2節 到着

「うはぁあああぅぁあああーーーー!!!!」

「ッ—――――――!!」


 ヤコブたちがサウサーンシティを出発して20分。セクアとフランメを含めた3人は、南方、およそ800キロの上空を飛んでいた。


「すげ〜〜!!めちゃくちゃ早い〜〜〜!!!」

「―――っ少し黙れ貴様!ただでさえでかい声を密着した状態で出すな!耳が壊れる!!」

「ははは!ぶっ壊してやるよ!!」

(2人ともうるさい……)


 ヤコブの背中に掴まる形のセクアとフランメを木の根で結び、運んでいるこの状況。すぐ後ろで怒鳴り合っている2人に対する気持ちを抑えながら、ヤコブは最初の目的地に向けて進んでいる。


(全体を包む感じじゃなくて、前方部分だけ魔力で壁を張る形にした方が良いかな……。そうすれば2人の声も空気で少し和らぐだろうし………!)


 2人の声の対策を考えていたところで、ふと前方方面に微かな魔力を捉える。魔力による身体強化を、目の部分に重点的に当てて視力を上げ、魔力を捉えた方向に目を凝らす。


(5……15……うん。間違いない、だ)


 視界に映ったいくつかの人影と建物を数え終わったところで、どちらかといえば集落と呼ぶに相応しい様相を成している場所をと判断したヤコブが、未だ後ろで言い合いをしている2人に声をかける。


「貴様の汚い息で環境汚染を進めない様、呼吸器官全て塞いでやる」

「その前にてめぇの両目を燃やしてや———」

「2人とも!!」

「!―――いかかがなさいましたか!」

「無視すんじゃねぇ!!」


 ヤコブの言葉にすぐさま気持ちを切り替えるセクアに対し、切りの悪いところで言葉を遮られたからかヒートアップするフランメ。

 しかし宥めている時間はないと判断した(諦めた)ヤコブは、騒いでるフランメを置いて目的地の報告を開始する。


「前方に最初のを見つけました!間も無く着陸します!」


 言うと同時に、今まで保っていた高度を下げ始めるヤコブ。

 先ほどまで騒いでいたフランメも、高度が探し始めると意識を前へと向ける。


「はは。見事な〝非国〟だな」

「……フランメ。そう言った差別発言は控えて下さい」

「はーい」


 いつにも増して真剣なヤコブの声に、空返事で答えるフランメ。

 少しの不安を抱えつつ、3人は目的地から少し離れた場所へと着陸をした。



—――――――――――――――



「何度見ても慣れねーよ。これがなんてさ」


 目的地より数十メートル離れた地点に降り立ったヤコブたち。

 目の前にある「国」は、周りが不細工な柵で囲まれており、その幅はアルカディア国内においては大きめの公園といったぐらいの領土しか存在しない。


 何はともあれ、ヤコブ、セクア、フランメの3人は、英雄を探すべく最初の外の目的地に到着した。


「フランメ。何度も言いますが、先ほどの様な差別発言は口にしない様に」

「分かってるよ。流石に目の前で言うほど常識欠いてないって」

「目の前で言わなければ良いと考えている時点で貴様のおつむが知れるな」

「てめーはいちいち何か突っ込まないと死ぬ病気なのか?」

「これ以上僕にルール2と言わせないで下さい」

「!申し訳ありません。教皇様。今後は、決してこの様なことがない様尽力します」

「えぇ……」


 セクアの態度の変わり様にフランメさえもドン引きする一方で、ヤコブは、改めて目の前の「国」に視線を向ける。


「……2人とも。分かってはいると思いますが一応言っておきます」


 振り向き、喋るヤコブの方に2人も耳を傾ける。


「私たちアルカディアの人間は、外の国の人たちに酷く嫌われています。この変装は、私たちがアルカディアの住人であることを隠し、円滑に聞き取りを行うためのものでもあります。要するに、変装していても僕たちの発言でバレてしまっては終わりってことなんですけど……」

