2節 お義父さん

 そこはまさに、俗世から隔絶された場所だった。

 先ほどまで騒がしかった広場のような声は一切聞こえず、二人の歩く足音だけがその場には響き渡っている。

 壁や通路には、所々に細かな装飾が施されており、等間隔で天使を模したような像が配置されている。


 何より目を引くのは、上部の窓に描かれた数々のステンドグラスだろう。見るだけで人々を感涙させてしまうそれは、今から千年以上も前に作られたものだという。にもかかわらず、未だにその輝きを失わないのは、文字通りこの場が外とは違う空間であるというのに説得力を持たせている。


 アルカディア中央都市―――通称「セントラル」にある強大な礼拝堂。

 ヤコブとオネストの2人は、ステンドグラス越しにかかる月の光を浴びながら、赤い絨毯のひかれた中央の通路を歩いている。

 そして彼らの歩く先にある壇上の上には、一際大きな女性の像と向き合っている、2人を背にした男の姿があった。


 ヤコブの表情が、子供のように晴れやかなものへと変わる。


「お義父さん!!」


 礼拝堂の雰囲気に合わない大きな声が響き渡り、白い顎髭が特徴的な老人―――「お義父さん」と呼ばれた男が振り返り、二人の方を見る。

 そして自身を呼んだヤコブの姿を見るや否や、ヤコブに義父である男は優しい表情で言葉を紡いだ。


「おお、久しいな、ヤコブ」

「はい!お久しぶりです。ただいま戻りました!」

 

 ヤコブが胸に手をあてて、おじぎする。それに対し、義父は「楽にしてよい」と声をかけ、それに従いヤコブも姿勢を楽にする。


「どうだ、最近は?」

「まだまだ未熟なところもありますが、何とか頑張ってるって感じです」

「そうか、それは良かった。……時にヤコブよ」

「はい」

「さっき私のことを『お義父さん』と呼んだが、こうした公的な場でそう呼ぶのは辞めなさいと言っただろう?」

「あ、すみません…」

「今となってはお前の方が立場は上だ。人前でなかったから良かったが、指導者の素質というのは、日頃の行いから出るものだ」

「はい…」

「……まあ、今回に関しては、私も久々にお前に会えて嬉しい。次回から気をつける様にな」

「!……はい!お義父とう……じゃなくて、!」

「うむ」


 シュリアム・グラン・リズム—――現教皇であるヤコブの義父であり、アルカディア国内においてナンバー2の地位である「枢機卿」の役職を持つ男。この国を創設した張本人でもある。

 赤ん坊の頃に親を失ったヤコブを我が子の様に育て、そしてヤコブも実の父の様にシュリアムを慕っている。


 数ヶ月ぶりに出会ったこともあり、和気藹々となる2人。すると、その様子を見ていたオネストがため息交じりに声を発した。


「ヤコブ教皇……ここは、礼拝堂です。大きな声は控えてください」

「う…すみません」


 オネストの言葉に、ヤコブが体を小さくする。権威主義な「教会」において、司祭よりも上の立場であるはずの教皇が説教をされている様子は、彼らの間でしか見れない光景だ。


「まあまあ、オネスト。ここには私たちしかいない。多少は大目に見て―――」

「ダメです。第一枢機卿、貴方も、今現在の立場だけでいえば教皇様より下なのですから、呼び捨てなど礼節をかくようなことは控えてください」

「ハハハ、私も説教をされてしまった」

「上の者の過ちを正すのも下の者の役目ですから」

「……でも、何だか安心します」


「「?」」


 ヤコブの言葉に、シュリアムとオネストの二人が疑問符を浮かべる。


「あ、いや…単純に、オネスト司祭は元々僕の教育係でしたから。最近の僕に対する態度よりも、今みたいに説教されてる姿の方が安心できて……」

「ヤコブ教皇……どうやら疲れが溜まっているようですね」

「え!?」

「ハハハ。確かに、ヤコブが教皇になってからかれこれ半年。未だ慣れない部分もあるだろうに、その身にかかる重圧もある。疲れが溜まりおかしなことを口にしていまうのもしょうがない」

「枢機卿まで!? 」


 ヤコブ自身、何もおかしなことを言ったつもりは無かったのだが、二人の反応を受け、少しばかり恥ずかしさが込み上げてくる。


「そ…そんなにおかしかったですか?僕の発言」

「……失礼を承知の上で進言しますが、普通説教される姿を見て安心するような人はいないかと」

「そ…そんな」

「まあヤコブからすれば、その光景も大事な思い出での一つであるからな。安心感に近いものを感じるのは理解できなくもない」

「枢機卿……!」


 多少なれど理解を示すシュリアムに、ヤコブが敬愛の眼差しを向ける。

 そんな二人のやり取りを見て、再びため息交じりにオネストが口を開く。


「シュリアム枢機卿…先ほど礼節をわきまえるように言ったはずですか?」

「うっ…」


 シュリアムの額に冷や汗が浮かぶ。


「ハハハ。いやー……分かってはいても、なかなか治らないもんだな」

「笑っている場合ではありませんよ。……まあ、お二人の関係上、こういった場では目をつむりますが」

「ふふふ」

「「?」」


 ヤコブの笑みに、二人の視線が再び集まる。


「オネスト司祭のそういうところも、僕好きです」

「……っ」

「ハハハ、今度はオネストの番か」


 中性的で端正な顔つきのヤコブの笑顔を受ければ、例え親しい仲であろうと心臓に悪い。

 ヤコブの素直で率直な言葉に、オネストが赤くなった顔を隠そうと後ろを向く。そして、それをシュリアムが揶揄い、ヤコブが微笑む。


 彼らにとっては、今までのやりとり全てがいつもの光景であり、10年近く生活を共にした三人の関係性を顕著に表したものだ。


「……さて、それじゃあ歓談は此処までとして―――」


 シュリアムが、パン、と手を鳴らしヤコブとオネストの注目を集める。


 —――そして、


「―――人類救済の話を始めよう」


 まだリーダーとして不慣れなヤコブに代わり、現枢機卿―――もとい、であるシュリアムによって、話は本題へと移っていく。



—――――――――――――――


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