第8話 ほんとのきょうだいみたいじゃん

 放課後になった。

 途端にざわざわと騒がしくなったクラスメイト達が、荷物を持ち教室を出て行く。

 特に用事があるわけでもないので、俺は遅れて荷物をまとめ終える。


「ね」

「……?」


 俺の肩がとんとんとたたかれた。

 振り返ると、葉月が俺を見下ろしていた。


「お母さんからのメッセージ見た?」

「見てないけど」

「じゃあ話したいことあるから一緒に帰ろ」

「……まあいいけど」


 すたすたと先を行く葉月の後ろを俺はのそのそとついて行く。


「というか」

「……?」


 頬を淡く染めた葉月がちらりと振り返る。


「緊張しないの? 人前で」

「しないけど」


 素っ気なく言った俺に葉月は「ふーん……」とだけ言って前を向いた。

 なにやら悔しげだが……何の話かと思ったが国語の授業での音読か。

 葉月がゆでだこみたいに顔を真っ赤にしていたからよく記憶に残っている。

 学校の校門を出たあたりで隣に並ぶ葉月が少し上目に言った。


「……なんかコツとか、ある?」


 声量は小さく、しかし、俺に期待するように語末は強い。

 人前で話せないことをどうやらよほど真剣に悩んでいるらしい。

 しかし俺が相談相手として適切であるはずがなく。

 しばらく考えた末に俺は言った。


「人との関わりを絶つ、……とか?」

「……ちなみになんで?」


 葉月が半分キレているのが分かった。

 なんで相談にのっただけなのにキレられないといけないんだよ。


「他人がどうでも良くなって気にならなくなるから」

「代償デカすぎ」


 俺はむしろデカすぎるリターンだと思うがな。

 そうは思いつつ口に出さないでいると葉月が『そんなどうでもいい話がしたいんじゃなかった』と呟きスマホを開いて俺に画面を見せてくる。

 どうでもいい話って何だ。

 一応俺は相談に乗ったんだが……。

 俺は釈然としないものを感じながら、葉月のスマホに意識を向ける。

 表示されていたのは家族LINEグループで、葉月は母親からのメッセージを指さしていた。


『そういえばゴールデンウィークに旅行行くんだけど二人も行くよね!』


 今日の昼過ぎに送られてきたメッセージのようで気づいていなかった。


「……で、このメッセージが何?」

「単純に行くのかなって思っただけ」

「行かないけど」

「返答はや」


 何が面白いのか葉月が吹き出す。

 だってそうだろう。

 旅行なんてただでさえ面倒なのに、他人である母親となんて行きたくない。


「ま、二人の新婚旅行邪魔するわけにもいかないもんね」

「……」


 葉月の百点満点の回答に俺は同意した風にふん、と鼻を鳴らしておく。

 葉月がなにやら『ちゃんと分かってるじゃん』とでも言いたげに、にやにやと口元を緩めているが、まあ正すほどの勘違いでもない。放っておこう。

 ……いや、待て。

 両親が二人で旅行に行くということは、だ。


「……俺は葉月と二人で留守番するのか?」

「そう。私が今日話したかったのはそれ」


 二人きりと言っても、長くて一週間だ。

 それに俺も葉月も基本的には互いに関わらずに家の中で過ごしているから、両親がいないからと言って何かが大きく変わるわけでもない。

 しかし、検討しなければならないことはいくつかある。

 例えば。


「慶太って料理できるんだっけ?」

「……まあ最低限」


 家事である。

 食事を毎日外で済ませるわけにもいかないので、俺か葉月のどちらかが作らなければならない。


「じゃあ料理は慶太ね」

「やだわ、めんどくさい。普通に交互で良いだろ」

「え。私料理したことないし。それに料理なんてレシピ通りにやるだけなんだから、めんどくさいってことはないでしょ」

「……なら葉月はなにやるんだよ」


 じゃあやれよ、と喉元まで出かけた言葉を飲み込み俺は問い返す。

 料理ダルすぎる。

 適当に作ろ……。


「お風呂沸かそうかな」

「おい待てそれは料理と等価じゃあないだろ」

「えぇ……?」


 なんだその不満そうな目は。

 せめて風呂掃除まではやれよ。風呂沸かすのなんてボタン押すだけじゃねえか。

 どうやらこいつ、母親が全部家事をやってくれていたらしいな……。


「でも私、ほかに家事したことないんだけど」


 風呂を沸かすのは家事じゃねえ。


「……洗濯か掃除どっちか選べ」 

「えぇ……? 交互で良くない?」

「良くないから」


 どうやら何も出来ないらしい葉月と微妙に揉めながら俺は帰宅した。

 途中で出くわした葉月の友達に『ほんとのきょうだいみたいじゃん』と言われたのが死ぬほど恥ずかしかった。

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