11節 出発

 南城門前。

 全長30メートルもの高さと厚さ5メートルからなる鋼で作られたその城門は、見るものを圧倒する重厚な雰囲気を纏っている。さらには城壁も含め、全ての箇所に防護結界を張っているために、この城門を目の前にした人々は、皆同様に難攻不落といったイメージを頭に浮かべてしまう。


 その城門を目の前に上を見上げている1人の影があった。ベージュのコートを見に纏い、フードを外しているメガネをかけた藍色の髪の少年。先に着替え終わったセクアが、その場に立って2人を……正確にはヤコブ1人だけを待っていた。


「おお!お前早いな!」


 耳に聞こえた甲高いその声に、セクアは少し顔を歪める。

 無視をしようと上を見上げたままで立っていたが、相手の方が頭一個つ分ほど背が高いため、覗き込まれる様な形で顔を見合わせてしまう。


「聞こえてんだろ?何無視してんだよ」

「分かってるじゃないか。無視をするという判断をしているんだ」

「お前……捻くれすぎだろ」


 フランメの言っていることを気にせず、顔を見ないために視線を逸らすセクア。その際、不意にフランメの着ている姿が視界に映る。


 同じコートを身につけてはいるが、セクアと違い前を開けており、その中には半袖短パンととても単純な動きやすい格好をしている。合うサイズが無かったのか、シャツが大きな胸に引っ張られお腹は丸出しになっている。


(修道服のスカートを動きやすい様に改造していたりと、動きやすい格好が好きなのか)


 そんなことを思っていると、ふとフランメがニヤニヤした視線で見ていることに気づく。

 理由が分からず怪訝な表情を見せると、しきりに彼女の口が動き出す。


「何だよ〜。素っ気ない態度とっておきながら、アタシの体には興味があるのか?このスケベめ」

「は?」


 唐突に放たれた言葉に、セクアの思考が硬直する。しかしフランメは、そんなことなど気にせず、ここぞとばかりに言葉を続ける。


「照れなくていいんだぞ〜。見たところ年齢も10代半ばだろうし、そう言う気持ちはよく分かる。アタシは別にそう言う視線気にしないし、まあ思う存分見て———」

「誰が貴様の駄肉などに興味を示すか。思い上がりもここまで来ると滑稽だな」

「は~~~!?!?!?」

「いやだから何で隙を見せるとすぐに喧嘩するんですか!」

「「!」」


 両者の会話に入るツッコミを聞き、セクアとフランメの両方がそっちを向く。


 そこに立っていたのは、セクアと同じくコートを身につけた、中性的な顔立ちをした白色に長髪の少年―――ではなく、黒髪ウルフの少年だった。


「……」

「え?ヤコ……ヤコブ?」

「はい、そうです。……どうかしましたか?」


 戸惑っているフランメと口を開けて固まっているセクアに、ヤコブが疑問の声を上げる。


「いや、どうかしましたかって……その髪何だよ?」

「ああ、これはウィッグです」

「ウィッグ?何でまたそんものを」

「いや、自分で言うのもあれですが、僕って結構有名じゃないですか。存在感もあるし。だから少しでもバレない様にしようと、思い切って付けてみたんですけど……やっぱり意味ないですかね?」

「いや、正直声を聞かないとわからないぐらいには変装できてるぞ」

「そうですか!それは良かった———」

「大変お似合いです。教皇様」

「え?あ、ありがとうございます」


 時間差で反応を示したセクアに、ヤコブが少し驚いた声をだす。


「にしても不思議だな〜。髪色が変わるだけでこんなにも人の印象って変わるもんなのか———ってあれ?」

「どこか変なところでもありましたか?」


 フランメの反応を気にして、ヤコブは自身のウィッグを気にする。


「いや、髪の方じゃなくての方」

「目ですか?」

「ああ。……何で瞳がになってるんだ?」

「え?ああ、これですか」


 フランメの言葉で、ヤコブも質問の意図を理解する。

 フランメが言った通り、ヤコブの瞳は通常のものと異なり、瞳孔が同心円状に二つ存在している。

 よく見ないと気づけない程度のものだが、それでも一度でも気づけば、その珍しさから他の者もフランメと同様の反応を示すだろう。


「もしかして…それが〝未来視〟ですか?」

「はい。そうです」

「みらいし?」


 セクアの言った言葉に、フランメが疑問の声を上げる。


「〝魔眼〟の一種ですよ。生まれながらに備わることがある、身体機能の。言葉ぐらいは聞いたことがあるんじゃないですか?」

「あー!確かに隊長が言ってたな!忌々しいとか何とか!」

「忌々しい?」

「ああ。詳しくはよく覚えてないけど」


 フランメの台詞が気になりはしたが、今考えたところで無駄なことだと、ヤコブはすぐに気持ちを切り替える。


「となると、やはりその目によって予知夢を見ていられるのですね」

「はい。そういうことです」

「え、予知夢ってヤコブの魔法じゃなかったのか」

「違いますよ。もし自分の魔法だったら、もっと便利なもののしています」

「便利じゃないのか?未来見えるのに」

「そこまで便利じゃないですよ。自分で未来を見ようとしても、すぐに見れるのは数秒先の未来までだし、予知夢は寝てる時に突然起こるものだし……。本当、救世主を謳うぐらいなら、もう少し便利な能力にしてほしかったですよ」

「贅沢な悩みだな〜」

「そうですかね?」


 ヤコブは、まだ魔眼を制御できなかった幼少期から色々と、この未来視に振り回されきた。その中には、扱いきれなかったが故に助けらなかった命もあった。

 ヤコブが未来視に不満を持っているのは、そういった背景からだ。


 嫌なことを思い出したと、頭を降って気分を変えた後、ヤコブは改めて笑顔で二人の方を向く。


「さて、それじゃあそろそろ出発しますか!お二人とも、準備は良いですか?」

「ああ!いつでもいいぜ!」

「もちろん。問題ありません」


 2人の返答のうなづいて、ヤコブは両の手のひらをそれぞれ差し出す。


「「?」」

「2人とも、握ってください」


 言われるまま、セクアとフランメがヤコブの両手をそれぞれ握る。


「「!」」


 同時に、テロの際に感じたのと同じ、膨大な魔力を感じ始める。

 植物が地面から伸び始め、纏めた荷物を括って縛った後に、別に伸びていた植物と絡み、結び合い、更には3人の体も離さないよう、胴体の部分を縛りつける。


「教皇様、これは一体?」

「期間は最長で1ヶ月。のんびり歩きながら行くわけにはいきません。僕が3人を抱えて空を飛びます」

「え!空飛べるのか!?」


 子供の様に無邪気な声を上げるフランメに、ヤコブ笑顔で返事をする。


「もちろん!なので2人とも、少しの間我慢しててください———っね!」

「「!」」


 地面の割れる音がする。それは、ヤコブが蹴り上げたことによって起きた衝撃音。耳を圧する音が過ぎ去り、一瞬の内に空が近づく。

 ヤコブが言葉を言い終わると同時に上がった3人の体と荷物は、ヤコブが魔力によって作り出した球状の壁によって、急激な加速と引力から生まれる圧力に晒されたのにも関わらず、どの部分も損傷していない。


「ははは……はははははは!!!」


 今まで見たことのない、上から見たアルカディアの景色に、興奮混じりの笑い声をフランメから漏れる、


「……!」


 そして、一時的とはいえ憧れた存在と同じ場所にいられるこの瞬間が、セクアの心に感動を生み出していく。


「さあそれでは、出発です!」


 3人の体が、まるでジェット機の様に勢いよく加速する。

 景色が次々と移り変わり、あっという間に見知らぬ大地が眼科に広がる。その速度は、少なくとも現在の世界においては、比類できないほどの速度を誇る。


 一瞬の内に豆粒ほどの大きさとなったアルカディアを背にしながら———今、3人の冒険が始まった。



—――――――――――――――


これにて第1章完結となります!

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