7節 巡合

「何だ?今の音」

「……あれは」


 辺りを見渡したメガネの少年が、爆発の影響か、煙の上がっている様子を視界におさえる。

 先ほどまで両者へ向いていた聴衆の注意も、爆発音へとその方向が変わり、どよめきが広がっている。


「おいおいおいおいおいおい!嘘だろ!これから面白くなるところだってのに……っておい!」

「………」


 少女の言葉など聞こえていないと言わんばかりに、メガネの少年が一足先に煙の方へと走り出す。そして少し遅れて、少女もその後を追っていく。


 そして建物を挟んで2、3つほど通りを抜けた場所に、その現場は広がった。

 どよめきの声は、近づくにつれ悲鳴に変わっていき、いくつかの建物からは、逃げ遅れた人々が助けを呼んでいる。


 その様子を、メガネの少年は瞬時に分析する。

 

(被害を受けてる建物は、目測で4つか。建物の素材が木でない以上、火が周りへ広がる可能性は考えにくい。逃げ遅れた人々の非難を優先し、その後に鎮火を……)


 行動に移ろうと魔法を展開し始めた瞬間、メガネの少年は、を見つける。


 被害を受けている建物の中央。通りの真ん中。ボロけた格好をしている5、6人ほどの集団。

 通常であれば、街中で見かけたところで気にも止めない者たちだが、彼らの手に握られているものは、爆弾。

 今回の騒動の原因、それは、十中八九それを使用したものだろう。


「殺せ!俺らの痛みをこいつらにも与えるんだ!」


 集団の中の1人の男の合図とともに、別の男が爆弾を投げようと腕を上げる。その姿に、未だ近くにいる人々から再び恐怖の声が上がり———


「『水球ネイラ』」


 —――次の瞬間、彼らの体が、爆弾ごと巨大な水の水球に包まれる。


「〜〜〜!?」


 突然の出来事にパニックに陥るテロ集団。水中がためにうまく身動きを取ることができず、何人かは呼吸が続かず溺れ始める。そして苦しみもがく彼らの前に、メガネをかけた少年が歩みよる。


「クズども、あの世に送ってやるのはせめてもの慈悲だ。その苦しみを持って、己の罪を懺悔しろ」


 その声が、水中の彼らに届くことはない。

 聞こえるはずのないその言葉をわざわざ口にしたのは、その言葉に反応して、まだどこかに潜伏しているかもしれない仲間を炙り出すためだ。


「そんで苦しむ仲間を助けようとしたところをまた水に閉じ込めるってとこか。あいつやることえげつねーな」


 遅れながらも赤髪の少女が現場に到着する。


「まあ、アタシの助けは必要無さそうだし、ここはあいつに任せて逃げ遅れた人でも助けます、か———危ない!」


 少女が見たのは、水球の中にいるテロ集団の1人が、何かの起爆スイッチを押そうとしている瞬間。

 メガネの少年に向けて放ったその言葉をしかし、不幸にもその動作は他のメンバーの影に隠れてしまい、少年が気づいた時には、もう遅かった


「―――ッ!!」


 次の瞬間、2回目の爆発音が鳴り響く。

 再び建物が勢いよく崩壊し、崩れ落ちるその下には、逃げ遅れた人々の姿。そして―――


「「!」」


 同時に現れる、残りのメンバーたち。

 現れた約10名ほどの彼らの手にはライフルが、そしてその銃口は四方八方へと向けられている。


「あのメガネを狙え!仲間を助けるぞ!」

(まずい……!)


 現れたメンバーの持っていたライフルの内、いくつかの銃口がメガネの青年の方へ向き、そしていくつかは、以前として出鱈目な方向に向いている。


 この瞬間とき、両者は選択を迫られた。仲間か、国民か。


(あの攻撃を捌くのは問題ない。だがしかし、それでは目の前の市民が———)

(他のやつを助けるのは、アタシの魔法じゃ巻き添えの可能性がある!あいつを助けるためでも、あいつが自分のために魔法を使ったら無駄撃ちに———)


 先刻。もしも、2人が仲良くはならなくとも、お互いの魔法について話せるほどに打ち解けていたのなら、あるいはこの状況で瞬時に役割りを分担し、抜け出すことができたかもしれない。


 だがそうはならなかった。


 決断の時は迫る。緊迫するコンマ数秒のこの瞬間。両者が非情な選択を選ぼうとしたその時―――


「「!」」


 『奇跡』は、現れた。


 突如、その場にいる全員の眼前に広がったのは、巨大な木、植物群。

 急速に成長したそれらは、次の瞬間には逃げ遅れた人々を救い出す自然のバリケードへと変貌する。 崩れ落ちる建物の残骸をことごとく受け止めてみせるその木に、テロリストも、メガネの少年と赤髪の少女も目を奪われる。


 そして同時に、爆発によって発生した火災が収まりだす。


「な、なんで!」


 狼狽するのもしょうがないことだった。

 何せ、魔法を行使する少年と少女でさえ、今この場で何が起こっているのかがわかっていなかったのだ。魔法を使うことのできないテロリストが、理解できる道理などあるはずがない。


(――いや、魔法だ。間違いなく魔法。だが|少女(あいつ)じゃない。別のやつだ。)

(一体何処から?|少年(あいつ)じゃない。でも他の誰かが魔法を使うような気配なんて感じなかった。でも目の前のこれはどう見ても……)


 敵と同じく混乱する両者が答えに気づいたのは、ほぼ同時だった。


「―――ッ!なんだこれ!?」

「まさか……」


 前方、青々と広がる空の向こうから感じる圧倒的な魔力。

 両者は理解する。この魔法が、誰によって起こされたのか。


 急激な速度で迫り来るは、少女の心に高揚を与え、少年の心に感銘を生み出す。そして近づくにつれ、徐々に他の者たちも気づき始める。


 響く悲鳴は歓声に変わり、その場の人々すべてが、に敬愛の眼差しを向け、祈りを捧げる。

 テロリストたちは、持っていた兵器を地面に落とし、その存在の大きさに触れ膝から崩れ落ちる。


「……『その存在自体が奇跡を体現し、その者が行うあらゆる所作は、正しく現人神を体現するが如き姿』……ハハハッ!!何だよおい!噂以上じゃねーか!!!」

(ああ…そうか。このお方がーー)


 激しく興奮する少女と同じく、青年もまた昂る。


 『奇跡』が、その姿をあらわにする。何度も見た姿であるにも関わらず、少年の心には、初めて目にした時と変わらない感動が立ち込める。

 その様は、背後から刺される太陽の後光でさえも、彼が起こしたものだと錯覚してしまう。


「お二人ですね!」

「「!」」


 不意に、『奇跡』が声をかける。

 目の前で口を開いているにも関わらず、あまりの存在の違いから、本当に自分たちに話しかけているのかと疑ってしまう。


「話は聞いています。写真で見た通りです!」


 浮いている体が両者に近づき、より鮮明にその姿があらわになる。


 透き通るような白の長髪。青空を写したかのような澄んだ水色の瞳。修道服から見える穢れを知らぬ白い柔肌。見た者全てを、男女問わず魅了してしまう中性的な顔立ち。そしてそれら全てから放たれる神々しい存在感。


 その姿を前に、少女は猛り、少年は感涙する。

 柔らかな笑みを浮かべた『奇跡』は、再びその透き通る声を持って、言葉を紡いだ。


「初めまして!ヤコブ・シュリアム・ハルシオンと申します!」


 かくして、彼らは会合した。この先唯一、親友ともと呼べる存在と。



—――――――――――――――


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