「「?」」


 ヤコブの視線に、セクアとフランメの両者が首を傾げる。


「何だ?もしかして私たちがバレる様なヘマをすると思ってるのか?」

「私〝たち〟?」

「いや、今はそれであってるだろ!」

「心外だな」

「確かに、セクアの言う通り私〝たち〟では無いですね」

「ヤコブまで!?」


 そこまで信用がないのかと、少し落ち込むフランメに、ヤコブが慌てて言葉を続ける。


「あ、違います。フランメじゃなくてセクアの方です!」

「え?」

「………………」


 フランメが反応を示すのに対し、セクアは真顔のままその場に固まる。


 そしてその様子を見ていたフランメは、ここぞとばかりにセクアを煽り出した。


「おいおいおいおいおいおい!!なになにこの展開!信仰心の固いセクアさん!?貴方の崇める方からのありがたい言葉だぞ!何か反応したらどうですか〜!?」

「フランメ。こういう状況でそう言った行動に出るのは普通に良くないですよ」

「いやいやいや!教皇様に『迷惑』をかけるかもしれないんだから!ここはしっかり言っとかないと———いった!?!?!?」


 一発。

 魔力を込めた手でフランメの体を叩くセクア。そしてそのままヤコブの方へと歩みを進め、動揺した様子で膝をついた。


「おいてめぇ!!一線超えたぞ!!」

「今のはフランメが悪いですから。反省して下さい」

「きょ、教皇様」

「はい」


 不満を垂らしているフランメを他所に、セクアが口を開き始める。


「申し訳ありません。私の様な出来損ないの頭では答えが分からず………な、何故私が貴方様の迷惑になってしまうのか、教えていただいてよろしいでしょうか?」

「いや、別に迷惑ってわけじゃないんですけど………」


 ヤコブの言葉か、それともフランメの煽りが効いたのか、やや引きつった顔で話すセクア。その様子に、ヤコブも視線を逸らしながら言葉を続ける。


「………『教皇様』呼びだと、一発でバレると思うんですよね」

「…………」

「あ、確かに」


 すっかり態度の戻ったフランメの様に、本来であれば普通の返事をしてくれれば良いこの場面をしかし、まだ約2、3時間ほどの付き合いでしかなくとも、ヤコブはセクアがどの様な反応を示すのかを理解していた。


「そんな……じゃあ私は、何と呼べば………!?」

(ですよね……)


 予想通りの反応に頭を悩ますヤコブ。すると横から、フランメが会話に割り込む形で入ってくる。


「普通に『ヤコブ』で良いじゃんか」

「黙れ。許されているから多めに見てはいるが、本来であれば貴様など殺している。それぐらいこのお方の名前を呼ぶことは、本来恐れ多いことだ」

「大袈裟すぎるだろ」


 アルカディア国内において信徒として活動している者は、自分よりも階級が上の者に対しては、名前の最後に階級を付けなければいけないルールが存在する。

 中でもトップに位置する〝教皇〟の位は別格であり、最低でも司祭以上の位を持つ者、または名を呼ぶ必要性が求められる場合ではない限り、名前をつけて呼ぶことでさえも許されない。


 セクアとフランメは、その優秀さ故に今回の任務に選ばれはしたが、未だ階級の持たない一般信徒。任務開始前に、オネストから名前で呼ぶよう指示は受けていたが、それでも上記のルールを守っているその姿勢からは、セクアの信仰心の高さが伺える。

 とはいえ現状、教皇呼びがダメである以上は、例外的処置として別の呼び方をするしかないのもまた事実である。


「セクア。どうしても僕を名前で呼ぶのは無理ですか?」

「……申し訳ありません。教皇様に対しその様な不遜な態度を見せるのは、教皇様が許されとも私自身が許せません」

(やはりそう簡単にはいきませんか……)


「どうするんだ?」と言うフランメの言葉が聞こえながら、目を瞑り悩むヤコブ。しばらく経った後、ヤコブは何か意を決した様な態度で目を開いた。


「―――敬虔なる信徒。セクアよ」

「「!!」」


 それは、先ほどとは違った、すこし低い声で紡がれた言葉だった。


 優しい目でセクアを見据えるその姿は、公の場などの改めた場所で国民に見せる、教皇として、預言者としての姿。必然、この時の立ち振る舞いや話す言葉は、普段のそれとは違ったものとなる。


 今までとは違う雰囲気にフランメは驚き、そしてセクアは、その様子により一層気を引き締める。


「此度の任務は、失敗の許されない天からの大命である。故に、この任務にあたる間、其方は私のことを名前で呼ぶ様に。これは天命であると心得よ」

「―――ッ………天命、しかと承りました。


 一瞬の葛藤を見せた後、しかし顔を上げた際に見せた表情は意を決したものとなっており、力の入った声でセクアは返事をしてみせた。

 そしてその声に応える様、言葉は出さずとも、ヤコブは深く頷いた。


「なんだ。そう言うのできるなら最初からやれよ」

「うっ………」


 フランメの指摘で、ヤコブはいつもの態度に戻る。


「いや、言ってることは正しいんですけど……僕自身、こんな感じで立場を利用するの苦手で。今回も解決はしましたけど、セクアの気持ちは何も汲み取れてないですし」

「めんどくさい性格だなー。アタシたちのトップなんだし、もっと堂々としてた方がいいと思うぞ!じゃないと舐められる!」

「―――これまでの行動を見て敬意を持てないのは、畜生か脳ミソのない奴だけだ」

「は!?アタシは脳みちゃんとあるぞ!」

「驚いた。頭が空っぽでも冗談を言うことはできるのか」

「は~~~!?!?!?」


 すっかり元に戻った様子のセクア。

 切り替えが上手いのか、それともヤコブに余計な心配をさせまいと振る舞っているだけなのか。

 どちらにせよ、自分の考えを押し通してしまったことと受け入れてくれたことに感謝しつつ、3人は、改めて目の前にある国へと足を進めた。



—――――――――――――――


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