第10話 壁が薄い

 ぬるりと脳が起動を始め、意識が起こる。

 心地よいまどろみをしばらく漂っていた俺の意識に音声が届く。

 意識が覚醒した。

 同時に頭痛を知覚し、倦怠感を感じた。

 朝まで待たずに目覚めてしまったらしい。

 再度眠りにつこうとする俺だが一度覚醒した意識はなかなか寝付かない。

 否が応でも俺の睡眠の邪魔をした音声を意識してしまう。

 

『――――――』


 内容は分からない。

 けれどそれは壁を隔てた隣の部屋から聞こえてきていた。

 葉月だ。

 葉月が電話をしているのだ。

 電話などして何が楽しいのか時折声量が上がったり、笑い声が聞こえてくる。

 一度意識すると駄目だった。

 忘れていた苛立ちが沸々と沸いてくる。

 こんな夜中に電話をするな。

 まして俺が寝ていることぐらい分かるだろうに気遣いすら出来ないのか。

 両親がいないんだから一階のリビングで電話すれば良いだろ。

 完全に俺の脳内を苛立ちが支配し、眠気はどこかへ行ってしまった。

 スマホで時刻を確認すると23時過ぎ。

 俺は苛立ちをため息と共に吐き出し、喉を潤すためにリビングへ行こうと部屋を出る。


「……」

「……」


 葉月と出くわした。

 電話は終わったのかスマホは下ろしている。

 一瞬俺に意識を向けた葉月だったが、すぐに視線を外しそこに俺などいないかのように俺の前を通り過ぎる。


「おい」

「……何?」


 思わず俺の口をついた声に葉月がゆらりと振り向く。

 俺は葉月をにらみ返す。


「電話の音聞こえてるんだが」

「……だから何?」

「非常識だろ、今何時だと思ってるんだよ」


 葉月が確かに舌打ちをした。

 怒りがつき上がるが、同時に頭がずきんと痛む。


「はいはいすみません」

「……」


 一切誠意のこもっていないへらへらとした謝罪に、再度怒りが沸騰したが俺に喧嘩をふっかけられるほどのエネルギーは残っていない。

 俺はそのまま葉月の背中を見送り、タイミングをずらして喉を潤した後再度眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る