第1章

1節 予知夢

 それは、まさしく火の海だった。


 空は黒く染まり、町は燃え、ことごとく崩れ落ちる。

 ある者は恐怖や怒りを表情にのせ、またある者は慈悲の悲鳴を上げる。


 まさしく、地獄という言葉が似あう光景。


 僕の目測に過ぎないが、恐らくこの場で生き残れる人は、誰一人としていないだろう。


 

 そして僕は、この最悪の未来から人類を守るために戦う、〝預言者〟だ。



―――――――――――――――



 西暦2321年。


 人口増加や環境問題、経済不調に紛争地域の拡大など、度重なる問題の解決を先延ばしにした結果、人類の生活圏、及び文明は衰退の一途を大きくたどっていた。

 数百年前まで大きく力を持っていた数々の大国も、政治不信による国民のデモやその影響によって出現した新興国、その果てに起こった世界規模の戦争により、遂には消滅という最期を迎える。

 今や世界に残された人々は、その日を生き抜くのに精一杯であった。


 そんな絶望的な中、人類を救おうと台頭したのが、魔法を使う存在―――〝魔導士〟だった。


 彼らは、魔法という、それまでフィクションの中でしか存在しえなかった力を使い、絶望の中にいた人々を次々と救い、助けていった。

 その行いに人々は感謝し、そしてその力と存在に大いなる敬意を払い、崇めたてた。同様に魔導士たちも、その声に応え残された人類を救うため、最後の希望となるべく聖域を作りだす。


 その名は、〝アルカディア〟。

 神の教えの下人々を導き、救うために活動する。今現在の世界に置いて最も強大な力を有する国の一つに数えられる、巨大宗教国家である。



―――――――――――――――



「夢…?」

「はい。おそらく〝予知夢〟です」


 月明り差す厳かな雰囲気の漂う廊下の真ん中で、黒と白を基調とした修道服を身に纏っている二人の男が、歩きながら会話をしている。

 敬語を使っている片方は、眼鏡をかけた目つきの鋭い中年の男であり、もう片方は白い顎髭が特徴的な老人の男。身に着けている装飾や敬語を使われていることから、老人の方が地位の高い人物だというのが見て取れる。


「先ほど、ロンドンに在任していたから連絡がありました」

「何と言っていた?」

「……が見えたと」


 ピタリと、その言葉を聞いた老人の足が止まる。


「……そうか。しては今何をしている?」

「こちらに向かっておられます。教皇様ならば、ロンドンからここまで1時間もかからないでしょう」

「……噂をすればだな。迎えに行ってやりなさい」

「はい」


 突然騒がしくなった外に目を向けながら、その老人はひと言漏らし、もう一人はお辞儀をした後、この場を後にした。



―――――――――――――――



 アルカディアの中心にある巨大な教会。その広場に、は降り立った。


 透き通るような、肩まで届く白の長髪。青空を写したかのような澄んだ水色の瞳。穢れを知らぬ白い柔肌。見た者全てを、男女問わず魅了してしまう中性的な顔立ち。そしてそれら全てから放たれる圧倒的な存在感。

 例え彼の立場を知らないものが見ても、思わず足を止め三度振り返るであろう姿を持つその人物は、現アルカディア教皇にして〝預言者〟として生を受けた少年―――ヤコブ・シュリアム・ハルジオン。


 広場にいた、アルカディアを統括する組織「教会」に所属する信徒たちは、突然現れた『奇跡』の存在に動揺する。


「あの方ってまさか……」

「今はロンドン支部にいるんじゃ……」

も、教皇様には関係なしか……」


 三者三様に呟く周りに、ヤコブは少しばかり眉を顰める。

 すると、徐に横から声がかかった。


「―――相変わらず、貴方が来ると騒がしくなりますね」

「!」


 声の聞こえる方を向けば、そこにいたのは、目つきの鋭い中年の男。


「ロンドン支部への赴任ご苦労様でした。ヤコブ教皇」

「そちらこそ、息災なようでなによりです。オネスト司祭」


 昔からの間柄である二人。自然と、両者の表情が明るくなる。


「積もる話もありますが、今は急を要します。がお待ちです。こちらへ」

「分かりました」


 柔らかい態度はそのままに、しかして一定の緊張は保ったまま、2人はざわつく広場を後にした。



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