3節 最悪の未来
「火の海か……」
「はい」
「……」
場所は変わらず礼拝堂。教壇を囲むような形で、オネストとシュリアムは、ヤコブの予知夢に耳を傾けた。
そして、ヤコブの口から説明された内容に、2人は口を閉じてしまう。
ヤコブによる予知夢は、何も今回が初というわけではない。
過去にも、予知夢によって確認した未来に起こる数々の災害を、彼らは対処し、回避してきた。
だが今回のは、それらの経験を以てしても深刻にならざるを得ないほどに、〝最悪の未来〟だった。
「……何より厄介なのは、やはり原因不明という点でしょう」
沈黙を、オネストの言葉が破く。それに続くように、シュリアムも口を開いた。
「何故そう思う?」
「過去の事例では、何かしら災害が起きる際、必ず、なだれや地震、あるいは何かしらの人的要因といったように対処すべき要因が分かっていました。……しかし、今回分かっているのは、アルカディアが火の海に包まれているということのみ。何故火の海になったのか、その理由は何も分かっていません」
「確かにそうだな。……これでは、対策の立てようがない」
オネストの発言に、シュリアムが返答する。そしてそれに続くように、オネストが再び口を開く。
「一番考えられる可能性としては、パスリエ帝国による侵攻でしょうか」
「「……」」
オネストの言葉に、ヤコブとシュリアムの2人は口を閉ざしたまま、この場の空気がより重くなる。
パスリエ帝国―――今現在の世界において、二大大国の一つとして、唯一アルカディアと肩を並べる巨大軍事国家。
シャングリラの様な魔法とは対をなす、旧世界の産物である兵器をメインとした武力国家だ。
互いに相反する思想を持っているが故に仲が悪く、現在両国は、にらみ合いの続く冷戦状態となっている。
「彼らの所持する武器は、我らの使う魔法と違い単純なものではありますが、その分、誰が使っても同じ威力を発揮する特徴があります。今は大丈夫ですが、万が一奴らが全軍を挙げて進行するようなことがあれば、負けることはなくとも我が国は無事で済まないでしょう」
「順当に考えれば、確かにそれが一番ありえるな」
「……」
「どうかしましたか?ヤコブ教皇」
ふと、腑に落ちない様子のヤコブに気付き、オネストが声をかける。
「いえ、確かにそれもありえるのですが、ただ少し……」
「何だ?言ってみなさい」
言葉を濁すヤコブに、シュリアムが発言を促す。
逡巡、そして口にしないよりは、言った方が良いと判断したのか、ゆっくりと口を開く。
「先ほど、僕が見た予知夢では、皆が苦しみ、そして何かに怯えるように逃げている光景が映ったと言いましたよね?」
「ああ」
「実はその中には、パスリエ帝国の人たちも含まれていたんです」
「「!」」
アルカディアと敵対しているはずのパスリエ帝国の国民が、夢の中で怯え、苦しんでいる。
それはつまり、オネストとシュリアムが予測したパスリエ帝国の侵攻を否定するものに他ならない。
「……いや、単純にその場が戦場になっているがために、帝国の人々の苦しんでいる姿も見えただけでは?」
「もちろんそれもありえます。ただ……」
瞬間、ヤコブの脳内によぎる、予知夢で見た“地獄の光景”。
そして今一度思い出される、人々が見せた苦痛と恐怖に支配された表情。泣き叫び、逃げまどい、絶望に歪ませた人々の姿は――
「……とてもじゃないですが、戦っている様には見えませんでした」
「「……」」
ヤコブの言葉を受け、シュリアムとオネストが頭を悩ませる。実際に予知夢を目にしているヤコブの意見である以上、無視できるものではない。
「……もしも、今のヤコブの発言が当たっているのだと仮定するのならば、今回来る脅威は、我々と帝国、両方を脅かすほどのものということか」
「……おそらく」
ヤコブの言葉に、シュリアムがため息を零す。
二大大国と呼ばれている様に、現在の世界の覇権を握ってるのは、アルカディアとパスリエ帝国の二か国だ。もっと言えば、この二か国以外は、存在していないと言っても過言ではないほどに、他の国々とは国力の差がある。
そしてその二か国が滅亡してしまうという可能性。それはつまり、何千年と繋いできた人類の灯が消えること同義だ。だからこそ、彼らが抱く未来への不安も余計に煽がれてしまう。
「……持ってきておいて良かったな」
重い口を開けたシュリアムが、手に持っていた本を教壇の上に置く。
「これは?」
「記録だ。いつ書かれたのかは分からんがな」
オネストの質問に答えつつ、シュリアムが本のページをめくり出す。
「記録って…何の記録ですか?」
「過去の預言者に関する記録だ」
「「!」」
ヤコブと同じ、過去の預言者に関する記録。もしかすれば、今回の様な事例が過去の預言者の際にもあり、そしてその時どのように対処したのかが記録されているかもしれない。
今の状況においては、まさしく希望になりうる存在だ。
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