5節 旅立ち
〝最悪の未来〟対策会談から一夜明けた朝。時刻でいえば8時を回った辺りのところ。
アルカディアのセントラル中央に位置する大教会。その広場に、朝早くであるにも関わらず、様々な位の信徒、及び「協会」所属の魔導士が揃っていた。
全ては、これから旅立つ、預言者を見送るために。
それら集団の中から数歩前に出た位置に、当の本人である
「〝サウサーンシティ〟ですか?」
「そうだ」
シュリアムの口にした言葉に対し、ヤコブが確認するように聞き返す。
サウサーンシティ。―――シャングリラ南方面に位置する都市の総称。
「昨日の会議で言った通り、まずは西側の探索をしてもらう。そしてそれにあたって、お前を守るための〝護衛〟をサウサーンシティに手配した。ヤコブにはその者たちと合流した後、サウサーンシティを出発してもらい北に向かって進んでもらいたい」
「捜索の進路は分かりましたが、別に護衛なんて必要ないですよ?」
「教皇様は心配ないかもしれませんが、私たちは心配です。教皇様の実力を疑うわけではありませんが、万が一ということもありますので」
「……分かりました」
オネストの言葉に、しかしヤコブは歯切れ悪く返事をする。その様子を見たオネストは、ふと昨夜2人でシュリアムと話した会話の内容を思い出す。
—――――――――――――――
「護衛……ですか?」
「ああ」
3人での会議が終わった夜。オネストは、シュリアムに指示された通りに再び礼拝堂を訪れ、今回の英雄探しに関する会話の続きをしていた。
「1人、わしのところから送ろうと思っているんだがな。そいつがちと正確に難ありの奴なんだ。そこでな、お前のところに真面目で評判のいい奴がいただろう?急で悪いんだが、そいつに連絡をとって―――」
「いや、いやいやいやいやいや。ちょっと待ってください」
淡々と喋るシュリアムに、理解が追いつかないオネストが顔を横に振って言葉を遮る。
「ん?どうした?」
「いや、こう言うのはあれなんですが……教皇様に護衛などいりますか?」
「……」
オネストの言葉は、何も間違っていない。
オネスト同様、幼い頃からヤコブと生活をした身として、だからこそシュリアムも言葉を詰まらせる。事実、今までヤコブが外の世界に出る際、護衛がついたことは無い。
「教皇様に護衛をつけるなど、それこそ足手纏いになってしまう可能性も考えられます。下手をすれば、それが原因で何か良からぬことが起こる可能性も―――」
「オネスト」
「!」
オネストの言葉を遮るように、シュリアムが低い声を出し、言葉を遮る。
「……〝最悪の未来〟か」
「?」
過去の預言者の記録に目を落とし、ボソッと呟くシュリアム。それを上手く聞き取れなかったオネストが、怪訝な表情になる。
「―――なあ、オネスト」
「!…はい」
「私も、随分と歳をとったな」
「……へ?」
身構えたオネストにかけらた言葉は、予想の斜め上をいくものであり、つい間の抜けた返事をしてしまう。
「正直、いつ死んでもおかしくないと思っている」
「?……貴方ほどの魔導士であれば、まだまだ長生きできると思いますが……」
「ははは。ありがとう。……だがな、自分のことだからか、何となくその時が近づいているのが分かるんだ」
「枢機卿……」
「だからこそ、最近考えることがあるんだ」
「考えること?」
「―――ヤコブに、何を遺せてやっているかをな」
「……」
その言葉の重さは、共にヤコブの成長を側で見たオネストだからこそ理解できるものだった。
「あの子が生まれてから16年。ずっと私たちと共にあったわけだが……それは同時に、私たち以外に心を許せる存在がいないということだ」
「……」
「唯一、ヤコブの魔法の師であったあいつがいるが……奴は人格に問題があるだろ?ちとヤコブを任せるには不安が残ると思わんか?」
「まあ……確かにそうですが……」
