第1話 違法から正規への道

ここは東京の歓楽街の裏手。表ではネオンライトが光る街で人々が女や酒に溺れ、経済を回している。

しかし裏では、危ないおクスリに溺れる浮浪者やそれを売る組織の人間などのならず者たちが回しちゃいけない経済を回していた。


そこに一人の男が現れる。細い道をならず者たちは男のためだけに開ける。

たとえハイになっている奴でも男の事を理解できた。それだけ異質な服装をしていた。


模様が対象的な仮面、黒いコートにフード。手には仕事で手に入れた代物を収納するための袋を持っている。

男は「フンフンフン〜♪」という鼻歌を歌いながら、道を歩いていた。


しばらく歩き、BAR「ENDNESS」に入る。

中には明らかにガラが悪そうな奴らがタバコを吹かし、自信の武器を手入れし、関わっちゃいけないような取引をしている。

ここは犯罪者御用達の特別なBARなのだ。


男はそんな場所でも慣れた足並みでカウンターに座り、このBARのマスターに話しかける。


「戻ったぞクソ野郎〜」

「……うん。もう慣れた」

「いいからさっさと確認してくんない?言われた通りの品だよ」


マスターは少し怪訝そうな顔をしながら袋の中を確認する。

そこにはたわわに実った果実と液体が入った一本の瓶、いくつかの魔石があった。


「依頼通り。深層のフォレストゾーンから”魅惑の果実”、下層の階層ボスが一匹からドロップする”上級ポーション”。後は依頼外で集めた上等な魔石。それは換金して俺に頂戴」

「相変わらず仕事が早いな”エンド”。なんで一日で下層と深層行って帰ってこれるんだよ。疲れないのか?」

「疲れないわけがないでしょ。……まぁ経験だよね」

「経験様々だな。はいこれ、魔石の代金とウイスキーだ」


カウンターに札束とウイスキの入ったグラスが置かれる。エンドは札束を懐にしまい、グラスをそっと隣の男に渡す。


「俺一応未成年なんだけど」

「じゃあカル◯スだな。めっちゃ濃くしてやる」

「いらないし、俺はめっちゃ薄い方が良いんだけど」

「珍しいやつもいたもんだ。………………あっ、これ聞き忘れた。なにか問題は起こしてないよな?」

「……………………」

「おいまじかよ」


エンドはポケットから壊れたスマホ二台と財布を取り出した。財布にはべっとりと血が付着していた。


「多分ダンジョン協会の人間。俺を尾けてたし、てか俺を捕まえようとした。だから殺しちゃった♡」

「……なんで殺しちゃうかな。無力化すればいいだろ!お前ならできるだろ?」

「面倒くさいし、写真取られたし、ウザかったし」

「そんなこと言って、またダンジョン協会に目つけられるぞ……」

「そん時はそん時。また殺せば良い」


ダンジョン協会。ダンジョンに入る探求者、ダンジョンから採れた資源の管理やそれに伴う市場の管理を行う国直属の組織。

エンドも一応ダンジョンに入り、資源を採取したり、モンスターを討伐したりするが、ダンジョン協会には所属していない。


「ま、お前が世間に公表されてないだけマシか」

「あいつらは公表したくても出来ないでしょ」


エンド一人による総被害額は10億円以上にも及ぶ。更にエンド捜索当たった探求者が35人全てが殉職している。

違法探求者による指名手配は何件かあるが、ここまでの被害はそうない。

ここまでの被害が世間に露呈すれば、協会もとい国の信用は落ちることに繋がる。

だからこそ協会は秘密裏にエンドを処理したいのだろうとエンド自身は考えている。


「……とりあえず殺しは基本的にはナシだ。バレずに帰ってこい」

「出来る限りの努力はするよ」


エンドはそう言い、しばらくボーッとしている。すると、かすかにテレビの音がすることに気づいた。


「なぁ、ここのBARにテレビなんてあったか?」

「あ?そこにあるだろ」


マスターはBARのすみっこを指差す。そこには確かに小さなテレビが設置されていた。

エンドは少し驚いて、マスターの顔を二度見した。


「ガチで?2年ここに通ってるけど初めて知ったよ?」

「本当に昔のテレビだけどな。画質もクソ荒いし、音質もゴミなやつ」

「大丈夫、音だけ聞こえれば良いから。おい!そこのおっさん!もう少し音量上げて」


怪しげな葉巻を吸っているおっさんは不服そうにテレビの音量を上げる。

多少音量は聞こえづらいが、問題なくエンドの耳には入っていた。

テレビからはどこかの番組のニュースキャスターの声がした。


『今日のトピックはダンジョンを駆ける将来有望の探求者の卵”上嶋リリカ”さんを取り上げて行きたいと思います!

