4節 予兆
過去の預言者の記録。
そのページをめくりながら、シュリアムは言葉を紡いでいく。
「何度か目を通したことがあるが、その中で一度だけ、今回のケースに当てはまる事例があった」
「本当ですか!?」
「ああ。……そして、これがその事例だ」
二人に見やすくするように本の向きを変え、開いたページを両者に見せる。
「これは……」
「〝第一次魔導大戦〟ですか?」
オネストの言葉に、シュリアムが頷く。
第一次魔導大戦―――6000年続く魔法史史上、最悪の戦争と呼ばれる出来事であり、その実情を知る一部の者たちからは、最初の世界大戦ともよばれた戦い。
「人類滅亡一歩手前とまで言われたこの戦争。その戦争を終わらせたのが、当時の預言者ともう一人―――〝英雄〟と呼ばれた存在だと、この文献には書かれている」
「英雄……」
ヤコブにとっては、初めて耳にしたその存在。にも関わらず、何故かその言葉は、心にスッキリとはまった。
しかしヤコブと違い、いまいちピンとこない様子のオネストは、シュリアムに質問を投げかける。
「一体、何なのですか、その〝英雄〟というのは?」
「さあな……。実際、この話がどこまで本当なのかは分からん。正直、誇張されている部分もあるはずだ。特にこの辺りの魔法史は、今と比べてあまりにもレベルが高すぎるからな」
「ですが、かける価値はある。……ということですよね?」
「ああ」
シュリアムがヤコブの言葉に頷く。
魔法の歴史というのは、魔法そのものの神秘性、および不明瞭さから曖昧な部分が多い。
実際、預言者と呼ばれた存在も、その記述の曖昧さから、ヤコブが生まれてくるまでは、懐疑的に見られる意見が多かった。
しかし、様々な預言者に関する議論をあざ笑うかのように、
「―――この本によると、〝英雄〟と呼ばれた者は、その才を預言者によって見いだされたとされている。預言者にしか分からない何かがあるのかもしれない。だからこそヤコブ、お前には、その捜索をお願いしたい」
「はい、わかりました」
「しかし、大丈夫でしょうか?」
「何がだ?オネスト」
疑問を口にしたオネストに、シュリアムが反応する。
「いえ、過去にもそうでしたが、預言で見た未来がいつ起こるのかは分かりません。〝英雄〟と呼ばれた者の目星が付いていない以上、教皇様がいつ戻って来られるのかは不明です。もしも、ヤコブ教皇不在の時に今回の未来が来た場合、我々だけで対処できるかどうか……」
「そこについては考えている」
「え?」
オネストの抱く心配に、しかしシュリアムはさらりと答えて見せる。
「オネストの言う通り、長期的なヤコブの不在はあまりに危険だ。だからこそ、期限を設けるつもりだ」
「期限……ですか?」
「そうだ」
ヤコブの言葉を返しながら、シュリアムが量の手のひらを合わせる。すると、やにわにシュリアムの体が緑色に光だし、それに呼応するようにシュリアムも自身の手のひらを離していく。
瞬間、まるで巻物を広げていくように、魔力によって生み出された世界地図が現れた。
「……ここまでだな」
現れた世界地図にシュリアムが指をさし、そこにヤコブとオネストが目を向ける。
「分かってるとは思うが、今の世界情勢は単純だ。細かな差異はあれど、西側が我らアルカディアの領土であり、東側がパスリエ帝国の領土だ。そしてヤコブには、我々の領土である西側、パスリエ帝国との境界線一歩手前までを捜索してほしい。期限は、そうだな……一か月でいいか?」
「問題ありませんけど……東側はいいんですか?そっちの方にいる可能性も考えるなら、今回の捜索で東側も行った方がいいのでは?」
「ゆくゆくは東側も捜索するが、一旦西側だけだ。それに、何の通達も無しに東側にヤコブが行けば、侵攻の疑いが持たれ、奴らに開戦の動機を与えかねん」
「それに、パスリエ帝国内にはアルカディアの間者がいます。見つけるとまではいかないかもしれませんが、情報だけでも入手できる可能性は十分にありますよ」
シュリアムの説明に、オネストが補足のような形で付け加える。2人の説明を聞いたヤコブは、「なるほど」と声を漏らした後、納得したように首を縦に振った。
「分かりました。では、私はこれから〝英雄〟捜索の任にあたり、しばらくアルカディアを離れます」
「ああ。国内のことは任せてくれ。ヤコブが帰ってくるまでは、持ちこたえてみせよう。もちろん、ピンチの時は助けを呼ぶがな」
ハハハ、と笑いながらシュリアムが言う。おぼろげではあるが道が見えたことで、少しだけ緊張が緩んだのだろう。
多少気の緩んだシュリアムに対し、オネストは以前として緊張した面持ちで口を開く。
「念のため、パスリエ帝国が侵攻することも想定して前線警備を強化しておきましょう。それと並行して、起こりうる……最悪の未来とでも言いましょうか、その原因も探していきます」
「僕も、何かしら関係がありそうな情報があれば、すぐに連絡します」
ヤコブとオネスト、二人の発言にシュリアムが頷く。
「よし、やるべきことは決まった。それではヤコブ、早速で悪いが出発の準備をしてほしい。出発は明朝。長旅になるだろうから、支度はしっかりとな」
「はい、分かりました」
「準備ができ次第、報告してくれ。そしてオネスト」
「はい」
「今回の話し合いの結論を、各教会支部の司祭へ通達してくれ。そしてそれが終わったら、少しこの後のことについて打ち合わせをしたいことがある。終わり次第ここに戻って来てくれ」
「分かりました」
「それでは、今回の話し合いはここまでとする。各々、今言った指示を下に行動に移ってくれ」
「「はい!」」
シュリアムの言葉に両者がうなづいた後、3人はそれぞれの仕事に取り掛かるために、礼拝堂を後にした。
―――――――――――――――
誰もいない木造の廊下を、ヤコブが1人歩いていく。
旅の支度のために自分の部屋へと向かう途中。
彼の部屋は、預言者という偶像の格を保つため、一般の者は立ち入ることができないよう離れた場所に置いてある。そのため、中央本部であるにも関わらず人気が無い。
「………」
預言者としての重圧、そして自身の立場からくる責任からか、一歩踏み出すことに自然と体に力が入る。実際に
—――『不浄な地も、教皇様には関係なしか……』
ふと、数時間前降り立った広場にて信徒が言っていた言葉を思い出す。
「……絶対に救って見せる」
その言葉をかき消すように、自身を奮いだたすように、言い聞かせるように言葉を出す。失敗の許されない任務に、全力で取り組むために。
突如、廊下から見える庭園の植物が淡い光に包まれる。そしてその輝きは、庭園だけでなくヤコブが歩いた木造の廊下にまで広がっていく。
それらの輝いた材木から新芽が出始めた。出たばかりの芽は幹を作り、ツボミは花となって開花する。
無意識の内に、ヤコブの体からでていた魔力に触れたために起こった現象。それは、命を活かし、育む魔力。―――人類を救う、
おそらく、これが彼の人生が狂い始めるキッカケだった。
―――――――――――――――
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