この話は小説よりも奇なり
僕はペンを持った
第1話 僕の娘
シャワシャワシャワシャワ....
蝉の声がしている。
「ホント、暑っついな....」
必死に自転車を漕ぎながらそんな事を考える。
気温は38℃、今年15回目の猛暑日らしい。
自転車漕ぐ男の全身に汗がまとわりついている。
僕は加納 裕仁(かのう ひろひと)、34歳の普通のサラリーマンだ。
社会生活は14年目で、奥さんと子供が1人と世間的にも普通だ。
しかし、僕は車を持っていない。
周りと違うことと言えばこのこと位だろうか。
別に車は嫌いではないし、免許も持っている。
こうやって自転車を漕いでいるのには歳を重ねる毎に大きくなるお腹を引っ込めるためではなく、あの出来事のせいで車はおろか公共交通機関に乗ることさえも難しい体になってしまったのだ。
今でも夢に出るあの出来事を....。
6年前の夏、僕たち夫婦は久しぶりの長期休みにキャンプに行くことに。
車には僕たち夫婦と、娘を乗せて車で1時間程の山道を通ってそこに大きな川がある。
ここは僕たちが生活している人にまみれた人の匂いで吐き気を催すことも無い。
自然に囲まれた空気の澄んだ場所だった。
結婚する前は1ヶ月に1度もしくは2度位の頻度で訪れていたお気に入りの場所だ。
この場所だけは2人だけになれる、幸せを全身で余すことなく感じられる。
少なくとも僕はそう感じていた、君の緩んだ顔を見ているととても安心した。
その場所では本当にゆっくり過ごした。
テントを張って魚を釣るのもよし、川で水遊びをするのもよし。
水遊びは体がクタクタになるまで遊んだ、今回は娘も居たので一緒になって遊んだ。
遊び疲れて娘は寝たので僕たち夫婦はおこしておいた火を囲むように椅子を並べて2人の時間を堪能していた。
1時間程たわいのない雑談をしていたところで妻が眠そうな顔で眼を擦る。
「そろそろ寝ようか」
と言ってテントまで向かった。
妻を娘の隣まで運んで僕はさっきの椅子に戻る。
少し考え事をしながら1人の時間を満喫し眠気を感じたので車に向かうことにした。
テントは妻と2人でキャンプを始める時に買った物で、あの頃は安く済ませるために1人用のテントを無理矢理2人で使っていたのに子供が増えて3人で使うには無理と言うほどではないがせっかくのキャンプでこの暑さの中で窮屈な思いをするのも嫌なので車で寝ることにした。
車に戻ると眠気が限界に近かった僕は運転席を後ろに倒してすぐに入眠した。
しばらくして、急にパッと目が覚めてしまった。
時間を確認するためにスマホを手に取った。
午前2時30分。
まだ眠りについてから2時間程しか経っていなかった。
まだ眠れるだろうと目を瞑るがなぜだろうしっかりと睡眠をとった後のように目が冴えている。
とても眠れそうにはない状況だった。
その時。
ガサガサガサガサ。
葉っぱを揺らすような音が聞こえてきた。
風だろうか?
今日は昼から少し風が吹いていて夏にしては過ごしやすい日だったが葉っぱが大きな音を鳴らすほどの強さではなかった。
瞬間的な突風と言うよりは何か動物や人が通った時のような音。
かき分けるような音だと感じた。
熊だろうか?
この場所は熊が出るような所では無いと思うが....
音はそれから数回鳴ったがしばらくしてピタリと止んだ。
熊だった場合妻や娘が危険なので音が止んだタイミングを見計らって外に出て周りに注意しながらテントを確認しに向かった。
幸い、熊やイノシシのような野生の動物には遭遇することはなく、妻や娘も無事だった。
ホッと胸を撫で下ろし暗闇の中歩き続けるのも怖かったのでもう一度車に戻ってスマホを弄りながら時間を潰した。
YouTubeを流し見しているとあっという間に
辺りが明るくなって来ていた。
時間は5時00分。
テントの方から「キャー!」と言う声が聞こえてきた。
何事かと思い、すぐに車から飛び出た。
そこから見たものは想像は今でも脳裏に焼き付いている。
この周りで1番大きな大木の枝には縄が括られていて、そこにかかった人、いやそれは想像を絶しておりもはや人とは言えず、人だったものだった。
それは大量の涎を垂らし、糞尿を撒き散らし、白目を剥いている小さい体...
脳で理解する前に僕はテントに走っていた。
嘘だ、嘘だ!
テントの中を確認すると自分が夜、音が鳴った時に確認した娘と同じ場所に置かれていたのはお気に入りだったキャラクターのクッションだった。
僕はその場で泣き崩れた。
妻は見た事のショックで気絶している。
「そうだ、警察、救急車...」
スマホに110と番号を打ちすぐに電話をかける。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
...は?
ありえない。そんなはずはない。
電波が悪くて繋がらない可能性はあるだろうが使われて居ないなんてことは絶対にありえないはずだ。
いや、焦っている時間はない。
次に119に電話をかける。
「おかけになった...」
この有り得ない状況に絶句した。
なぜだ、なぜ繋がらない?
困惑とショックがぶつかるように駆け巡る。
僕は何も出来ない悲しみと悔しさでその場に座り込んだ...
