チューリップより団子
西堂こう
違和感1
ああ、目が覚めてしまった。スマホを見ると朝の六時だった。でも、いつまでも夢ばかり見ずに現実を見ようと思い起きた。僕は洗面台に向かった。僕の家はマンションで階段がなく狭いので、はや歩きですぐに目的の場所についた。洗顔料を顔に塗り、ついでに髭を剃った。顔を洗ったら人格が変わったようにやる気が湧いた。さらに寝癖を直すために髪を濡らしてドライヤーで乾かした。
僕は自分の部屋に戻り、自分の教科書とノートをバッグから取り出して机の上で開いた。数学の問題を三十分ほど解いた後、学年とクラスを書く欄は空白で、油性ペンによって「
リビングに行くと、ラップで包まれた、ハムとキャベツだけが挟まれたサンドイッチが、ぽつんと机に置いてあった。両親はすでに仕事をしに行ったみたいだ。僕が起きた頃からドアが閉まる音は聞こえなかったから、僕が起きる前に家を出たのだろう。
僕はそれを食べて、歯を磨いた。うがいをした後、いつものようにヘアオイルをつけて髪を整えた。
着替えてバッグを持った後、部屋の電気を全部消した。そして七時五分になった頃、家を出て鍵を閉めて、歩いて駅まで向かった。
駅までの十分間は、特に何も考えずに見慣れた光景を復習するように眺めるだけだ。僕が憧れている白くてモダンな一軒家を見たり、安さを強調しすぎている自動販売機を見たり、広い家の庭に生えている目が眩むほど大きな木を見たりしている。
気付いたら駅に着いていた。階段を上り改札口へ向かう。あと三分で電車が来るみたいだ。僕は階段を下りて黄色い線の内側で待った。
聞き慣れたアナウンスと共に、電車がすらっとこちらに向かってきた。運転士の真顔が、だんだんと近づき、離れた。僕は目の前のドアが開く前に、ドアの端に寄った。誰もドアからは出てこなかった。
僕は電車の中に入り、一席分空いていた真ん中の所に座った。学校の最寄り駅まで六駅ある。僕はスマホを触らずにぼーっとした。
数分後、一駅目に着いた。あと五駅もある。ドアが開くと僕がいる車両に何人か入ってきた。この車両は優先席を含めてすべて席は埋まっている。
そんな中、僕の前に一人の男性が立った。彼が持つトートバッグには赤いカードのようなものが付いている。僕にはどんなものかわからなかったが、十字とハートのマークが付いているから、助けを求めているのかもしれない。黒いトートバッグに付いているその赤いカードはとても目立っている。
席を譲ってあげたほうが良いと感じている。だが、感じているだけ。僕はじっとしていられなくなり、バッグからスマホを取り出した。何も通知がないのに、メッセージアプリを開いた。それっぽく、指を動かした。
すると突然、僕の隣の若い男性が立ち上がった。スマホから目を離さず、そそくさと右奥のドアの前の方まで歩いていった。黒いトートバッグを持っている男性は、僕の隣に座った。ああ、こんな静寂で包まれた車内で席を譲れるなんて勇気のある人だな、と僕は思った。僕を含めて、行動をしなかった人は次の機会でまた頑張ろう、なんて心の中で言い聞かせた。きっと、行動をしなかった自分を受け入れて、未来にその後悔を丸投げするという防衛本能が働いたからだろう。
しかし僕はさっきの光景に何か違和感があった。ふと頭に浮かんだのは、作業という文字だ。感情がなくてもできる作業は、その光景にぴったりな言葉ではないか。さっきの状況に、会話はない。まるで座っていたロボットが、機械によって立たされて少し速めのベルトコンベアの上に乗ったみたいだった。
しかし僕は、行動で意思疎通することに対して違和感があったわけではない。話せるはずなのに話さなかったことに対してである。席を譲った男性が話さなかった理由を考えた。
話すほどでもないから。恥ずかしいから。スマホに集中しているから。きっとこんな感じだろう。でも、なぜだろう。すっきりしない。もっと根本的で、隠れていて、本人も気付かない理由があると思う。
僕はその理由がわからなかった。
だが、僕は考えるのをやめた。一般的に見れば感動的であるさっきのシーンを否定的に捉えるべきではないと感じたからだ。
僕は車内の窓から見える曇り空を眺めることにした。
目的の駅まで、あと二駅である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます