第7話 人前で話せない
ある日。
俺は国語の授業を受けていた。
「大友さん、次読んでください」
「……はい」
国語教師の指示に従い、葉月が教科書を持ってのろのろと立ち上がる。
その表情は暗い。
葉月が大きく息を吸った。
「悪ぃ……とぃぅ……ぁ、と……ぃ、ですか……んなぃ……に、……悪人……世の中に……ませんょ。平生は……です。少、とも……です。それが、ぃ、……悪人に変わる、……ぃ、です」
「……ごめん、もう一回お願いしていい?」
葉月が読んでいるのは夏目漱石の『こころ』の一節だ。
先生が悪人について説く台詞。
ただ全く何を言っているのか聞き取れない。
俺の知っている葉月像から大きくかけ離れるその姿が信じられなくて俺は葉月を見やる。
その顔は真っ赤に染まっていた。
いつもけだるげでどこか堂々としている葉月はどこへやら、女子にしては大きい身長も今は小さく見えるし、全く別人のようだった。
「ぃ、……ぅ、……ぉ」
「……うん、ありがとね、はい、次」
さらに聞き取れなくなった葉月の音読に、先生が諦め次の人に順番を回す。
葉月はほっとしたように息をつき、自席に腰を下ろした。
葉月の意外な一面を見た。
勝手に他人からの視線なんて気にしないやつだと思っていたがそうでもないらしい。
俺の番が回ってきた。
「―――――――――――」
俺は淡々と音読をする。
俺は葉月と違って他者の視線が気にならない。
他人と関わってこなかったからこそ、他者の視線が意識の中にないのだと思う。
ともかく、何事もなく自分の番を俺はやり過ごし自席に着く。
視線を感じてそちらに顔を向けると葉月が目を丸めてこちらを見ていた。
俺が堂々と音読できるのがそんなに意外かよ。
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