決闘 2

 黄昏時。

 赤く流れる空を背に森の中、巨木の間を縦横無尽に駆け回る二つの影。

 

 その影は幾度となくぶつかり合い、轟音と衝撃を辺りに散らしていく。

 それは、まるで災害のようで森の一部が更地と化した。


「おいおい、タイムさん。環境破壊はよくねぇぞ」

「ふん、安心しろ。いくら壊そうが、貴様さえ切れば世にとってはプラスだ」

「おぉ、超毒舌」


 そう軽口を言い合いながら破壊の限りを尽くす二人。拳を放てば大地が砕かれ、刀を振れば木々が伐採されていく。


 それが暫くの間続き、二人の周りには見るも無惨な景色が広がっていた。


 その惨状を見た夜空は、


「やっべぇ……、後で婆さんに殺される……」


 一人、怒ると般若のようになる育て親の顔を思い出し青ざめていた。


 タイムは、それを好機と凄まじい健脚で間合いを詰める。

 

 そして、美しく描かれる横一文字。

 仕留める気で放った、渾身の一撃にタイムは勝利を確信した。


 ──だが。


 刀の軌道の先、彼女の目に映ったのはありえない光景だった。


 彼女の目の前にいたのは無傷で佇む夜空の姿だった。

 

 それどころか未だ、何かを考えるようにうーん、と頭を捻っていた。まるで斬られたことを理解していないかのように。


「なぜ切れていない……?」


 当然の疑問。

 タイムの手には確かに斬った感触があった。

 だが、目の前の男は少し服が裂けているが、肉体には傷一つ無い。


(目に反応はない。つまり奴の素の肉体強度が、私の一撃を上回っているということか?)


(ありえない…)


 そんな言葉にタイムの頭の中が一瞬、埋め尽くされる。しかし、すぐに正気に戻り、その場を後退し、体制を整えた。   


 そしてタイムは今一度、目の前にいる少年の姿を観察する。


(異能による身体強化は使っていない。なのにも関わらず、全ての能力が異常に高い。そして何よりも、奴の体から漏れ出るような莫大なエネルギー……)


「貴様、本当に人間なのか?」

「ん? いきなりなんだよ、タイムさん」

「一体どうして、異能も使わず私の攻撃を受けて無傷でいられる?」

「あぁ、すまん。そういことか」


 タイムの言葉に、夜空は納得したようにポンっと手を叩く。


「それは単純な事だ、タイムさん。生まれつき俺の身体は頑丈で、あの程度の攻撃いくら喰らっても大丈夫ってだけだ」

「……あの程度だと?」


 夜空の明らかに相手を舐めている発言を聞き、タイムはピシャリと動きを止める。


 その姿を見た夜空は、ハァ……、と深いため息をつく。


「ハッ、呆れたよ。アンタは本気で特殊異能も使わず。単純な身体強化のみで俺の事を倒せると思ってたのか? こっちは、ほんの小手調べかと思ってたんだぜ?」


 露骨にがっかりとした表情を浮かべた夜空。


「まぁいいや、タイムさん」


 少し冷たく、まるで捨てるように言い放たれた言葉。


 その言葉で止まっていたタイムは気を持ち直し、顔をあげて夜空を強く睨む。


 そして、怒りを込めて叫ぶ。


「ふざけるな! 私は──!?」


 だが、その叫びは突如目の前に現れた手によって胸ぐらを掴まれた事によって遮られる。


 それは、タイムの目でも捉える事ができない速度で移動した夜空の手。


「遠吠えは、これに耐えた後に聞いてやるよ」


 冷たい夜空の声がタイムの耳の中に響く。

 そして、夜空の手によってタイムは猛烈な勢いで地面へと叩きつけられた。


「ガッ!!!!?」


 激しい振動が周りにある木々を吹き飛ばし、空高く舞う砂塵が、暮れの光を奪っていく。


 そして衝撃の中心、強烈な一撃によって作られたクレーターの中で血を吐き倒れるタイム。


「ま、耐えられるわけもなかったか」

 

 そう言って夜空はユリウスの元まで運ぶ為、倒れるタイムの身体へと手を伸ばした。


 だが、それを阻むように夜空の手首が血濡れた手に掴まれる。


「へぇ、耐えたのか」

「まだ、だ」


 それは、タイムの手のひら。

 満身創痍、されど目には確かな輝きが宿り、血濡れた手には底知れない力が込められていた。


「すげー、力だな。やっと本気になったのか?」

「あぁ……。それより、先の言葉、覚えて、いるな……?」


 まるで挑発するように、笑みを浮かべながら問いかけるタイム。


「ハッ、当たり前だろ。しっかり聞かせてくれよ、タイムさん。負け犬の声ってやつを、な」


 それに対し、夜空もまた笑みを浮かべ、煽りを含んだ言葉を返す。


「は、返す言葉が、ないな。だが、安心しろ。ここから先は、貴様を退屈させる、ゴホッ、事はない」


 口に溜まる血を吐きながら、辿々しく話すタイムは、突然夜空の手を離し、側に落ちる愛刀を撫でた。

  

 そして、柄を強く握りしめ、解放の言葉を囁いた。

 

刻異武装こくいぶそう【フォーマルハウト】起動」


 すると、刀身が膨大な光と熱を放ち、タイムを飲み込みんだ。


「コイツは、とんでもねぇもんが出てきたな……」


 その光を捉えた瞬間、瞬時に退避した夜空は、その余りの光量に目を細め、言った。

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