愛してるよ、ワラジムシ。

 隣に座っていた黒いトートバックの男性は、この駅で降りた。


 空いた左の空間は、この駅で電車に乗った女性によって座られた。


 気づいたら学校の最寄駅に着いていた。あとは10分ほど歩けば学校に着く。


 僕は改札を出て生暖かい世界を歩いた。10分で学校に着くためには、少し狭くて人が少ない道を通らなくてはならない。僕はいつものようにその道を歩いた。珍しく人が多くいる。僕はそう思った。だけどすぐに、緊張感が走った。


 彼らは僕のことを嫌っている人たちだ。その集団で、僕のことを嘲笑ったり、僕の陰口を言ったりしていたのを知っている。僕が友達を作らずにずっと一人でいるせいかもしれない。


 しかし今は、彼らに対して違和感があった。なぜ学校への向きとは逆側を向いて僕のことを見ているのだろう。


 僕は他人のふりをして早歩きで彼らを横切ろうとした。


 僕は手を掴まれた。


 僕は顔を殴られた。


 僕はお腹に膝蹴りをされた。


 僕は倒れた。


 たくさんの写真がぱらぱらと落ちるように時間が過ぎていった気がした。


 鉄の味がした。いや、鉄分とヘモグロビンの味だ。永久歯、折れてないといいな。舌で歯を確認する暇もなく、僕はお腹と太ももを蹴られた。そして背中も。


 「おい富士野。俺たちのことを見下してんのバレてんぞ。騒いでるだけしか生きがいがないやつとか思ってんだろ。ほんと腹立つわ」


 実際そうじゃないか。僕みたいに頭の中だけで完結できたほうが、リスクマネジメントしている。今回の場合は例外だが。


 「おい。なんか言えよ。ほんとおもんないわ」


 そっちだってさっきから一人しか喋ってないじゃないか。ここにいるほとんどの人はどうせ強いやつに流されただけの金魚のフンだ。


 「ごめんなさい」


 この状況を客観的に見たら、かわいそうだと思うかもしれない。でも主観的に感じることができる僕からすると、そう思わない。きっと、今最悪なことが僕の身に起きているからこそ、その最悪なことが終わるという瞬間を待ち遠しく思っているからかもしれない。その気持ちが、僕の辛さを緩和しているだろう。痛い。目を蹴られた。


 僕は頭を抱えて丸まった。この体験から、顔を痛めつけられるのが一番厄介だと知った。正直、この格好をするのは惨めでしかない。僕がこの格好になっている人を見たら、ダサいなと思う。でも顔への痛みはなるべく避けたい。可愛い人に見られていないしいいや。


 僕が丸まってからだいたい一分後に、新たな痛みは発生しなかった。


 集団で歩いていく音が聞こえた。舌で歯を触ると、右上の八重歯がゆらゆらと動いた。

 眠くなってきた。体育が終わるとぐったりとしてしまうように、痛みによる疲労感が眠気を誘った。


 横にいるワラジムシが、一緒に寝ている彼女のように思えた。


 愛してるよ、ワラジムシ。

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