さっきの場所に戻ると気絶から復活した妻がぶら下がっている娘に
「大丈夫?痛くなかった」
ともう息がないのに話しかけていた。
返事は返って来ないのに
「そう?大丈夫なら良かったよ。」
とまるで生きているかのようだった。
声は優しいのに目は大きく見開かれ、笑顔は引きつっていてとても正常な状態ではなかった。
おかしくなってしまった妻を見てその間違いを正せるほど、僕にも元気はなかった。
どれくらいの時間が経っただろう。
もう、1日、2日、3日。
数えてはいないが、何度も夜がきたような、何度も朝が来たような。
生きているのに死んでいるとはまさにこのことなんだろう。
妻は壊れたままだった。
もう死体に話しかけることは無くなったものの一日に何度も発狂したり泣いたり、笑ったり。
それを見ていると僕の妻ではないような感じがして吐きそうになった。
このまま死んでしまおうかと思った事もこの数日で100回、いや1000回は思ったと思う。
死ぬ前にちゃんと弔ってあげたいという気持ちがあったので1度警察に話に行くために住んでいたところに戻ることにした。
妻にも声を掛けたが
「行かない。私は森の妖精になるの」
と言っている。
正直、もうどうでもいいと思った。
限界だったのだ。
警察を呼んで、戻ってきたら娘の隣でぶら下がっている妻を想像したが、その隣に僕を並べるとなんとも家族らしい最期だと、それがなんとも理想郷のように感じていた。
1度家まで戻って改めて110番をした。
娘が森で首を吊ったのできちんと確認して欲しい。と。
落ち着いた口調と内容に驚いたのか警察は
「え?あ、?え?」
と明らかに困惑しているようだった。
場所と名前などを伝えて、僕は山に戻った。
トランクには太めの麻縄が入っている。
子供が使っていたのは結構細かったのであれだと途中で切れてしまうのでないかと危惧して太めにしておいた。
失敗すると警察がやってきて止められてしまう恐れがあったので失敗は許されなかった。
今頃妻も隣でぶら下がっているだろうと思うと心の底から幸せを感じていた気がする。
山の入口位まで車を進めると車が異音を発し始めた。
エアコンからだろうか。
シューシューと言う何か空気が抜けたような音。
その音が走っていくに連れてどんどん大きくなっている。
やがてその音は耐えられない大きさになっていき、1度車を止めようとしたその時だった。
ベタベタベタベタベタベタ!!!
車のガラス1面に人の手型なるようなものがびっしりとそれはもう隙間なく埋め尽くされていた。
「うわぁぁぁ!!」
車を緊急停止させて逃げるように外に出る。
何かが追いかけて来るような感覚に襲われる。
後ろを振り返りたいが怖くてそれどころではない。
山の中をひたすらに走って行く。
ただ必死に、夢中に。
しかし現実は非情だ。
前しか見ずに走っていると目の前に大きな崖が現れた。
落ちたら即死の大きな崖だ。
ギリギリのところで踏ん張ったが間に合わず僕は腕だけ崖に掴まった。
まさに絶対絶命。
追いかけて来た手が段々と近づいてきて僕を下から引っ張るようにして落とそうとしてくる。
「や、やめろ!」
僕は必死に抵抗するがもう限界だった。
あぁ死ぬんだなと思った。
こんなに呆気なく死ぬんだと。
死ぬために山に来たのだからと、あんなに死にたかったのに...
「嫌だ!死にたくない!僕はまだ...生きたい!」
みっともなく泣け叫びながら。
ごめん、娘よ。愛しの娘よ...
「まだ、パパが死ぬのには早いよ」
頭の中に娘の声が響き渡る。
その瞬間さっきの黒い手達いなくなり、目の前には娘が僕のことを引き上げてくれていた。
引き上げられた僕は何も言えずにただ泣き崩れていた...
1時間程して僕は車で娘の場所に向かった。
そこには妻が警察になだめられている姿があった。
そこから警察に今までにあった出来事を説明し、かなり怪しまれたものの本当のことだけを伝えてとりあえずは家に帰ることを許して貰った。
家に帰って2人ソファに腰かけてしばらく無言の時間が続いた。
沈黙を打ち破るように僕は話した。
「僕、あの場所で死ぬつもりだった」
妻は黙ってうなづいている。
「でも、間違っていたんだよね。僕は本当は死にたくなくて、1度死にかけたんだけど娘に助けて貰っちゃった。」
妻は真っ直ぐ僕の方を見た。
妻も口を開いて
「私もあそこで死ぬつもりだったわ。だけど、何度死のうとしても失敗して、それで言われちゃったの。まだママが死ぬのは嫌だ!って。
なんでかしらね...あんなに死にたかったのに。」
2人はもう一度泣いた。
その後の調査で娘は自殺だと断定された。
理由は学校でのいじめらしい。
なんで僕たちは気づいてあげられなかったのか。今でも悔しい思いでいっぱいになる。
今はいじめ撲滅委員会と言う街での活動に参加してもうこのような事がないように最前線で呼びかけている...。
でも最近妙な夢を見るんだよね。
あの時死んだ娘が寝ている僕たち向かって1歩1歩何かをもむて歩いて来るんだ。
死んだ娘からのプレゼントかもしれないね。
この感じだとあの子の命日に僕たちの所につきそうなんだよね。
僕たちは笑いながらその話をしていた...
この話は小説よりも奇なり 僕はペンを持った @ZEPA
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