヒビを入れて割れてしまう。

 突如襲った理不尽に、少年の感情が爆発する。


「何すんだよ!おかーさん!」

「何って……」

「泥団子…いっしょうけんめい作ったのに!」

「……」


 直後、母親が見せた顔は、まるで焼印を押されたかのように、少年の心に酷く刻まれる。

 

 血走った目に、荒い息をこぼしながら、力強く見える歯茎。

 それは、少年の知っている母親では無かった。


「何って……あんたイカれてるの!こんな時にそんなもん見せて……なんのつもり!」


 母親から放たれた言葉を、少年は上手く聞き取れ無かった。目の前の顔が恐ろしく、まるで金縛りにでもあってるかのように体が動かなかったのだ。


「こんな…こんな時にそんなもん作りって!!」

「おいやめろ!」


 少年に振り下ろされた右腕が、ギリギリのところで止められる。腕を止めたのは、少年たちと一緒にここまで歩いてきた、何人かの大人の一人だ。


「この…!この……!!」

「おい坊主!一旦他のとこ行ってろ!」


 大人の声も、少年の耳には届かない。

 今はただ、疑問だった。

 つい先ほどまで優しかった母が、まるで人が変わったかのように激昂し、自分に襲いかかる。

 その事実が、ただただ少年の感情を支配していた。


「おいやばい!!逃げろ!!逃げろ!!!」


 不意に、野太い声が聞こえてきた。

 

 その声は、母の腕を止めた大人とはまた別の男の声であり、血相を変えてこちらへと走ってくる。

 その様子に、他にいた人たちもざわつき始める。


「はやく!はやく逃げ———」


 ドス、と鈍い音がした。

 聞いただけで背筋を凍らせるその音は、人の肉を切り裂いた音。


 どよめきが、悲鳴に変わる。


「うあぁぁぁあああ!!」

「逃げろ逃げろ逃げろ!!」


 人々が、ライオンから逃げるシマウマのように足を急がせる。それらを、突如襲ってきたライオンが、次々と殺して回る。


「助けて!助けて!!」

「殺せ殺せ!!」

「誰か!!やめてくれぇぇぇえ!!」

「死ねやクソども!!」


 獲物の鳴き声に、狩人の鳴き声が混ざり合わさり、不協和音となる。

 その様子を、少年はただただ呆然としていた。現実が、追いつかないのだ。


「よおガキ」

「……」


 不意に、声をかけられた。

 目を向ければ、見たことのない大人が、手に大きな剣を持って立っている。


「逃げねーのか?」

「……」

「……ふん。まあいいか、死ね」


 振り下ろされた右腕。

 先ほどそれを止めてくれた大人は、いつの間にか血を流して地面に倒れている。

 黒ずんだ鉛が目の前に迫ったその瞬間、不意に、影が少年を覆い被った。


「……?」


 鈍い音がした。肉を切る、鈍い音が。

 しかし少年にとっては、そんなことどうでも良かった。

 自身を覆ったその影が、抱きしめられたその温もりが、少年の心を鷲掴み、現実へと引き戻した。


「…い……きて………」


 覚醒した意識の中襲ったのは、愛する母親の遺言。

 口から、背中から血を滴らせるその姿は、少年の知っている、心優しい母の姿。


 少年の感情が、爆発する。


「うわぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああぁああぁあああ!!!!!!!!!!!」


 気づけば走っていた。


「うわぁあああ!うわぁああぁぁぁあぁああ!!!!」


 母の遺言を守るように、守られた命を無駄にしないように。


「ぁぁああぁぁぁぁぁぁああ!!なん!!!!!なんで!!!!!!!」


 分からなかった。

 何故おかーさんは殺された?


「なんで!!!!!!!!!」


 何故僕を襲っわれた?


「なんでぇぇええ!!!!!!!!!!!」


 何故僕は、こんな目に合っている?


—――――――――――――――


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