冗談ぽく話すシュリアムとは裏腹に、オネストはとても気分を合わせられる余裕はなかった。
〝最悪の未来〟という現実がある以上、シュリアム、及び自分が死ぬという可能性が否定できないからだ。
「……護衛というのは建前だ」
「……」
「それでも……何かあいつに残してやりたと思うのは、やはり間違いなのだろうかな?」
「……いいえ。親が子にその感情を持つのは、何も恥ずべきことではありませんよ」
「……すまないな。……………ありがとう」
—――――――――――――――
そして時は戻り現在。
オネスト同様に、シュリアムも昨夜の会話を思い出しながら、目の前のヤコブと対峙する。
「……ヤコブ」
「?」
きょとんとするヤコブの顔は、つい〝預言者〟であることを忘れてしまうほどに、何も知らない子供のようで、思わずシュリアムの頬が緩む。
「お前のことだ。おおかた、自分1人でも問題が無いのだから、わざわざ危険な外に誰かを連れて行く必要などないと考えているのだろう?」
「……はい」
シュリアムとオネストは知っている、彼が優しすぎることを。それが、今の世の中においては、決して美点になり得ないことを。
「……お前はまだ、本当の意味で孤独になったことがない。お前は行く先々で歓迎され、否定されたことがない」
「……」
「だがそれらは、全てアルカディア国内だったからこそだ。これからの旅は、そうでない場所にも訪れなければならない」
「……はい」
「これから始まる1ヶ月という旅の期間は、お前が思っている以上に、辛く、過酷な旅になる」
「そ、そんなにですか?」
「そんなにだ。もちろん毎晩連絡はするがな。……それでも、実際に誰かがそばにいるのといないのでは、心身にかかる負担が違う」
「……」
「護衛とは、お前の心の健康を護るという意味でもあるんだ」
「……はい」
「それに、護衛とはつまり旅を共にする仲間のこと。お前には、仲間の大切さも学んでもらわなければいけない」
「それなら、分かっていますけど……?」
シュリアムの言葉に、ヤコブは分からないといった顔で返答する。それに対し、シュリアムもまた子を可愛がる親のように返す。
「いいや、お前はまだ何も分かっていないよ」
「え?」
「それに気づくための旅でもある」
「……分かりました」
返事はすれど、府には落ちない。
「まあ安心しろ」
「?」
不意に、周りに聞こえないよう、シュリアムがヤコブの耳元に口を近づける。
「―――護衛につくのは、皆お前と同年代だ」
「!」
ヤコブの心が、高揚する。
「そ、それは―――」
「ヤコブ教皇。お前はまだ若く、人々の上に立つことがよく分かっていない。今回の任務は、その能力を鍛えるという側面もある」
ヤコブが確認しようと口を開いたところを、わざと周りに聞こえるよう、より大きな声でシュリアムが掻き消す。
それは、周りに本心を悟られないために建てた、心の壁。
「私とオネストが与えた2人の部下と共に、見事此度の大命を果たす様に」
「……」
「分かったか?」
「……はい!」
シュリアムの言わんとしていることを、ヤコブは理解する。彼らの間に、直接的なやりとりは必要ない。足りない分は、今まで培った信頼が埋めてくれるからだ。
「それじゃあ……気をつけて行きなさい」
「行ってまいります」
お辞儀をし、ヤコブは振り返り走り出す。そして勢いをつけたまま思い切り地面を蹴り上げ、そのまま体を宙に浮かせて進む。
同時に、トランペットの音が鳴り響く。それを契機に、他の楽器も音を鳴らし始め、やがて一つの雄大な形へと成していく。
端的に言ってしまえば、預言者という存在の偉大さを国民に刷り込ませるためのプロパガンダなのだが———
「……」
……いつもは恥ずかしく思うその合唱も、何故か今回だけは、少し寂しく感じた。
—――――――――――――――
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