 なんと彼女は中学2年生、つまり14歳の頃に最難関とされる探求者仮免許試験を一発合格しているそうです。

 これだけでもすごいですが、なんと彼女はソロでダンジョン中層まで行ける実力まであるとのこと。これからの活躍に期待です。

 明日は今をときめくダンジョン配信者をトピックしていきたいと思います!それでは次の………………』


エンドは何時になく真面目にテレビを聞いていた。マスターはその様子を不思議そうに見つめる。

しばらくニュースを聞いていたが、天気予報になったからかマスターの方を向き、考えるように俯く。


「どうしたんだ?ニュースを真面目に聞くなんて、お前にしては珍しい」

「いやさっきの……なんだっけ……何とかリリカ……」

「上嶋リリカ?」

「そうそれ。なんか気になるんだよね」

「おっと、お前にも春が来たか」

「違う。興味があるのは本人じゃなくてその経歴だ」

「経歴がどうしたんだ?」


エンドはいつの間にかカウンターに置かれていたおそらくカルピスが入っているであろうグラスをいじっていた。

少しいじってから、ため息を吐き、話を続ける。


「いやなんか俺と似てるなって。同い年だし。俺も一応13からダンジョンに入ってたし、違法探求者も14からやってた」

「それの何が気になるんだ?」

「……もしかしたら俺もあんな感じでテレビに取り上げられてたんじゃないのかなーって」


マスターはその発言を聞いてキョトンしてしまう。だが後から腹から笑いが込み上げてくる。


「フッ……お前がテレビ……フフ……いや絶対無理。そういう柄でもないだろうし、お前がまともに探求者出来るわけない」

「俺だってやろうと思えば…………あっ!それだ!!」


エンドは興奮のあまり置かれていたグラスを手で叩き割る。


「そう!それだよ!マスター、あんた天才だ!」

「え?何事?なんでグラス割った?ちょ……ちゃ……ちゃんと説明して?一体何?」

「正探求者に俺はなる!」

「…………頭大丈夫か?」


唐突な正探求者宣言に本気で困惑するマスターを横目に一人で考えを膨らませていた。


「こうなったらもう探求者試験に行かねえと。願書準備して。戸籍と住所も。あと印鑑!」

「待て待て待て。一回落ち着け。深呼吸しろ」

「俺は十分に落ち着いてる!俺は試験を受けなきゃいけないんだ!」

「…………よし!現実を見せてやる。お前は正探求者にはなれねえ。てか試験を受けられない」

「………………………………Huh?」


エンドは相手には見えない目を丸くし、動きが完全に静止する。

それほどのまでにショックだったのかとマスターはため息を吐き、理由を話す。


「いいか?まず正探求者の試験を受けるためには、高校を卒業しているもしくは高認試験に合格していることが条件だ。

お前今やっと高校に入学できる15歳だろ?諦めろ」

「いや仮免試験なら行けるね!」

「仮免試験に受かるには中学か高校に入学しているのが条件だし、実技試験に筆記試験、終いには面接もある。実技ならともかくお前は筆記と面接は確実に落ちるぞ。そもそもお前ダンジョン協会に目つけられてんだぞ?絶対に合格させてくれないし、試験会場ついた途端、逮捕だね」

「…………あぁ……わぁ……」

「分かったか?お前にゃ無理だ。それに違法探求者でもいいだろ。正探求者になったら協会の言いなりだし、仕事も割に合わないぞ」

「そんなの分かってる。でもな…………少しは日の目を浴びて歩きたいんだ。さっきのニュースを聞いて、テレビに出てた奴の事を俺はうらやましいと思ったんだよ」

「…………ボスが許さないと思うんだが……」

「まぁ話すぐらいはしてみ『話は聞かせてもらった』……!」


エンドの後ろに座っていたスーツの男がタブレット端末を持ち、こちらに振り向く。

タブレットの画面にはシルエットが写っており、それを見てすぐにエンドは自分が所属している組織「Fin」のボスだという事を理解する。

数多の犯罪者を従えるボスの素顔を見た者・見て生きて帰って来た者はいない。

ボスは話を続ける。


『話を聞かせてもらった。エンド、まずは先程の任務ご苦労。だがなあまり人を殺さないようにしてくれ。君の所属はまだ割れてないとはいえ、無駄に証拠を残るのは避けたい』

「分かってるよ。気をつけます」

「おい!お前!敬語!」

『いいんだ。そんな事で私は怒ったりしないし、エンドが行いたいという事はこちらも全力で応援するつもりだ』

「……え?ガチで!?」

『本当だとも。なにせ君は我が組織一の探求者だ。数多の利益を組織にもたらした。ならば次はこちらが返す番だ。

…………ぶっちゃけ君を我が組織に留まらせたいんだ。君が反抗とかしてきたら我々終わるから』

「…………ボス……」


マスターは情けないボスを見て、頭を抱える。ボスまでもそうなってしまったら誰がエンドを止めるのかと心配になってきた。


『さて話を戻すが、簡単な話だよ。高校に入学すれば良い。ただそれだけさ。そしてその候補もこちらが用意させてもらった。

これを見てくれ』


画面が別のタブに変わり、学校のホームページが映し出される。


『私立探求者育成学園。探求者の探求者による探求者のための学園。全国の天才たちが集まる。倍率は脅威の10倍。

試験内容は簡単な筆記と実技試験と面接。2次試験はなし。時期は3月上旬。これを乗り切り、入学すれば実質、正探求者への片道切符だ。どうだ?やるか?別に他の高校でもいいが……』

「やるよ。やってやるよ。俺にぴったりな学校じゃねえか」


エンドは何も考えずに即答する。その様子を見てマスター・ボス共々フッと笑みをこぼす。


『じゃあ決まりだ。願書等はこちらで用意しよう。試験はすぐだ。期待しているよ、エンド』

「ああ、任せとけ。なってやるよ、正探求者に!」


エンドは決意を固める。

この先にある正探求者を夢見て。

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