第2章

1節 不安の種

 アルカディア中央礼拝堂。

 そこに、修道服に身を包んだ白髭の目立つ老人と、その背中に眼鏡をかけた目つきの鋭い中年の男が、女性を模した大きな像の前に立っていた。


「シュリアム枢機卿。教皇様は、無事セクア、フランメと合流しサウサーンシティを出発いたしました」

「そうか。報告ご苦労、オネスト司祭。……多少癖のある2人ではあるが、まあヤコブなら上手く纏めた上で楽しい旅にするだろう」

「一応言っておきますが、楽しい旅をすることではなく、英雄探しが本来の目的ですからね?」

「分かっておるよ。今のは、親心からきた発言だ。目的を見失ったわけではない」

「左様ですか。それならば良いのですが……」

「どうした?歯切りが悪いな」


 オネストの言葉に引っかかり、シュリアムが後ろを振り向くと、浮かない顔をしているのが目に映る。そしてしばらくの沈黙の後、徐にその口を開き始めた。


「……今朝、サウサーンシティ市内において、テロが起きました」

「!……またか」


 その報告に、シュリアムが重いため息をつく。


「半年前に起こった最初のテロから今月に至るまで、すでにもう4回起こっています。幸いにも、今回は近くにセクアとフランメ、更には教皇様がおられたために人的被害はありませんでしたが………国民が抱く不安も徐々に増えており、このままでは秩序維持が困難になる恐れもあります」

「………」


 アルカディア国内の情勢は、常にギリギリの綱渡りをしているのと同義だ。


 預言者ヤコブによる予言と力、そして魔導士たちによる、使えない者からすれば奇跡にも映る魔法の力を持ってして、自分たちの将来は安全なんだと意識的に刷り込ませる。それが建国以来、今までアルカディアが国民に対し行ってきた手法であり……逆に言えば、その安全が保障されなくなった途端に、今の体制は簡単に崩れ去ってしまう。


 昨今問題となっているテロ行為は、それら安全への信頼を揺れ動かすのにあまりにも効果的だった。事実国内において、『預言者様の力を持ってしてもテロ行為を防ぐことはできなかった』と言った話題が広がっているのを、オネストは部下から聞いている。


「パスリエ帝国の動きも、最近では物騒なものが増えています。このテロ行為が帝国の仕業であった場合、国民の不満が高まり、内部が不安定になったとこを狙って侵攻を開始すると言ったケースも十分に考えられます」

「ふむ……」


 髭の生えた顎に手を当て、少しばかり思考に耽るシュリアム。

 オネストの発言に一理あると考えると同時に、先ほどから見え隠れする焦りの感情が、テロ行為だけでなく、〝最悪の未来〟の光景からもくるものではないかと推察する。


(ヤコブは、アルカディアが火の海に包まれるのを誰も知らない第三者による者だと考えているが、それも確証のあるものではない。ならば現実的に考えて、目先の脅威である帝国に注意を向けるというのは、至極真っ当な考えだな)

「枢機卿」


 オネストに呼ばれ、シュリアムの意識が再び現実の景色へと向く。


「やはりここは、帝国に攻め込まれる前に我らの方で先手を打つべく行動を———」

「オネスト」

「!……は、はい」


 オネストの体に、緊張が走る。自身の名を読んだ声の中に、若干の怒りの感情が込められていたのを感じとったからだ。


「〝人類救済〟。それこそが、我が国の掲げる最終目標だ。その夢に、ただの一つも例外は存在しない」

「も、申し訳ありません」


 自身に降り注がれる眼光と威圧。それはまるで、かつてシュリアムが教皇だった頃の姿と重なるものがあり、反射的にオネストは頭を下げていた。


 その姿に、一瞬とはいえ冷静をかいた自身に辟易としながら、シュリアムが謝罪の言葉と共に、再び女性像の方を向く。


「……いや、すまない。お前の不安も最もだ。何も間違ったことは言っていない」

「………」


 謝罪と同時にいつもの声色に戻ったシュリアムに対し、それでも自身の発言にも問題はあったと反省しながら、オネストは頭を上げる。


「一応、もしものための策も『聖天騎団』を始めとした者たちと練ってある。そう簡単には侵攻などさせんよ」

「そう、でしたか。であれば、出過ぎたことを言ってしまいました。申し訳ありません」

「良いと言っているだろう。伝えなかった私も悪かった」


 先ほどの反射的なものではなく、自分の意思で起こなったオネストの謝罪をシュリアムは静止する。


 その後、シュリアムが目の前の女性像の顔を見上げたところで、重く、その口を開けた。


「―――だがもしも、我が国への眼前まで帝国に侵攻を許してしまったその時は、覚悟を決めるしかないだろうな」



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