6節 犬猿
アルカディアは、セントラルのある教会中央本部を中心に、他6つを加えた計7つの支部から成る巨大宗教国家だ。
そしてここ、アルカディアの中心であるローマ支部は、外敵から身を守るための丸い円形の外壁に、中には十字形の都市が形成されている。直径は、東西南北共に、約2000kmの長さを誇る。
更に周りの外壁には、強度を増すための魔術結界が編まれているという一大国家。都市の形を成している十字部分以外は、動植物溢れる場所となっている。
資源の枯渇している現在に置いて、これほどの規模の国を作ることは、まさしく現在の覇権国家たる所以に説得力を持たせるものとなっているだろう。
都市によって形成された十字の中央に位置するのが、文字通りセントラルという首都に当たる部分なわけだが、今回はそこから南端の都市の話。
「さあ買った買った!今日は良い鹿肉が入っているんだ!」
「ヨハネスブルク支部から送られてきた上質な鉱石で作られたアクセサリー!気になる子もこれでいちころだよ!」
商魂燃やす人々。
「今年こそ絶対〝聖天騎団〟に入団してみるさ」
「いいねー。俺も本部への昇進頑張らねーとな」
自身の将来を憂う人々。
「あそこの息子さん、ニューヨーク支部に移動したようね」
「まだ若いのに可哀想ね」
「いえ、何でも自分で志願したって話よ」
「どっちでもいいわ、非国民だったし、いいきみよ」
「それもそうね」
世間話に花を咲かせる人々。
「号外号外!教皇様が外の世界の探索に出発される!!他支部へではなく、外の世界の探索に!!」
「教皇様が不浄の地へ!?」
「あそこは蛮族の巣窟だ。教皇様にもしものことがなければいいのだが……」
そして、今回のヤコブの任務に不安を募らせる人々。
大勢の人で賑わうその街の名は、〝サウサーンシティ〟。ヤコブが〝英雄〟を探す旅の、出発点となる場所だ。
平和で微笑ましい日常が、そこには広がっている。過酷に晒されるこの世界で、尚も変わらぬ日常を送れているこの現状は、まさしく、教会とそれを作った魔導士の偉大さを表している。
そして、そんな和気藹々とした街中に例の2人はいた。
「『その存在自体が奇跡を体現し、彼の行うあらゆる所作は、正しく現人神を体現するが如き姿』ねぇ……」
「………」
サウサーンシティの中央大通りにある喫茶店。そのテラス席で、黒と青が基調となっている修道服に身を包んだ2人は、机を挟んで会話……と言うよりは、片方が言葉を投げかけているだけの、何とも言えないコミュニケーションをしていた。
先ほどから言葉を投げかけている片方は、褐色の肌にショートの赤髪という、勝気という印象を与えるような見た目をした少女。少し特殊な修道服なのか、履いているスカート部分の両端が開いており、足の可動域が通常よりも広くなっている。そのためか、修道服を着ているにも関わらず机のしたで足を組むという、素行の悪さを見せている。
それに対しもう片方は、少し青みのある黒髪、藍色のメガネをつけた少年であり、少女とは違い姿勢正しく本を読んでいる。修道服も少女のような特異性はなく、通常のものと同じ。その姿からは、敬虔な信徒といった印象を与えるものとなっている。
全くもって正反対の雰囲気を纏った2人。そこから出される雰囲気に当てられてか、先ほどから通行人が横目に両者を見ていく。
唯一両者に合っているとこがあるとすれば、どちらともそんな視線を気にしてないところだろうか。
「なんでも、魔導士がそいつを見るとあまりのスケールの違いに、無意識の内に畏怖の念を抱くらしいぜ?信じられるか?」
「……おい」
「しかも見た目は、男でさえも色を覚えるほどの美貌らしい。ここまで盛られると、いざその姿を見た時にガッカリしないか心配だな」
「おい……!」
「……何だよ」
メガネをかけている少年が、先ほどの無関心といった様子から一点、怒りをその表情に浮かべる。それに対し少女は、揶揄うようにニヤニヤしながら、少年に向かう。
「先ほどから黙って聞いていれば、『そいつ』や『ガッカリ』など……不敬にも程がある。貴様何様のつもりだ……!」
「あ〜でたでた、そう言うタイプね。まあさっきからずっと、教本読んでたし何となくは思ってたけど」
「そのヘラヘラした態度を止めろ。そもそも何だ貴様の修道服は。まさかとは思うが、自分で切ったわけではないだろうな?」
「おー切ったぜ。窮屈だったからな」
「……クズめ」
「あ?」
両者の間に、緊迫した空気が流れ始める。
その空気は、ただの殴り合いの喧嘩が始まるとったものとは違い、明確な殺意に込められたものだった。その雰囲気を感じ取ったのか、周りの通行人や他の客が、身の危険を感じ取って一気に距離を取り始める。
普通であれば、周りの反応に感化され自身の行いを顧みるであろうこの状況。しかし、そんなことなど一切意に介さず、2人の熱はさらにヒートアップしていく。
「この服の価値も知らず、自身の立場の重さにも気づかない。そんな愚か者ををクズと言って何が悪い?」
「てめーの意見なんて一切持たず、信じたいことだを信じる。そんなロボットみてーな頭よりかは何倍もマシだと思うけどな」
「……そうか、死ね」
「やれるもんならやってみろよ!!」
昂った感情が魔力となり、2人の周りに『色』となって湧き上がる。
魔力を強くする最大の要因は、人間の感情だ。怒りと言った極上の感情で構築された魔力は、両者の持っていた魔力を、何倍もの力に増幅させる。そして両者の高まった魔力が、ついに爆発―――
「……ん!?」
「!」
—――そう爆発した。両者の魔力でなく、別の何かが。
—――――――――――――――
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