救済予知夢の創世譚《プリクエル》

吉越 晶

序章

誕生

 その日、『奇跡』が生まれた。


「「おぎゃあ!おぎゃあ!」」


 騒がしく繰り返されるその声に、ある者は涙を流し、またある者は祈りを捧げた。


「こちらです!教皇様!」

「ああ」


 部下に連れられ、教皇と呼ばれた老人がその聖域に足を踏み入れる。


「「おぎゃあ!おぎゃあ!」」


 そして目にする。今まで感じたことがないほどに白く清い魔力を持った『奇跡』の姿を。


「………!」


 生まれたての乳児に対し、初めて教皇と呼ばれたその老人は、息を呑んだ。


 壁画に描かれた神のごとく白き髪色に、青空を収めたように青く澄んだ瞳。穢れを知らぬその肌色は、見る者に潜む邪心を消し去ってしまうほどの様を持つ。


「教皇様。どうぞ」


 『奇跡』を産み、息を切らしている母親が、その乳児を差し出す。それに対し、教皇と呼ばれた老人は、神々しく輝くその肌を汚してしまわないかと、抱くのを躊躇する。


「さあ……」

「………」


 あまりにも完璧な存在は、見る者にある種の恐怖を与えてしまう。

 促され、少しの恐怖と共に、教皇と呼ばれた老人は、その乳児を抱き上げる。


「「おぎゃあ!おぎゃあ!」」

「………っ!」


 生命の神秘を目の当たりににしたからか、それとも『奇跡』の存在にあてられたからか、力一杯産声を上げる乳児同様、教皇と呼ばれた老人も、その目に涙を浮かべる。

 しかし、その様を宥める者は誰1人としていない。その場に居合わせた全員が、同じ感情を抱えているのだから。


「……った」

「?」


 ふと聞こえたその声に、この場の全員が耳を傾ける。


「良かった……本当に良かった……!」

「教皇様……!」


 その言葉に、再び全員が大きな涙を溢す。

 60年目指し続けた悲願。200年に及んだ人類の苦しみも、『奇跡』の誕生を持って遂に終わりを迎える。



 ―――そう、誰もが思っていた。



「「おぎゃあ!おぎゃあ!」」

「………?」


 ふと、が聞こえた。


「………」


 教皇と呼ばれた老人が目を向けたのは、母親が横になっているベッドの向こう側。

 そこから感じる、生命を脅かすような、ドス黒い魔力を溢れ出している


「?……?」


 顔を覗かせ、視界に捉えたのは、抱き抱えている『奇跡』と瓜二つの赤ん坊。ただし、真っ黒な髪色と、正反対の魔力の性質を持った新乳児。


「……この子は……?」


 教皇と呼ばれた老人の質問に、母親を除いた全員が顔を引き攣らせる。まるで、触れてほしくなかった秘密を親に問い詰められたといった様子で。


「この子は、今教皇様が抱えている子のです!」

「……おとうと?」


 満面の笑みで、弟と呼ばれたを抱える母親に、しかし教皇と呼ばれた老人は表情を固める。


「はい!きっと……その子と同じく、優しく育ってくれる子です!」

「「おぎゃあ!おぎゃあ!」」


 生まれたての乳児に対し、初めて教皇と呼ばれた老人は、恐怖を感じた。


 死神の鎌を喉に突きつけられているかのような、命の終わりを実感させる禍々しい魔力。


「………っ」


 教皇と呼ばれた老人は理解する。何故この場の誰も、生まれてきたのが双子であったことを教えてくれなかったのかを。


 何故彼女が自分に向ける視線の中に、希望に縋るような、何かを訴えるような思いが込められているのかを。



 自身に求められるのが、どういった判断なのかを。



「教皇様!どうか…こちらの子も抱いてください!」

「………」


 親とは、誰よりも我が子に対する敵意を感じ取る生き物だ。


「教皇様!どうか……どうか……!」

「………」


 だからこそ、彼女は悟っていたのだ。弟に向けられた皆の視線が、兄のものとは真逆のものになっていることを。


「……教皇…様……!」

「………………すまない」


 この子に待ち受けるのが、どのような結末なのかを。





 西暦2305年。『奇跡』の子―――〝預言者〟誕生。

 神の代理人として、人類を救うために現れるとされる〝預言者〟の誕生に、国民全員が歓喜した。

 そして国も、〝預言者〟に世界を救ってもらうべく、あらゆる費用総出で彼を育て上げた。


 全ては、ただ一つの悲願。『人類救済』のために。



 それから16年後。彼―――〝預言者〟に一つの転機が訪れる。



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